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18 羊皮紙工房への旅立ち

馬車に揺られながら手紙を読み返すと、まるで頭を殴られたように息が詰まった。旅の医師ベルトランからの相談——王宮御用達の羊皮紙工房が火の車に陥っているという。品質が急落し、職人が雪崩を打って辞めているとか。そんな状況じゃ、王宮で必要になる書類の紙すら足りなくなるだろう。宰相アレクシスも「放置は不可」と冷たく言い放った。


  

まったく、こういう雑務には口を出したくないのに、逃げ場がないのもわかっている。道中はとにかく退屈で、私は窓から見える森の木々をぼんやり眺めるばかり。こっそり読んでいた毒薬の資料も途中で眠気に襲われ、「あーもう、めんどくさい……」と思わず漏らしたら、御者の兄ちゃんに不思議そうな顔をされた。心の声がもっと静かに出ればいいのに。


  

昼前に工房近くの集落へ着くと、状況は噂以上にひどかった。年季の入った工房はいかにも疲弊しているし、集落の人々も目に生気がない。歓迎ムードのかけらもなく、訝しげな視線を浴びせられているのが背中に刺さる。私はこっそり深呼吸し、まずは本題を確認すべく、ベルトランの案内で工房の入り口へ。すると、すぐに地主のコルネリウスが大股でやってきて、我が物顔で私たちを睨み据えた。


  

「おい、そこのあんた、宰相の差し金か? いいか、この工房は俺のモンだ!」

「はいはい、御立派な高利貸し様ってわけですね」

見え透いた脅しに対して、私はつい皮肉な笑みを返す。ピッと眉を吊り上げたコルネリウスの血管が危うく切れそうだ。しかし彼が腕を振りかぶるより先に、後ろから小さな影がぴょこっと飛び出してきた。


  

「やめて、パパ! いきなり手を出すなんて……!」

若い娘——ルイーゼだ。ブロンドの髪を慌ただしく揺らしながら、私とコルネリウスの間に立ちはだかる。ふと視線を彼女の背後にやると、工房の職人らしき青年もこっそり覗いていて、目が合うと恥ずかしそうにそっぽを向いた。ベルトランの予想通り、どうやら二人は内緒の仲らしい。


  

「こりゃまた、王道の恋愛トラブルってやつ? ご愁傷さまだわ……」

思わず苦笑いしていると、コルネリウスは「おまえのような女に指図される筋合いはねえ!」と再び吠え、ルイーゼを乱暴に払いのける。彼女がよろめいたところを、件の青年エミールが慌てて支えに入る。するとコルネリウスは娘だけでなく青年にも鋭い目で睨みを利かせ、まるで毒された蛇みたいに唸った。


  

「その男との仲は今すぐやめろ。おまえは俺のビジネスの道具なんだぞ」

恫喝するような物言いに、私は胸糞が悪くなる。こんな冷酷な親父をモテモテ王子さまに引き立てる趣味はないから、適当にあしらうが一番。冷えきった空気のなか、私はわざと明るい声で切り出す。


  

「まあまあ、借金地獄を強いるより、まずは羊皮紙の品質が落ちた理由を一緒に検証したら? いっそ“娘の縁談”を人質に取るなんて、不当契約もいいところね」

「黙れっ! 俺のやり方が気に入らんなら、いますぐ出て行け!」

ふん、またその手か。ごり押しすれば服従すると思い込んでいる典型だ。横でベルトランが「控えてください、コルネリウス様!」と気をもむが、その悲鳴は虚しくかき消される。どうやら工房の人々はこの男に完全に支配されていて、誰も逆らえないらしい。仕方なく、私は今夜のうちに何か策を練るしかない。


  

宿に戻る道すがら、ベルトランが顔をしかめながら唇を噛んだ。

「まったく、あんな強引な地主が裏で繋がっているのは……いや、それはまだ言えません。すみません、僕にだって生活がありますので」

「別に責めてないわよ。私の知りたいことは、彼がこれほど大量の資金をどこから用立てているかってこと。もう少し調べてみるわ」

私は重いため息をつく。表向き借金返済を盾に工房を牛耳っているだけに見せて、どう考えても裏取引の匂いが濃厚だもの。もしや、例の“富商連続急死”と関係あるのかもしれない。思わず持参した小瓶と薬品リストを握りしめた。


  

正直言うと、夜の宿は退屈極まりなくて、退屈な中に一瞬の物好きが混ざると逆にドキリとする。少しお酒をひっかけて風呂あがりにぼんやりしていたら、隣室のカップルがやけに熱っぽい声をあげていて、つい耳を塞ぎたくなった。……いやいや、こっちはそっち方面に興味はございません。どうぞお好きに、という気分。むしろ「いいなー、私は仕事でこんな辺鄙な場所に来てるのに」と、やるせない嫉妬がじわじわ湧いてくるのが自分でも嫌になる。


  

そんなささやかな“エロくて鬱陶しい”気分を振り払うように、私は紙とペンを取り出して頭を整理する。地主の資金ルート、過酷契約のカラクリ、そして職人たちの窮状——そこにもし毒でも絡んでいれば、一気に正面突破ができるかもしれない。私の怪しげな知識がこんな場面で役に立つなら、まあ悪くないか。どうせ有能なんて自覚は薄いけれど、使えるものは使ってやろう。


  

翌朝、工房に向かうと、やはり職人たちの顔には暗い影が落ちたままだ。だが、ちらりと目をやるとエミールがルイーゼに隠しメモを渡そうとしている。恋愛ごっこは止まらないらしく、理不尽な親父との板挟みで苦悩が深まる一方だろう。まったく、くだらないようでいて、人間関係のトラブルは脈絡なく爆発するから怖いんだ。


  

そして到着したコルネリウスは案の定、私を睨みつけたまま強硬姿勢を崩さなかった。

「今日こそは支払いの話を決着させる。俺の要求を呑まないなら、即刻ここから出て行くんだな」

開き直るその口調に、周囲の職人が深刻な顔でごくりと喉を鳴らす。だが、その緊迫感をねじ伏せるかのように、私はわざと無邪気に微笑んでみせる。


  

「ふふ、じゃあ私がどれほどしぶといか、試してみる?」

彼の瞳が、ほんの一瞬揺らいだ。

さて、この勝負、一筋縄ではいかないのは確実だけど……意外と面白い結末が待っているかもしれない。みんなの前で、少し大袈裟に着飾った毒を振りまくのも悪くないわ。大事なのは、相手の隠し札を先に暴いてしまうこと。私が痛烈な一撃をお見舞いできるとしたら、明日の朝か、はたまたその次か。


  

こみ上げそうになる苛立ちと奇妙な高揚感をむりやり抑え込みながら、私は工房の奥へ足を踏み入れた。ルイーゼとエミールが細い糸のような希望をつかみ取れるかどうか、そしてコルネリウスの裏に隠された力が何なのか——決着はそう遠くない。こんな田舎での泥仕合も、私にとっては立派な戦場だ。さあ、この羊皮紙騒動にまつわる不当契約の呪い、ちゃっちゃとバラしてやりましょうか。読者の皆さまには次の一手を楽しみにしていただきたい。もうこの瞬間すら、私ははっきり言ってゾクゾクしてるんだから。

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