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29 暗躍する毒と揺らぐ出自の真実

翌朝、資料室で膨大な古文書を引っ張り出していたら、封印されたはずの埃まで一緒に襲いかかってきた。くしゃみと同時にわずかな吐き気。これが毒の症状なら笑えないけど、ただのアレルギー反応であることを祈りたい。


「セシリア様、大丈夫ですか?」

声をかけてきたのはヴィクトール。文書管理官らしく、慣れた手つきで古ぼけた書類を扱いながら、さりげなく私が目をこする様子を観察している。

「ありがとう、ちょっとホコリに負けたみたい」

「やはりここには期待するほどの手がかりはなさそうですね」

穏やかな口調とは裏腹に、彼の眼差しは底知れない狡猾さを秘めている。こういう人が一番怖いんだよね。こっそり毒仕掛けられても気づけなさそうだわ。


でも私も引き下がるつもりはない。台所で見つかったあの怪しい粉末を何としても突き止めなきゃ、晩餐会どころか王太子殿下の喉元に鋭い牙が迫るかもしれない。

袖を捲り、ページをペラペラめくる私の姿はまるで工場で働く職人みたいだと、誰かが冷やかしてきそうだけど気にしない。私がやらなきゃ誰がやるのよ。毒見役の肩書きはダテじゃない――と、自分で言うのも何だけど、多少は実績もあるしね。


そんな脳内独り言を抱えていると、扉の向こうから人の気配。アレクシス・フォン・エバーハルトだ。

「ご機嫌よう、働き者のお二人さん。面白い発見はあったかい?」

彼はいつもの気怠げな笑みを浮かべながら、高い身長で私たちを見下ろしてくる。薄く微笑んでいるくせに、その目には冷酷な光がちらついているのが引っかかる。

「発見はあったかどうか、さてね。宰相殿こそ、何か成果は?」

「さあ、どうかな。あえて言うなら、あの襲撃者が口走った“真の王家の血”という言葉――裏取りに少し手間取ってるところだよ。エドワード殿下の出自にまつわる噂、わざとかき回そうとしてる奴がいるんだろうな」

余裕たっぷりに腕を組む姿はついイラッとくるけど、彼の抱える手札が強力なのは確か。私がふてくされて黙り込むと、ヴィクトールはタイミングを図るように小さく咳払いした。

「イザベル様が、水面下で例の噂をさらに煽っているらしいですよ。嗅ぎ回るマリアンヌの姿も複数の侍女が目撃しています。どうやら晩餐会の日を狙って、一気に殿下を追い込む算段なのかもしれません」

「なるほど。相変わらずキナ臭い狩りを計画してるわけね。厄介な人たち」

ちょっと離れた場所で巻き髪を揺らして優雅に歩いている貴婦人の姿を思い浮かべる。なんとなくセクシーなドレスを着て、男の視線を誘導してから一気に手玉に取る、あの器用さには敵わない。私は地味な薬臭い装束がメインだし、ほら別にお色気路線なんて興味ないし。

――まあ、なまじ見た目で得してしまう分、かえって面倒に巻き込まれがちだっていう顔はされたことあるけどね。本人は嬉しくも何ともないっていうのに…。


すると、そこへ警備兵が駆け込んできた。何やらルートヴィヒがまた暴れているらしい。

「殿下のもとに会いに行くとわめいて、堅牢な扉を拳でガンガン殴っているそうです」

「あらあら、また始まったの。魚料理が危険だとか言い張るくせに、どうしてもエドワード殿下と話がしたいんでしょう?」

背伸びしながら私が嘆息すると、アレクシスがくすくす笑って言う。

「本当に手がかりを探しているのか、それともただのかまってちゃんか。どちらにせよ、妙に必死すぎて裏があるよな」

なんか不気味なモヤモヤが漂っている。その原因は彼かもしれないし、彼を操っている誰かかもしれない。いずれにせよ、その辺のタネは晩餐会できっと炸裂するはずだ。


時間がない。私は必要な薬品リストを頭の中で組み直しながら、ちゃっかりアレクシスに釘を刺しておく。

「私が調合する薬以上に変な小細工しないでよ、宰相殿。エドワード殿下を囮にするんでしょ? その時点でやり口が黒いんだから、余計な裏工作までやられたら、ただでさえ私の胃がマグマ噴火寸前なの」

「ふふ、信じてるよセシリア。君がいると実に心強い」

「またそうやって都合のいいおだてを言って…」

返す言葉が見つからず、しいて言うなら溜息だ。まあ、殿下の命を守るのも、毒見役の私の仕事。顰蹙ひんしゅく買うだけの宰相と違って、こちらは真面目にやるだけさ。


その日の午後、エドワード殿下の部屋を訪れた。具合はどうかと尋ねたら、彼は少し頬を赤らめていた。何か熱っぽい表情…と思えば、横にはイザベルが篝火のように艶やかな微笑をたたえて立っている。

「やだもう、昼間からそんな近距離で色気炸裂させなくても」

思わず悪態が口から滑り出る。するとイザベルは柔らかな笑みを浮かべたまま、猛獣が獲物を狙うような視線を私に向けてくる。

「あら、セシリア。王太子の状態を見に来たのね。安心してちょうだい、私がしっかりお世話していたところよ」

その胸元、あえて強調されているのか、思わず目が行きそうになる。こちとら胸の話題には特に興味ないけど、あまりにも露骨すぎて笑えてくる。確かに注目を集めるには最適な武器だろうが、私みたいな薬師には華やかすぎてむしろ鼻白む。

エドワード殿下はどこか恥ずかしそうな、でも戸惑いを滲ませた笑みを浮かべている。生真面目な彼にとっては、この状況こそ毒みたいなものだろう。


けれど、私が殿下に触れようとした瞬間、イザベルの手がふわりと私の腕を制する。

「ごめんなさい、もう殿下には安静が必要だし、私のほうで大事な話をしていたの。お邪魔なら、遠慮なく退室してね?」

言葉こそ丁寧だが、そのまなざしは一方的。まるで「あなたの居場所はここじゃないの」と言わんばかりだ。うわー、これが玉座を狙う女の本気の牽制か。

「…そう。じゃあ失礼するわ。殿下、熱が上がったらすぐ呼んでください。服脱がすなり、抱きしめるなりは自由だけど、余計な刺激はほどほどにね?」

吐き捨てるように言い残し、私は敢えて軽い調子で部屋を後にした。廊下を歩きながら、胸につっかえたモヤモヤを吐き出すように大きく息をつく。


思えば、晩餐会まで残り僅か。正体不明の粉末、エドワード殿下の出自、ルートヴィヒの動向、そしてイザベルの暗躍と、アレクシスの底知れぬ策略。王宮はかつてない不穏な熱を帯びている。

だけど…正直、こういう“盛り上がる舞台”が嫌いじゃない自分もいる。何食わぬ顔で相手を観察し、裏を突いて罠を回避する――薬師としての本領が発揮できるじゃない?

「ふふ、面白くなってきたかも。胃の痛みが増す分、やりがいも倍増ね」

一人ごとを呟く口元がにやりと歪む。婚期も恋愛も逃したい勢いで、こんな陰謀ごっこの先鋒を務める私だけど、まあ、それが転生薬師の宿命ってやつなら仕方ない。


さあ、あとは晩餐会で“本当の毒”が姿を現すのを待つばかり。タイミングを間違えると大怪我しそうだけど、やるしかない。狩られるまえに狩る。それこそが私の美学。

そして最後に、あの憎たらしい宰相と実直な王太子、それに色仕掛け全開の王の側妃をまとめて出し抜いてみせるのも、ちょっとした快感かもしれない。

「よーし、とりあえず先に妙な粉末の正体を知っておかないと。睡眠不足は……我慢! 楽しい夜遊びの前だと思えば頑張れるわ」


そうひとりごちて、私は再び資料室へと戻る。今夜もまた長い夜が始まりそうだ。きっと、その裏にはさらなる毒が蠢いているのだから。

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