15 白き奇術の晩宴
ブランシュの奇術がひとまず中断し、重く垂れこめていた熱気が少しだけ引いていく。とはいえ、お祭り騒ぎにどっぷり浸かった貴族たちはすでに次の演目を待ち望んでいて、廊下の片隅でも奇妙に浮ついた声が絶えない。私は壁に身を預けながら、アレクシスと手短に情報を擦り合わせる。
「舞台裏で不審なローブ姿に襲われるなんて、まったくご苦労なこった」
低く笑う彼に毒づこうとしたが、今はそんな余裕もない。微妙にズレたツボを押されるのも腹立たしいし、何より私が防衛に必死だったのだと言い返すのも面倒。
「『ご苦労』で済むなら私も気楽よ。あの手つき、明らかに手慣れてたわ。ローブの下でどんな顔してたか知らないけど、そういうスリルは好みじゃないの」
「ほう、なら同僚の仮面舞踏会の誘いも却下か? おまえはほんと、華やかな場が似合わないな」
「言うじゃない、宰相殿。まあ、照明嫌いだしね。こういう半分闇のほうが落ち着くわ」
思わず笑い合ったところで、ちらりと視線を交わす。軽口を叩いていても、片手間に舞台周辺の出入り口を監視するのは忘れない。ブランシュを調べるうちに、あれこれ匂うものが増えすぎたのだ。不老不死の研究メモ、飛蝗の危機、王太子エドワードの体調と、宮廷全体が不穏な網に絡め取られそう。
アレクシスが諦め顔で呟く。「このまま奴らを泳がせてもいいが、王宮が熱狂に潰される可能性も高い。イザベルの取り巻き連中がブランシュに入れあげるほど、政治の足を引っ張るのが目に見えるからな」
「たしかに。もし一部の官吏や侍女まであれに心酔したら、災害対策や王太子の治療だって後回しになりかねない」
現に、イザベルは王の側妃としての地位を最大限に利用し、このショーに資金も口利きも惜しまないらしい。彼女の忠実なマリアンヌは王宮じゅうを走り回り、どうやら雑多な文書を隅々までチェックしている。そしてあの“毒や不老不死”の研究にだって、彼女らが食指を伸ばしている可能性が高い。下手に騒げば、こちらが先に尻尾を掴まれかねない。絶妙に面倒な状況だ。
意を決し、私は廊下をそっと抜け出す。アレクシスがわざとらしく大きなため息をついたが、あれは「気をつけろ」の合図だろう。返事代わりに肩越しに手を振って応じる。いつの間にか、私も“慎重に動く”スリルに慣れてきてしまった。好みじゃないと明言しとくけど、これはほんと仕方ない。
奥まった回廊に足を向けると、ヴィクトールの姿が見える。彼は例の森林伐採と鳥の減少に関する密書を渡してくれたばかり。ああいう調査書を入手できるのは、文書管理官の立場ゆえだ。
「また何か追加情報でも?」と声をかければ、彼は申し訳なさそうに首を振る。
「新たな知らせはありません。ですが、王都周辺の林が急に伐採されているという報告が増えていまして…蝗害対策の藁、農村からの声も、どうやら握りつぶされている可能性があるんです」
握りつぶし。ここまでくると、完全に意図的。事態を大きくして利を得る者がいるという噂は聞くが、それがブランシュにどう繋がる? もやもやする疑問が絶えない。
「それと、王太子殿下の医務室に妙な来客があったとか。おそらくブランシュの関係者ではと言われています」
はあ、と小さく息を吐く。あの繊細な王太子がこんな狂乱に巻き込まれたら、ただでさえ不安定な体調がもっと悪化してもおかしくない。こんなバカげたタイミングで医務室を訪ねるとか、もう胡散臭さ満載。
「ありがとう、ヴィクトール。何かあればまた教えて」
彼は気まずげに頷き、小走りに姿を消す。残された私は、壁に背を預けて天井を仰ぐ。今までは“ああ面倒だな、誰か代わって”と思う余地があった。でも、もう片足どころか両足突っ込んでいる状態。中途半端に手を引いたら、ブランシュ一座がさらなる騒ぎを起こすか、あるいはイザベルが“目障りな薬師”を消しにかかるか。
――だったら、やれるところまでやるしかない。遠慮しても得なんてないし。私にとって維持すべき平和は、王太子の尊い命や、平凡な民の暮らしと直結している。個人的には恋愛沙汰はちっとも興味ないけど、無駄にモテるおかげで妙なところで名前を覚えられたら厄介極まりない。そんな雑音まで押しのけながら、今はただ冷静に対処するしかないわ。
そう心を固めて帰ろうとすると、通路の奥からねっとりした声が聞こえてきた。
「おや、おひとりですか? お疲れでしたら、少し襟元をお直ししましょうか」
腰の浮いた貴族風の男がニヤつきながら胸元に手を伸ばしてきたので、即座に手首をひねり上げる。
「そこ触ったら、あなたの指が逆向きに曲がるわよ」
男は短い悲鳴を上げて逃げていった。格好悪いったらない。思わず苦笑する。こんな下心丸出しがちょろちょろしてるなら、裏の組織が暗躍していても不思議じゃない。一瞬エロく見せかけて、可哀想だけどざまぁとしか言いようがないわね。
廊下の向こうから、アレクシスが鼻で笑う声が聞こえる。どうやら私の華麗な(?)撃退を目撃したらしい。そんな彼に目で「なにか文句ある?」と訴えれば、「いい性格してるな」と返されて、私もつい苦笑をこぼす。
刺激的な夜はまだ終わらない。ひとまず休息したくても、蝗害の気配だって王太子の容体だって待ったなしだから。ブランシュのショーが再開すれば、イザベルがさらに王宮中を煽り立てるのは目に見えている。
――ならばこちらも、思い切って狩り場に出てやろう。闇に潜む実態を暴いて、毒も計略もひっくるめてぶち壊してやる。
満月が雲の合間から顔を覗かせる。私はゆっくりと夜の宮廷を見渡した。すべてがひそやかに、しかし確実に動き出している。せめて私が倒れるまでには片を付けたいものね。このまま逃げるなんて退屈がすぎるし、あのローブの刺客にはご愁傷さまだが、私を本気で毒牙にかけるには数十年早い。
さあ、次の幕を開けよう。世にも華麗な白い奇術師を相手に、ここからが本番だ――そう思うと、背筋にゾクゾクする熱が駆け上がる。
止まる気なんて、これっぽっちもないのだから。ここで投げ出したら、私の退屈嫌いが黙っちゃいないわ。




