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11 呼び出しの書庫

「宰相閣下のご命令でございます。早急にこちらへ」


早朝に届いたマリアンヌからの書簡は、やたらに大仰な文面のくせに、要するに「今すぐ古い書庫へ来い」というものだった。

「命令」に弱いわけじゃないけど、あっちこっちで飛んでいる火の粉をさらにかぶせられるようで、盛大にため息がもれる。


それでも放置したら倍返しの嫌がらせを食らうのはわかりきっている。

面倒くさい人たちばかりだけど、傑作なことに私が謎や毒の対処に慣れているせいで、何かあるとすぐ呼び出される。

つまり――有能だと勝手に評判になっているらしい。評価してもらわなくて結構なんだけど。


    ◇


書庫の扉をくぐると、重く生暖かい空気が頬を包む。

日の光がほとんど入らず、本と埃の匂いが混ざり合って、私の鼻はむずむずした。


「あら、意外。あなたでも埃は苦手なの?」

すぐ傍でマリアンヌが口元を歪める。妙に楽しそうなのが気に障る。

「埃ならあなたの心のほうがよっぽど溜まってそうじゃない? 人の私生活を覗いては黙殺する技術、見習いたいわ」

「うふふ、私のスキルは企業秘密ですから」


相変わらずだ。侍女の顔をした情報屋というか、黒幕の下っ端というか。

でもここに呼んだのは彼女ではなく、奥で書物を引っ張り出しているアレクシスだ。


「やあ、待ってたよ。早速だけど、先代宮廷医師の研究記録を見てくれ」

「先代って、遠い療養地で寝たきりの方よね? 何かヤバいものでも書いてあるの?」


アレクシスは私の問いに、書物の山から一冊を抜いて示す。

そこには『不老不死の薬』とか、悪趣味な響きの言葉がずらり。

さらに『得体の知れない毒』という項目まであった。


「見ての通り、そのまま読み進めれば夜中まで悪夢見そうだ。薬剤師のあんたでもゲンナリするかもな?」

「フフ、むしろワクワクするかもしれないわよ。変態趣味じゃないけど、こういう危険な使い方を先に調べておけば、対策ができるでしょう?」

私が毒舌混じりに返すと、アレクシスは「出た出た、仕事人間」と肩をすくめた。


    ◇


すると、どこからともなく現れたヴィクトールが、おずおずと巻物を差し出してくる。

「セシリア殿、こちらは先代医師がさらに詳しく記した草薬の文献です。蝗害や伝染病の兆候にも触れられていて…どうやら問題は山積みのようです」


「蝗…またあの嫌な文字。今はブランシュの奇術ショーで宮廷が浮かれているけど、残念ながらイナゴさんたちは宴に興味はないでしょうね」

私が皮肉をこぼすと、ヴィクトールは苦笑まじりに頷く。

どうやら王太子殿下のか弱い身体だけでなく、王国全体を食い荒らすかもしれない、そんな不安が現実味を帯びてきた。


    ◇


さらに厄介なのは、「ブランシュ」という芸人の存在。

白い衣で現れ、幻かと思うような華麗な舞いと手品じみたショーを連夜披露しているらしい。

優雅な貴族や宦官たちが、揃いも揃って「美しい!」「奇跡だ!」と浮かれまくっているとか。


「どこにそんな余裕があるのかって感じだけど、ああいう派手なイベントに弱いのよね、みんな」

「仕掛けがあるなら見破るのがあんたの得意分野、だろ?」

アレクシスはわざとらしく肩を叩いてくる。

「だとしてもさ、タダ働きは勘弁。私、これでも忙しいの」


マリアンヌが横からヒソヒソ声で笑う。

「宰相閣下、セシリアさま一筋縄ではいきませんよ。報酬の話を忘れずに」

「…余計な助言をありがとう。言わなくても理解してる」


    ◇


そんな時、後ろからトタトタと慌てた足音が近づいてくる。

振り返れば、息も絶え絶えのエドワード王太子。顔にまだ赤みが残り、具合が良いとは言えない雰囲気。


「セシリア殿…あの、ブランシュさんの舞が、みなさんの気を紛らわせるのはいいんですが…何か、危険な香りがするんです。僕の思い過ごしならいいんですが…」

王太子は不安げに視線を落とす。その姿を見れば、私もさすがに放っておけない気分にさせられる。


「わかりましたよ。じゃあ少し、あの奇術師を調べてみます。ご自愛ください、殿下」

王太子が安心したように微笑むと、周囲の侍女たちが「まあ素敵!」と顔を赤らめている。

…ああ、また要らぬ嫉妬を買う。何でこう、私はいつも余計な人気を集めちゃうんだろう。


    ◇


それにしても、白々しいほどの夢舞台と毒めいた研究書の組み合わせ。

美しさに酔いしれて気づいた頃には、すでに取り返しのつかない陰謀が仕掛けられている…そんなシナリオがちらつく。


「当たらずとも遠からずよね、どうせ」

私がぼそりと呟くと、アレクシスが本の一頁を指さす。

「先代医師のメモには“淫靡な香を使い、感覚を麻痺させる”なんて走り書きもある。あの奇術の盛り上がりと似てると思わないか?」


もしブランシュのショーが、ただの華やかなお遊びではなく、誰かの企みの一端だったら?

一度かかったら抜け出せない麻薬のような甘い誘惑――そんな匂いを感じる。


「いいわ、ちょっと腰を入れて調べてみる。私の権限で、あの綺麗な白い衣をめくって、中身を覗いてやるってわけ」

思わず下世話な表現が飛び出して、近くのマリアンヌが含み笑いを漏らす。


    ◇


封印されていた不老不死の研究と遠くの療養地で眠る先代医師、そして王宮を席巻する奇術師ブランシュ。

どれも色合いこそ違え、底に流れる“怪しさ”は同じに思えてならない。


私は分厚い書物のページをめくりながら、胸の奥が不気味な熱でジリジリと焼かれる感覚を覚えた。

エドワード殿下の病、蝗の脅威、イザベル妃の影の動き――ああ、私、もう逃げられないみたい。


けれど、知らないままよりはマシだ。

どうせなら大波に巻かれる前に、こちらから突っ込んでいってやる。

“とびきりの毒”をお返しする準備はいつでも万全なんだから。


「じゃ、アレクシス。もし私が捕まったりしたら、ちゃんと助けに来てよね? 絶対よ」

「言われなくても。ま、貴女が意外とどんな突拍子もないトラップにハマるか見ものだけどさ」


私達の丁々発止を横で見ていたヴィクトールが、小さな溜息をつく。

そして、なぜかマリアンヌは妖しく微笑む。

この書庫の奥にどんな秘密が潜むのか、それを知るのが怖いのか愉快なのか、自分でもわからなくなってきた。


    ◇


だが、私の血は逸る。不安さえ楽しむのは、毒師の性なのかもしれない。

さあ、ブランシュの白い幕と、先代医師の黒い文字――端から端まで暴いてやろう。

どうせ激しい波に呑まれるなら、むしろこの手で波を起こしてみせるほうが性に合ってる。


…もう後には引けない。

次の不埒な夜会で、その美しくも恐ろしい断片を存分に暴いてやると決めた。


    ◇

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