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14 宵闇の幻術と蠢く企み

闇が降りた王宮の一角。私はアレクシスと合流し、今宵こそブランシュの奇術をじっくり見定めると腹を据えた。立ち入り禁止の舞台裏に潜む不穏な気配を思い返すだけで、妙な胸騒ぎが止まらない。けれどここで退けば、“陰謀なんて興味がない”と公言した自分の矜持が揺らぐ。まったく、面倒な性分よね。


 


 足を踏み入れた大広間は、貴族たちの熱狂で沸騰しそうなほど。きらびやかな照明が照らす先、ブランシュは白い衣をひらりと舞わせ、妖艶な音楽に合わせて踊っていた。甘く鼻をくすぐる香りが充満し、ただ座っているだけで頭がぼんやりする。なるほど、観客が夢中になりすぎて我を忘れるのも無理はない。


 


 そこで私の目がとらえたのは、袖幕の端で盛んに旗を振る一団。合図を送るタイミングに合わせ、ブランシュの所作が微妙に変化しているように見えた。しかも、舞台手前でふわりと漂う煙は小箱から噴射されているらしい。さりげなく覗き込めば、妙にどぎつい色味の薬剤が滴っていた。


 


(へえ、やっぱりチーム戦なのね)


 


 それを見破った瞬間、ブランシュが大仰な身振りで“奇跡”を披露する。客席の一人が引いたカードを当てたとか、思い浮かべた言葉を言い当てたとか。周囲は「すごい!」「神の使いだ!」と興奮の絶頂。私は涼しい顔を装いながら、密かに失笑した。香で頭をゆるめ、旗やジェスチャーで情報をやり取り。実に古典的だし、ばれるかばれないかのスリルを楽しんでいるようにさえ思える。


 


「フフ、悪趣味ね」


 


 思わず呟くと、隣のアレクシスが低く笑う。「そういう悪趣味を瞬時に見破れるおまえは、やはり頼もしい限りだ。」「別に…私が敏感なだけでしょ」と返しながらも、彼の冷静な瞳には感心がにじんでいるのがわかる。まったく、褒められてもうれしくないわ。私はそもそも誰かに寄りかかってもらうために、ここにいるんじゃないんだから。


 


 ブランシュのショーがさらなる盛り上がりを見せると、イザベルの取り巻き連中までキャーキャーはしゃぎ始めた。燕尾服やドレス姿の人々が、一様に目を潤ませてブランシュに手を振っている。そんな光景を横目に、マリアンヌの不穏な動きがちらついた。彼女はあちこちですれ違う使用人に指示を出し、さも“準備に追われているだけ”と取り繕っているように見えるが、観察している限りシンプルに舞台を支えているわけではなさそうだ。


 


「セシリア様、どうかこちらへ…」

 背後から聞こえた甘ったるい呼びかけに、私は鼻先で笑う。

「また監視? 私が変な騒ぎでも起こすと?」

「まさか。このショーを楽しんでいただくのが私の務めですから」

 まるで猫に爪を隠した声色。だが、その瞳には“余計な詮索するな”という威圧が宿っていた。ここで引き下がるほど、私は大人しくもない。そんな私の心情を察したのか、アレクシスが軽く肩を叩いてきた。

「妙なことを嗅ぎまわる前に、王太子の容体にも留意しろ。飛蝗の話だっておまえが嫌がってたよな?」

「そこは嫌がる理由が違う! イナゴが大群で飛んできたら大惨事でしょうに」

 嫌悪感と好奇心の板挟みで、私は嘆息をつく。誰がこんな余計な騒動を仕掛けているのか、早く突き止めて平穏を取り戻したい。それにしても、王太子の病状に加えて国土の荒廃まで起こったら笑えないわ。確かに先代医師の研究ノートと今回の不審な奇術、何かがぜんぶ繋がりそうで怖い。


 


 舞台が一旦幕を下ろし、私とアレクシスはそれぞれ離れて行動することに。人混みを縫うように歩き、私は密かに舞台裏へ侵入した。照明の届かない通路の先では、助演者たちが忙しなく旗を畳んでいる。そこにさっと目を走らせ、怪しい小箱が転がっていないか探ろうと足を踏み出した――と、突然、邪魔するように黒っぽいローブの人物が立ち塞がった。


 


 反射的に腰を引くと、相手はそのまま私の腕をつかもうとしてくる。妙に冷えた手が頬をかすめ、息が止まるかと思った。そのまま床に押し倒されそうになった瞬間、隙を見て私は相手の脚をけり上げる。

「……下衆が。色仕掛けでどうにかできると思った? あいにくそっち方面には興味ないわよ」

 辛うじて振りほどいたものの、ローブの人物は声を発するでもなく、するりと闇の奥へ逃げ去ってしまった。まるで私が潜入してくるのを待ち構えていたみたいに。


 


 一連の出来事に心臓が早鐘を打つ。強烈な香の残りが鼻腔を刺して、頭がクラクラする。ここで追いかけるのは得策じゃない。慎重に距離をとり、舞台裏の様子を監視するにとどめるべきだ。それでも、この場の異常さはますます確信へと変わっていく。ブランシュの奇術に絡む“仕掛け人”が、王宮全体をかき乱そうとしているのは間違いない。


 


 少し離れた廊下で、アレクシスと合流する。彼の顔には明らかな青ざめが宿り、どうやらそっちも危険な目に遭ったらしい。「なんだか嫌な予兆しかない」お互い痛感しているようだが、ここまできて止まるわけにいかない。王太子の病、先代の毒研究、そして飛蝗被害まで…何重にも張り巡らされた罠の匂いがする。どれ一つ見逃せば、この国にとてつもない動乱が起こるだろう。


 


「焦らず証拠を掴むわ。うんと派手に暴いて、黒幕を炙り出してやる。そっちが悪趣味な香で観客を惑わすって言うなら、こちらはもっと刺激的に暴露してあげる。手加減は一切なし」


 


 そう腹を括ると、アレクシスが翻した外套を私の肩にかけてくれた。「ったく、一緒にいると気苦労が絶えないよ…でも、頼りにしている。」思わず苦笑いを浮かべつつ、私も決意を新たにする。どうやら今夜は眠れそうにない。自分でもわかるほどに血が騒いでいるから。


 


 ブランシュの魅惑の奇術と、“得体の知れない毒”をめぐる陰謀。その二つが同じ糸で結ばれているのではとの疑いが、胸の奥で大きく渦を巻く。王太子の安否もあるし、マリアンヌたちの企みを黙認する余地もない。いっそ毒だろうと牙だろうと、目にもの見せてやる。


 


 結局、華やかなショーが再開するのを横目に、私はアレクシスとともに廊下の暗がりに身を潜ませる。次の一手をどう打つか。頭の中で数通りの策を巡らせては、ゾクゾクするほどに闘志が湧いてくる。

 誰もが熱狂する宵闇の幻術。その奥底で蠢く企みを暴き出せるのは、どうやら私だけらしい。…モテ要素なんぞに煩わされてる場合じゃないわね。さあ、次の幕開けが待ち遠しい。これからもっと面白いことになるはずよ。

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