28 動き始める陰謀と深まる疑惑
晩餐会まで、あと数日。にもかかわらず、王宮の空気はどこか尖っていて、歩くたびに小言と奇妙な視線が飛んでくる。
「怖いわねぇ、いったい誰が誰を陥れるのかって感じ」
そう、私に飄々と話しかけるのはマリアンヌ。イザベルの腹心な侍女で、裏の情報操作が得意だとか。口元には優雅な微笑を貼り付けているけど、その影で何かしら“よからぬ粉末”でも嗅ぎ分けていそうだ。
いや、実際に粉末を探しているのは私のほう。キッチンの下働きの子から「怪しい袋を見た」という証言を取った直後、すかさず彼女が現れたのだから、まるで行動を見透かされているようでゾッとする。
一方で、宰相アレクシスは「イザベルたちがどう動こうと、エドワード殿下を囮にすれば尻尾を出す」と、自信たっぷりに鼻で笑う。
「あなた、王太子を囮扱いとか、ちょっとどうかしてるんじゃない?」
遠慮なく毒づくと、彼は私をまるで可愛い猫でも見るような目で見てくる。
「セシリア、心配性だな。貴女さえいれば殿下も平気さ。やはり私には手放せない存在だ」
「ええ、仕事道具として利用しやすいって意味でしょうね」
「正解」
…こっちが皮肉を言ってるのに、かすり傷ひとつ受けてくれないとは、やるわね。おかげで私のほうが気まずいじゃない。いやもう、こういうタフガイが権力の中枢にいるから、この国はある意味で平和なんだろう。とはいえ利用されっぱなしも癪に障るから、あっちの腹黒謀略を先に暴いてやりたい気分である。
そんな私の闘志とは裏腹に、エドワードは終始こわばった笑顔を保っていた。噂通り、あの襲撃犯と“出生の秘密”がつながっているのかもしれない。彼自身は何も口にしないけど、たまに沈んだ目になる瞬間があるのが気になるのよね。
「大丈夫ですか? まさかまた熱が上がってるとか」
「ご心配ありがとうございます、セシリア。でも、ただ少し考え事をしていただけなので」
…そう言われるとかえって不安だ。隣に寄り添うと、彼が反射的にわずかに身を引くのが目につく。頼ってくれていいのに、どうしてこんなに頑ななんだろう。可愛いのに。まあ、可愛いからといって余計な甘やかしをしても事態は前に進まない。とりあえず、あなたが倒れると私まで巻き添えで面倒だからなるべく健康管理だけはさせてもらうわよ。
そして、夕刻になると、海外からの特使ルートヴィヒの声が廊下に響き渡る。
「魚介類など食わせるな! そんな危険なものを料理に入れるなど、正気の沙汰か!」
ああ、またか。晩餐会のメニューをまるで死刑宣告のごとく拒絶するあの人、やけに神経質すぎて逆に怪しい。というか、わざと騒いで場を混乱させているとしか思えない。
周囲では貴族たちが苦笑するか、“何かの演技かしら?”とひそひそ話をする。でもルートヴィヒの態度には裏の意図がありそうで、私の勘が警鐘を鳴らしている。毒見役としては黙って見過ごすわけにいかないけど、彼を追及するにも現状、証拠がない。それがイラつく。
いっぽう、情報管理官のヴィクトールは抜け目なく古文書をひっくり返して、何やらこっそり記録を集めている様子。この前チラッと見えた書類には、輸入薬品の詳細や特使団との怪しい契約めいた単語が散見された。
「セシリア様、今はまだ確証がありませんが、近々興味深いことがお伝えできるかもしれません」
焦らすような物言いにイラッとするものの、今は彼を責めても仕方ない。それにヴィクトールが何か掴もうとしているのは間違いない。彼が真っ先に名前を挙げたのも“あの謎の粉末”だった。私がそれを探しているとも知らずに、どうやら向こうも別ルートから同じ疑惑に行き着いたらしい。
こうして王宮中があらゆる思惑で爆発寸前に煮え立っているのに、当のイザベルはこぼれ落ちそうな胸元を見せつけながら悠然と歩き回っている。まさか“色仕掛け”で晩餐会を乗り切る算段とか? 「私はそういう手段興味ないのよね」と鼻で笑いかけたら、多分あっちも鼻で笑い返してくるだろう。
だって、彼女はあくまでも“側妃”という立場を最大限に活用している。表向きの優雅さとは裏腹に、いざとなれば容赦なく爪を立てるタイプ。だからこそ、あの妙に落ち着いた微笑が恐ろしい。
やがて夜が更け、私は調薬室で“どこから出たかもわからない粉末”の成分を調べていた。疲労が募るけど眠れない。このままじゃ当日になっても対策を打てないし、知らない毒をまかれでもしたら洒落にならないのだ。
しかし、これだけ探しているのに決定打はまだ見つからない。結局、最終的に「確証がないまま晩餐会を迎える可能性が高い」という最悪の状況に追い込まれそうで、胃が痛い。とはいえ、ここでギブアップするようなヘナチョコ薬師だと思われたくもないわけで。
「ちょっと、私も毒に慣れすぎたかしら? いい加減まともな安眠が恋しい…」
そんな弱音をこぼしつつ、私の手は止まらない。だって、今回の陰謀はどう見ても大物揃い。遠慮してたら負けるに決まっている。
――だからこそ、騒ぎの予感がむしろたまらない。だって“黒幕を炙り出す”なんて言葉を聞くと、アレクシスは喜々として狩人の顔を見せるし、エドワードは何かを悟ったように微笑むし。ルートヴィヒがわめき散らせば、イザベルはとびきり妖しい笑みを浮かべる。きっと絶妙にだれも信用できない。
この息詰まる舞台で、私はさらに踊り続けるはめになりそうだ。それでも…いいわよ。せっかく転生してまで薬師になったんだから、誰にも邪魔されず好きなだけ陰謀を解剖してやる。
そう心に決めると、妙に体が熱くなる。あれ、毒でも盛られた? いや違うわ、これは私の血が騒いでるだけ。さあ、長い夜はまだ終わらない。覚悟してなさい――次こそ、必ず何かしらを暴いてやるから。




