26 揺らぎ始める王宮の静寂
エドワードの部屋を出るとき、あの大きな瞳にかすかな不安を見た気がした。微熱は下がりつつあるけど、本調子じゃない。それなのに「僕は大丈夫です」とか言うから始末に負えない。優等生って、自分を犠牲にしがちだから困るわ。ほら、そのまま倒れられたら大騒ぎでしょうが。私が日課で診察に来るのでさえ、彼にとっては気を遣う行為に感じるらしく、時々ハラハラする。
でも正直、私のほうが胃がキリキリしてるわ。ついさっき、王宮内で“襲撃者”出現の報が飛び込んできたんだから。なんなのよ、物騒すぎ。駆けつけた先では、アレクシスがすでに犯人をバッサリ取り押さえていた。その冷静すぎる手際に、思わず「あなた隠れて鍛えてるでしょ」と茶化したくなったわ。だってね、訓練された兵士でもこうはいかない。宰相でありながら武術まで万能とか、いったい何を目指してるのかしら。イラッとする完璧超人ぶり。しかも制圧された男はヒステリックにわめいてた。
「“真の王家の血”を取り戻すんだ…!」
そう叫ぶ声が寒気を誘う。“真の”とか“偽物”とか、そんな面倒な噂をコッソリ裏で広めてる奴がいるってわけ。王太子エドワードに関して、なにやらキナ臭い週刊誌レベルのゴシップが広まろうとしてるのね。いよいよ宮廷のドロドロが底なし沼モードに突入ですか。息をつく暇もないじゃない。もう少し女官の浮気ネタくらいライトなスキャンダルにしてほしいわ。
一方、イザベルやその取り巻きのマリアンヌなんかは、この襲撃の混乱をいいことに、またこそこそ何かを仕掛けている気配。あの取り巻き侍女は平然と「何も知りませんわ」なんてとぼけ顔をするくせに、裏じゃ証拠を焼いたり冤罪を作ったり恐ろしいことを平気でやる。以前から知ってるけど、宮廷の裏番長は実はこういう隠れた小物が牛耳ってるのよね。ああもう、ちょっとは手加減してくれないかしら。私もそんなに暇じゃないんだけど。
襲撃者を一掃した後は、アレクシスと兵士たちが現場整理をして一段落。私は書庫に戻って調薬を続けようとしたのだけど、落ち着かなさすぎて先に進まない。おまけに通りすがりの役人たちが、私に妙な視線を投げてくる。…あのね、私が“王の毒見役”だからって、無駄に期待を向けないでくれる? 何か大事件が起こったら「セシリアなら万能薬で解決しちゃったり?」みたいに言われるのよ。もう嫌になる。そんな便利屋扱いして、私のどこにスイッチがあると思ってんの。押し間違えたら爆発するわよ、ホントに。
アレクシスはアレクシスで、政治的に今回の一件をさらなるカードに使う気満々。わざとらしく私に耳打ちしてくるから面倒なのよね。「おまえを信頼してるから、裏を探ってほしい」とか言われても、「はいはいご苦労さま」って返すだけよ。別に私は救世主でもアイドルでもないのに。そもそも私の有能さなんて自分じゃピンとこないし、それを盾に頼られても迷惑度マシマシなんだけど。
そんな私の煩悶を知ってか知らずか、エドワード殿下はマイペースに微笑んでいる。まだ熱が下がりきってないのに、あの朗らかな笑顔を絶やさないって、ある意味すごいわね。妙な噂が広がりだしている中で、彼に敵意を向ける者たちが増えるのは確実。でも、本人は自分が狙われるとか想像してなさそう。お人好しにもほどがあるでしょうが…。早く治して武装でもしておかないと、命がいくつあっても足りないわよ?
しかも、次は外国から来た特使を迎えての晩餐会が待っている。アレクシスいわく「あのルートヴィヒ・スタンフォードという随行員が一筋縄でいかない」とか。最近の王宮はイベント盛りだくさんね。襲撃者に晩餐会、裏では毒と陰謀のフルコース。これじゃ恋愛ゴシップに夢中になる暇もなし。まあ、私には恋愛なんて御免だけど。モテても全然嬉しくないし、持ち上げられるとむしろ毒を盛ってやりたくなるレベル。
「セシリア様、そろそろ休まれてはいかがですか? さすがにお疲れでは…?」
ヴィクトールが声をかけてきた。でも彼の穏やかな表情の裏にも、どうせ何かあるんでしょう? きっと全員を観察しながら、面白そうなネタを熟成させてるに違いない。この王宮で一番怖いのは、血塗れの剣じゃなくて鋭い情報網と筆だって、私、知ってるもの。
それでも、どうせやるしかない。埃だらけの書庫にこもって情報を洗うのも、地味だけど快感があるわ。怪しい薬品や毒物のリストを片っ端から整理して、晩餐会やエドワードの警備体制をチェックし直す。私の仕事は、斜め上から想定外に荒ぶる連中を牽制することでもあるのよ。あー何て頭の痛いお勤め。だけど、一度火がついたら徹底的に調べ上げるのが私の性分だしね。やるからには徹底的に――そう、ざまぁみろと高笑いしながら白黒つけるまで。
「さて、次はどんなスキャンダルが飛び出すかしら?」
軽く伸びをしながら、書庫の奥でひそかにほくそ笑む。面倒ごとを全部まとめてドカンと解決したら、大胆に胸元を開いたドレスで祝杯でもあげようか。エドワードには目の毒かもしれないけど、まあそれもお楽しみのひとつってことで。こんな騒動ばかりの王宮ライフ、どうせ平穏なんてすぐには訪れないでしょ。逆にそのほうが燃えるじゃない…?
実際、襲撃騒ぎを火種に何かが弾けるのは時間の問題。イザベルがうごめき、ルートヴィヒが謎めいた態度で急接近。アレクシスが水面下で策をめぐらせている気配もある。私? 仕方ない、全部見据えて走り続けるわよ。どうせ私がこの修羅場を踊り抜く薬師なら、勝手に協力者扱いされる運命なんだから。少しくらい派手に煽って、読者の皆さまだって退屈させませんから――そう、次回もジェットコースター確定よ。準備はいい? ほら、もう一幕始まるわ。さあ行くわよ、私は薬師セシリア。王宮の闇をちょっとばかり切り開いてみせてあげる。気を抜かないでついてきなさいな。あなたたちを快感の連続に巻き込んであげるから。




