27 揺れる王宮と囁かれる噂
朝、エドワードの部屋を訪れると、相変わらず穏やかな笑顔で「おはようございます」と言われて一瞬だけ罪悪感を覚える。昨夜ほとんど眠れなかったのは私のほうだけど、彼にまで心配されるとむしろ気が重い。体調は微妙なくせに、いつも通り背筋ピンと張ってるなんて、まったく頑丈なのか脆いのか判断に困るわ。こういう隙のない優等生を見ると、軽くいたずらしたくなるのよね、たとえば明らかに胸元が開きすぎた修道女ルックを着て「調薬部屋で待ってます」なんて誘惑したらどう反応するか――いや、そんな下品な手段、私には似合わないって自覚はあるけど。ほら、一瞬だけ脳裏に浮かんだだけよ、考えるだけで自分が恥ずかしいわ。
もっとも、恥ずかしいのはエドワードじゃなくてアレクシスかもしれない。早朝から厚い書類の山を抱えて現れ、「おまえが必要だから」と涼しい顔をして言われたときは「死んだ魚の目して仕事するのは宰相だけにして」と返してあげた。なのに彼は「セシリアの助力なしでは心許ない」と不穏な笑顔を浮かべたから、こっちもつい腰に手を当てて言い返す。
「私を買いかぶりすぎですってば。どこにそんな万能スイッチがあると思ってるんです?」
「あるさ、そういう目で見れば」
「見ないでください! セクハラで訴えますよ」
……とまあ、コミカルに返したところで、あの男は悪びれない。口説きにも皮肉にも聞こえるセリフを、まるで高級菓子のラッピングみたいな顔で平然と放り投げるのがアレクシス流だ。いっそどこかの亡命地にでも放逐できたら、私は気楽に毒草の手入れでもして暮らせるのに。そんな夢物語、ここでは通用しないってわかってるけど。
ちなみに、王宮の厨房が怪しいという話を立て続けに耳にしている。報告によれば、イザベルたちが妙に出入りを繰り返しているらしい。「スポンジケーキに毒を仕込む準備でもしてるの?」なんて軽口を叩いたら、マリアンヌが慇懃な態度で「ご冗談を」と笑ってきた。あんたほど裏で手を回している人間はいないでしょうに。そう言いたくて舌先がうずうずするのをこらえる私は、かなり偉いと思う。
そこへヴィクトールが、相変わらず優雅な足取りで現れ、「セシリア様、厨房のあの粉末についてはご存じですか」と意味ありげに切り出した。粉末? 聞いた覚えはないけど、ヴィクトールがわざわざ話題にするくらいだからろくでもないシロモノに違いない。私は乱暴にテーブルをバンと叩きたい衝動をぐっと堪え、彼に促されるまま侯爵家の文書らしき束を眺める。原語が違うため詳細はわからないが、獣の肝を乾燥してどうこう…なんて嫌な単語がちらつくのが非常に気に入らない。人を脅かす目的なら、まずはこういう小出しの謎を撒き散らすのが手っ取り早いのよね。私が見事に釣られてるのがまたムカつくけど、仕方ないわ、性分だから。
「念のため、調べてみる価値はありそうですね。晩餐会に登場予定の料理と照らし合わせてみましょうか」
「さすがセシリア様。すぐご対応いただけるとは心強い。私もお手伝いしますよ」
本当に手伝う気なのか、それともただ観察したいだけなのか。ヴィクトールの表情は如才なく穏やかだからこそ怪しさ満点だ。ああもう、王宮って裏表の顔が渦巻くから胃を壊しそう。最近思うの、私が薬師じゃなきゃ即こんな場所から逃げ出してるって。けど私の有能ぶり(と皆が言うだけだが)に目をつけた連中が逃してくれないのよね、もう鬱陶しい。
一方で、エドワードはやっぱり心細げだ。さっきも脈を診たのに「大丈夫ですよ」とだけ繰り返して、微妙な距離感を保とうとする。生まれながらに重荷を背負ってきたからか、誰かに頼るのが苦手なのかしら。そんな彼に私ができることといえば、しばらくは転ばないよう傍をウロウロしてあげるくらい。でも、その優しさすら向こうには酷なお節介に感じられるんじゃないかと思うと、なんだかモヤモヤするわ。
さらに、幼稚な噂たちが王宮中を飛び交っている。エドワードの血筋がどうとか、海外からの特使が引っ掻き回すとか、客観的に見ればまるで三文オペラの脚本みたい。でも現実に自分の命に関わる可能性を考えたら笑っていられない。だからこそ私は奮起する。宮廷内の闇を解剖するのが得意なんでしょ、と背中を押されてる気分よ。だーれも私にボーナスはくれないけど、なんか燃えてくるのはなぜかしらね。
晩餐会まであとわずか。イザベルがこそこそ動き、アレクシスは裏でニヤニヤ。マリアンヌは何か隠蔽工作に夢中っぽいし、ヴィクトールは新たな情報の匂いを嗅ぎつけて満足そう。エドワードだけは真面目な目をして「困りましたね」とため息をつく。そんな可愛さを見せられると、手取り足取り介抱したくなるけれど、私もそんな余裕はないのよ。
だって、何かが起きるに決まってるもの――毒や陰謀はもちろん、予想外のざまぁ展開だって待っているはず。なら全部まとめて受け止めて、爽快に解決してやりましょうか。もしここで白黒はっきりつけたら、私も大胆なドレスで優雅に踊り出たい気分。胸元? 少しくらい見せつけてもいいわよ、だって私がどれほど王宮を救ったか、誰かに見せつけたいんだもの。
さあ、次の瞬間にはどんな血塗れの紙吹雪が舞うのかしら。そんな劇的展開を期待しつつ、私はあきらめずに駆け回るとしよう。下手な台本じゃ満足しないから、覚悟してちょうだい。私たちの幕は、まだ始まったばかりなんだから。次回こそ、さらに凄惨で刺激的な舞台が用意されてる――そうでしょ? それなら遠慮なく、ジェットコースターに加速をかけましょう。読者のあなたも、大きく息を吸ってご覧なさいな。絶対に後悔させないから。




