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12 封印された研究記録

 薄暗い書庫の中を歩くたび、床板がミシミシと音を立てる。まるで「そう簡単には真実を見せてやらないわよ」と嘲笑されているみたいだ。


アレクシスとマリアンヌの後ろをついていきながら、私は考え込む。

先代医師の研究ノートには“不老不死の薬”やら“得体の知れない毒”なんて、奇妙な単語が並んでいる。肝心の本人は遠方の療養地で眠ったまま。直接問い詰めたいが、それは叶わない。かといってこのネタ満載のノートを放置すれば、あとで私が酷い目に遭う可能性が大。要するに厄介事を先回りして片づけろ、というわけだ。


「懐かしい名前でしょう、セシリア様? 先代医師は一時、“不老不死”に憧れて暴走しかけたと聞きましたわ」

マリアンヌは喉の奥で笑う。さっきまで埃でくしゃみしそうだったくせに、こういう話になるとやたら生き生きしている。

「再三言うけどね、そんな魔法めいた夢の薬なんか見つかったら、とっくに王族が飲み干してるでしょ?」

「うふふ、それはどうでしょうねえ。闇に紛れて造られた毒のほうが、よっぽど現実的に見えますけど」


私が思わず眉間にシワを寄せると、アレクシスが胡散臭げに笑って声をかけてきた。

「毒やら不老不死やら、知らないほうが良かったのかもしれないな。でも、おかげで飛躍的に真相に近づけそうだ。それに――おまえ、こういうの嫌いじゃないだろう?」

「何その決めつけ。私の趣味が死と薬の境目ウロウロしてるみたいに言わないで」

嘆息しながらも少しだけ胸が高鳴る。そう、危険度が増すほど、私の中の“薬師としての好奇心”が疼いてくるから困る。


そんな私の悪癖を見透かしたのか、書庫の奥から現れたヴィクトールが、手にした羊皮紙をそっと差し出してくる。

そこには先代医師の弱々しい筆跡で、蝗害や伝染病、禁断の毒などが具体的に記されていた。

「これが全部イタズラ書きで済めばいいのですが…どうやら事態はそう甘くないようですね」

「まったく。宦官たちが浮かれるほど魅惑的な“ブランシュ”の奇術が、もし毒と絡んでいたら寒気がするわ」


ブランシュの名前を口にした途端、遠くでコホンと咳ばらいが聞こえた。見ると、エドワード王太子がこっそり姿を見せている。

「セシリア殿…すみません、急に。でも、ブランシュの舞台を観ると、なんだか胸がザワザワして…僕、どうしても心配なんです」

目を伏せる王太子の仕草に、私は小さく息を吐く。ほんのり赤い頬と上目遣いは、侍女たちが歓喜しそうな破壊力。けれど、私には余計に嫉妬を呼び寄せる“困ったモテ要素”にしか見えない。

「ご心配には及びません。何かわかったら私から報告しますから、とりあえず殿下は休まれて」

「はい…ありがとう、セシリア殿」


まわりの侍女が「キャー!」と騒ぎそうなほど殿下は健気だけど、その裏に潜む毒の気配は払拭できそうにない。


「ブランシュばかりが注目されているが、そこに香料や目くらましの道具が使われているなら…誰かが裏で糸を引いているはずだ」

アレクシスの声が響く。大仰に言えば、華麗なステージが“死”を呼び込む罠かもしれない。

「蟻の行列に蜜を垂らして誘導するように、あの奇術ショーで貴族を集めて何するつもりかしらね」

言いかけて、私の背筋がゾクッとした。「もしかして、蝗害以外にも何か…」なんて妄想を広げたくなるけれど、今は結論を急がず冷静に分析してみるしかない。


「じゃあ、先代の研究ノートの裏を洗うのが急務ですね。私が手分けして調べましょう」

ヴィクトールが書庫の暗がりを睨む。この人も穏やかに見えて、何気に情報屋の匂いがするのが面白いところだ。


「香料や幻術のトリックがあるなら、いずれは私がブランシュの公演をじっくり見てやるしかなさそう」

そう呟く私に、マリアンヌが古傷をえぐるような笑みを浮かべる。

「セシリア様がひとりで行かれるんですか? 危険があれば、ぜひ報告を。追い詰められるところを拝見させていただきたいですから」

「性悪侍女め。まあいい、私が捕まって凌辱でもされたら、あなたはせいぜい拍手でもしてなさい」

「やだ、セシリア様ったら。そういうスリルはみんな期待してますわ」

あまりの言い草に、アレクシスが「おまえら、仲がいいのか悪いのか」とあきれ顔だ。


そんな軽口を交わしているものの、腹の底にはぬぐい切れない不安が渦巻いている。不老不死の研究と得体の知れない毒、そしてブランシュの妖艶な舞台。いろいろな糸が密かに絡み合い、この王宮をじわじわと侵食しているようだ。


「ところでアレクシス、あなたはどう動くの? 宰相閣下ともなれば、直接ブランシュに声をかけられそうだけど」

「…正面突破は得策じゃない。もう少し泳がせて、こちらに有利な切り札を集める。それまではおまえの鼻の利きに期待してる」

私を頼る気満々な態度だが、ちゃんと見返りは用意してよね――と言いたいところ。しかし、宰相の立場で動いてもらわないと、発見した証拠を闇に葬る連中が絶対出るはず。

その意味では、彼との利害一致はまあ悪い話じゃない。


最後にもう一度、先代医師のノートをパラリとめくる。

そこには、血と悲鳴と、甘い誘惑の混じる悪夢のような記述が連なっていた。夢か現か、確かめる術は一つ。

そう、私は踏み込むしかない。あの白い布を纏った“奇術師”の正体に。


「腹はくくったわ。ブランシュの虚飾を暴いて、毒の芽も刈り取る。でないと、私が安眠できなくなるもの」

呟いたところで背後の扉がギィッと軋み、不吉なまでの静寂が書庫を包む。

大きく息をつき、これから待ち受ける闇に――心のどこかで興奮さえ感じている自分を自覚した。


さあ、見せてもらおうじゃない。

王宮に巣食う陰謀も、制作者の“ざまぁ”な欲望もまとめていただきだ。

どう転んでも、挽回不能のチャンスは逃せない。


私は埃まみれの棚に手をかけ、不敵な笑みを浮かべる。

「カラクリがあるなら、一気にぶっ壊してあげるわ。こちらは薬師なんだから、どんな毒にも対策できるのよ」


暗闇に微かな光が射し込み、私とアレクシス、ヴィクトール、そしてマリアンヌの視線が交錯する。

重たげな書庫の扉を再び押し開くとき、不吉な運命のパンドラが静かに口を開けたいのだと――そんな胸騒ぎが止まらなかった。

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