21 激務の幕開けと不穏な再会
アレクシス宰相の執務室へ呼ばれたとき、私は面倒くささを全身で噛みしめていた。これでもようやく一息つけるかと思ってたのに、現実は甘くない。彼は机に山積みの書類を片手で示し、さらりと言うのだ。
「エドワード殿下の体調は一進一退だ。今朝も熱が上がっているらしい。外交使節との面会時に倒れられても困るから、急ぎ診察と薬の手配を頼む」
ふと見やれば、アレクシスの瞳にはうっすら疲労がにじんでいる。内政だけでも厄介なのに、隣国が新たな要求を押しつけてきて、連日いっぱいいっぱいらしい。なのに、さらに上乗せで私の仕事まで増やすとは——まったく、よくもまぁ警備体制より先に“薬師の追加対応”を思いつくもんだ。お疲れ度MAXな私からすれば、彼を気遣う余裕なんか一ミリもないのだが。
執務室を出て回廊を進むと、ちらほら噂話が飛び交っている。なんでも、リューゲン公爵が突然王宮に戻ってきたとか。つまり、過去に派閥闘争を盛大にかき回したあの人が堂々再登板ってわけだ。引き連れる臣下も多く、その足音が妙に重々しい。おかげで、こっちの胃も重苦しいったらない。
「セシリア様、お疲れのところ恐縮ですが、殿下の容態をお知らせしたく——」
廊下の途中で、侍女マリアンヌが優雅に頭を垂れる。その声はやたら静かで、むしろ胡散臭い。どうやらイザベル側の動きが絡んでいる気配をも感じつつ、私は苦笑するしかない。あの貴妃様が公爵の復帰に勢いづいちゃって、王太子への“手厚いお世話”を強化してるなんて噂だもの。
「いや、どうせろくでもない思惑でしょうし、私は淡々と薬仕事をこなすまでですよ」
それだけ言うと、マリアンヌは何やら含み笑いを浮かべてすぐ去っていった。ああいう上品ぶった猫なで声、どうも苦手。若いお嬢さんは可愛いのに、腹の底で企んでる感じが見え隠れしてゾワッとする。あの雰囲気を身につける才能なんか、私には永遠に訪れなさそうだ。
とにかく、王太子殿下の御薬を優先しながら、新薬の試作管理や毒見役の仕事もやれという。どんな重労働だ。正直、私の身がいくつあっても足りない。研究室に戻って調合机を眺めれば、瓶やら薬草やらが山のように待っている。ふう、と息を吐く。嫌になるほど手際はいい私だけど、自分で言うのもなんだけど正直ここまで使い倒されるとありがた迷惑。
そんな苛立ちを紛らわすため、ちょっと妖しい草薬を嗅いでみたら、不意に体が火照って変な汗が出てきそうになる。しまった、エロい気分になりたかったわけじゃないのに。それに最近どうも寝不足で、夜中に妙な夢を見るし……あれは本能が暴走してる証拠か? こんなに仕事漬けで色恋と縁遠いくせに、体だけは敏感に反応してくるから困る。冗談じゃない、誰か私の煩悩を根こそぎ抜いてくれないか。
翌日、やっと少し余裕ができた頃には、すでに宮廷内はリューゲン公爵来訪の話題で持ちきり。イザベルが得意げに廊下を闊歩し、その侍女マリアンヌはあっちこっちで密談の花を咲かせているらしい。私がちょっとトイレに立っただけで「セシリア、またどこかへ行くのか?」と詮索されそうでウザいことこの上ない。ああ、めんどくさい。
さらに追い打ちをかけるようにアレクシス宰相が来訪。「リューゲン公爵には余計な動きをさせたくないのだが、札付きの連中と既に接触しているという報告があってな。公爵の周辺を探るついでに、殿下を守る手立ても強化してほしい」。……はあ? 探る? また増えたんですか私のミッション。毒見→薬作り→情報収集。しかも潜入工作までついでにやらされそうな雰囲気、最悪。
「私ひとりじゃ無理ですよ、宰相閣下」
そう皮肉をこめて言えば、「君の勘の鋭さと行動力を信頼しているからこそだ」と返される。息をのむほどの真顔にちょっとドキリとしたけど、面倒が上書きされるあたり、ロマンスの「ロ」の字も感じられない。こういうときだけ私を褒め殺しするの、やめてほしい。背筋にぞくっとする快感よりも、胃痛が先にくるんだから。
だがなんだかんだで、エドワード殿下は優しいし、私が助けないと笑顔で倒れそうだ。仕事の山を片手に抱えつつ、抜け道を探るしかないか。リューゲン公爵が何を画策しようと、ここでくじいておけば後々ラクになる。イザベルやマリアンヌがどんな策略を巡らせていても、毒や薬のことは私のほうが心得があるはずだし。
——そう、これは私のお家芸みたいなもの。ちょっとばかり余計な色気が邪魔をしそうだけど、スパッと解決してやる。恋愛になんて発展しない、断言する。今は仕事だ、仕事。浮ついた気持ちなんか、蹴り飛ばして忘れてしまえ。でないと新しい陰謀が牙を剥いたとき、私が先にやられちゃうかもしれないから。
……誰が仕掛けるドラマか知らないけど、黙って待ち受けるほど退屈な女でもない。さあ、この騒動の先に何が待ってるのか。怖いけどワクワクしてしまうから性分はおかしいと自覚してる。でもまあ仕方ない。せめて、こっそり火照った体を夜に冷やしつつ、明日に備えよう。ひょっとしたらトラブルの嵐で眠れないかもしれないし。どうせなら役得が少しはあってもいいのに……と密かに愚痴りながら、また薬草のにおいが染みついた白衣を、未練たらしくまさぐるのだった。




