24 廃砦に潜む暗黒の策謀
「廃砦に火薬が運び込まれているらしいわよ」
そう呟いたのは、先ほどまで随分と息を切らしていた衛兵だった。病棟から戻ってきたばかりの私に向かって、ほら見ろと言わんばかりに顎をしゃくりながら報告する。やけに上から目線だと思いつつも、情報が重要なのは確かだ。ここ数日、奇妙な動きが重なっていて落ち着かない。果実酒騒ぎに行方不明の薬師まで絡んでいるのだから、無駄な行動をしている暇なんてない。
廊下を横切る途中、またしてもイザベル妃の取り巻きが高笑いしているのが聞こえる。何を企んでいるか知らないが、彼女の父リューゲン公爵が王宮に復帰してからというもの、妙な圧力が増して厄介だ。とりわけ王太子の病状を軽視するような噂まで流れ始め、まるで「使えない王位継承者なら排除しても構わない」と言いたげに思える。思わず吐き気が込み上げるが、彼女たちは余裕の笑みを崩さない。おまけにドレスの襟元をはだけて、わざと近衛兵に色目でも使っている。露骨な露出を見せつけられると、こちらまで熱がこもる……いや、冗談じゃないわ。こういう色仕掛けで弱みを握るのが、彼女たちの常套手段だもの。
中でも頭が切れそうなのは侍女マリアンヌ。彼女が動くと何かしらの証拠が消えたり、関係者が黙り込んだりする。私の助手だって彼女の影を追っていた気配があるし、それこそ“人払い”されていないかと疑うレベル。怯んでいる暇はないけれど、敵にまわすと厄介だ。かといって媚を売る趣味はないし、恋愛音痴な私に色仕掛けは無理ゲーでしょ。
「セシリア様、報告がございます」
低い声で呼び止められて振り返ると、まるで亡霊のようにヴィクトールが立っていた。文書管理官らしい淡白な口調で、「公爵が手配した荷馬車が廃砦へ物資を運んだ痕跡がある」とさらりと漏らす。この人、ほんと穏やかな顔で毒爆弾を落とすのが得意だ。そこを突っ込むと軽く笑われた。
「次はその廃砦で何か起きるかもしれませんね。お気をつけください。まあ、巻き込まれるのはご免でしょうけど…おや、もう手遅れでしたか」
嫌味なのか心配なのか、相変わらず掴みどころがない。だが、この情報は大当たりだ。行方不明の助手が残したメモにも“隠し倉庫”に触れられていたし、それが公爵の差し金となれば、噂通り火薬の山が隠されている可能性は非常に高い。王太子が伏せっている今、さらに混乱を起こそうとする算段かもしれない。
私が確認もそこそこに部屋を飛び出したら、ちょうどアレクシスが向こうから来るところだった。いつ見ても隙のない佇まいのはずだが、今はやけに疲れが滲んでいる。公爵からの嫌がらせめいた密書を何通も処理しているらしい。なのに彼は私を捉えると目だけで「話がある」と合図してくる。
「廃砦で火薬が見つかった。案の定だったな」
彼は言い放つと、廊下の人気がない隅へ私を引っ張った。突然の腕引きに少し戸惑う。こんなに近い距離だと顔がいいのが際立って不愉快。私に興味なんて微塵もないくせに、まわりからは妙に目立ってしまう。本当にやめてほしい。
「とにかく火薬は国王に報告した。すぐに官軍が押さえるだろう。ただ、公爵がしらばっくれるのは目に見えている。何か決定的な証拠を掴まないと、我々が揺さぶりをかけても奴らは逃げ道を作るからな」
「ええ、わかってる。だけど、エドワード殿下の容態が安定しない限り、こっちの動きに隙ができるわ。あっちは今が攻めどきだと判断してるんじゃない?」
彼は腕を組んで小さくうめいた。試験管を振るより難しい内政の駆け引きに、さすがに胃が痛そうだ。表情には出さないが、こんな泥試合に早くケリをつけたいのだろう。
私だって似たようなものだ。ただ、必要ならば廃砦へ足を運ぶくらい造作もない。むしろ危ない場所にこそ、私の捜し物が転がっている気がする。失踪した仲間のことも、ここを調べれば手がかりが出るかもしれない。
「私も同行する」
アレクシスが低く告げると、思わず失笑が漏れた。彼は眉間に皺を寄せるが、「いいのか?」と迫ってくる。うーん、こんな真面目な顔されたら却下しづらい。恋愛どうこうの甘ったるい展開は一切お断りだけど、一人で行って捕まるのは御免だし、私がヤバい目に遭っても“宰相の顔が潰れる”らしいので。
——まったく、複雑すぎる。政治も恋愛も面倒だけど、今は陰謀劇が最優先だ。
足早に移動していると、途中でイザベル妃が邪魔を仕掛けてきた。笑顔はやけに艶めいて、侍女たちが「妃には逆らえませんわよ?」と囁いてくる。その外見で兵士をメロメロにするのは図々しいけれど実際けっこう効果的らしく、まさに大人の色気フルスロットルだ。見てるこっちまで熱くなるどころか、むしろ冷や汗が出る。
「殿下の看病に力を尽くしてくださるのは嬉しいのですけれど、それだけでは物足りませんことよ? ねえ、アレクシス殿?」
どう反応するのか見守っていると、彼はいつも通り淡々とした面持ちで即座に切り捨てた。
「足手まといになるなら控えていただきたい。余計な混乱を招かれては困る」
周囲が凍りつくほどの毒舌ぶりに、私は思わず胸の内で拍手喝采。イザベル妃は一瞬だけ表情を歪めたが、「ふふん、覚えておいでなさいな」と捨て台詞を残して去っていく。その背中を見送ると、何やらざまぁみろ感が込み上げてきて嬉しい。やっぱり痛い目に遭う人がいるとスカッとするものだ。
しかし、そんな戯言に引きずられている暇はない。廃砦の火薬が不気味に待ち構えている以上、笑っている余裕など一瞬で吹き飛ぶだろう。それでも私は決めたのだ。エドワード殿下の命を守るため、そしてどこかで捕まっているかもしれない仲間を取り戻すために、謎を断ち切るしかない。
「どう転んでも最悪の事態が待っている気がするけど、まあ、何とかなるでしょ」
気合いを入れて呟くと、アレクシスが静かに相槌を打つ。おそらく彼も同じ危機感を抱えているのだろう。陰謀劇は進行中で、皇家の血筋を揺るがしかねない企みが蠢いている。でも知らないフリをするなんてごめんだ。どうせなら派手に暴いて、一部始終さらけ出してやろう。
自らの安全など二の次で、面倒とわかっていても、もう後には引けない。地獄絵図になろうとも、廃砦の扉をこじ開けるしか選択肢はない。純粋で疾患を抱える王太子にこれ以上泥を被せる流れなんて、見逃すわけにはいかない——そう心に決めて、私はアレクシスとともに歩き出した。誰にも邪魔はさせない。このドロドロした王宮の闇を、今こそ引きずり出してみせる。次に笑うのは私だ。かかってこい、公爵サマ。




