煌めく祝祭と禁断の競宴5
混乱が最高潮に達した大広間を、ざわざわとした怒号と低いうめき声が覆い尽くしている。競宴の敗北どころか、事件の引き金を仕掛けたかのような視線がフェルディナンドに集中し、彼を取り巻く空気はひたすら悪趣味なまでに重たい。
一方でアレクシスは、仮面を外そうとしないレナードを鋭く見据えていた。先ほどは大勢の人目につかない隙をついて、このレナードを追跡しようと試みたのだが、さすがに逃走の手際がいい。常に優雅な身振りを保ちながら、扉付近までするりと姿を消しかけている。その後ろ姿を見送りつつ、アレクシスが忌々しげに舌打ちをしたのを、私はしっかり聞いてしまった。
「かなりの手練れね。宰相様でもあれを捕まえるのは骨が折れそう」
「人をおちょくる気満々で困るよ。で、こっちはどうなんだ?」
うんざりしたようなアレクシスの問いに、私は柵にもたれていたハーグリーヴズをちらりと見る。さすがに荒れ狂った勢いも小康状態だが、息子の無事を信じたい気持ちがひしひしと伝わってきて胸が痛む。
「まだ息子さんの指かどうか確定じゃないけど、あの切断面を見る限り本物の可能性は高い。酒で洗うか薬草で消毒するか、とりあえず検証が必要。それと…」
「あぁ、例の甘い酒の成分と同じかどうか、だな?」
アレクシスが小さく笑い、してやったりという顔をする。どうやら私の考えを先回りして読んだらしい。私が普段こっそり調合している薬の棚を、ちょいちょい覗き見しているフシがあるのだけど、まさか宰相自らそこまで口出ししてくるとは恐ろしいものである。
「わざわざこの競宴に“危険な酒”を持ち込んだ理由が、単に勝負を優位に進めるためだけなんて思えないの」
「少なくとも、フェルディナンドは『ただの趣向』だと否定してるがね」
「言葉より態度が余裕すぎるのよ。ふつうなら責任から逃れようと必死になるはずなのに」
「なるほど。じゃあ協力して謎を暴くか?」
真顔のアレクシスが私を見下ろし、さらりと手を差し出すものだから、一瞬ぎょっとする。どうしてこんな急展開なのかと思ったら、私の隣でハーグリーヴズがふらつきながら倒れかけていた。おそらく緊張と疲労の限界よね。私はその腕を支え、できるだけ穏やかな声で呼びかける。
「まずは休みましょう。あなたが倒れてしまったら、息子さんが戻ってきても泣き顔を見せる羽目になるわよ」
「…す、すまねぇ…。けど、イザベルって妃が…あいつが何か隠してる……あの侍女も…」
「ええ、分かりました。私が手を回しますから」
本当はこんな大風呂敷、私ひとりじゃどうにもならないかもしれない。けれど、ここで諦めたら後味が悪すぎる。ハーグリーヴズの悲痛な顔を見ちゃったら、なおさらよ。
その間にも、会場の奥ではイザベルが王に取り成しか何かを進言しているらしい。マリアンヌが懸命に資料をかき集めている姿が垣間見えるが、それと同時に人目をはばかるように書簡を隠しているようにも見える。何をしているのか問いただすと、逆に厳重注意されかねないから、しばらくは泳がせておくのが吉だろう。
王宮の警備隊員たちは、混乱を収束させたい一心で大声を張り上げてはいるが、正直、事態は悪化しかけているように見える。いかにも「中途半端に中断されました」って札が貼られたままの競宴の装飾が、余計に不吉なムードを醸し出していた。
「そういやレナードは、最初に私の持つ蜂蜜を試飲したとき一瞬だけ表情が歪んだわ。もしかして成分同士の相性が悪かったとか?」
「めずらしく観察が細かいね。さすが薬師殿というべきか」
アレクシスがふっと口角を上げる。どこか得意げに見えるのは気のせいじゃないはずだ。私が質問のためにレナードに近づいた瞬間を、どうやら見ていたらしい。
「私のせいじゃないわよ。そもそも酒に妙なもの混ぜてるほうが悪いんだから」
「やれやれ、怖い怖い。まぁその分析力があるなら、騎士団より早く真相に辿り着けるかもしれない」
少しだけ誇張された口調で、アレクシスは私をおだてる。そういう演技が上手いところが、彼の政治力なんだろう。まったくもう、私は自分が有能だなんて微塵も思っちゃいないけど、こうやって期待されると気が抜けない。
ふと、入り口付近を見やると、フェルディナンドが警備隊の問いかけを鼻で笑うように受け流している。騒動の責任を押し付けられるのを避けたい反面、どこか好奇心に満ちた瞳でこちらを見つめているようにも思える。その姿はまるで学者が興味深いサンプルを眺めるときの顔だ。
「さて、手がかりは甘い酒、それと紋章付きの布切れ。おまけに姿を消しかけのレナードに、おとぼけ学者のフェルディナンド……」
「あと、あの秘密主義のイザベル様と音もなく走り回るマリアンヌ。一度に詰め込みすぎだわ」
思わずため息がこぼれ、ハーグリーヴズを落ち着かせようと背中をさする。その指先の震えが少し収まってきたのを感じると、やるしかないと腹をくくるしかない。
ここでアンテナを張っておけば、必ず誰かの焦りをキャッチできるはず。そしてそのほころびこそが、誘拐や指の真相を解き明かす最初の糸口になると確信していた。
王宮中が今夜の騒ぎで疲弊しているが、問題はむしろこれからだろう。真っ暗闇のなかで誰かが不敵に笑ってる気さえするし、あれほど華やかだった祝宴が、冷たい暗雲に飲み込まれた今こそ、本当の勝負時だ。
アレクシスは静かに手袋をはめ直し、私に向き直る。
「まずは被害者への救済と、証拠の確保だ。セシリア、協力してくれるね?」
「ええ、お望みとあれば。…ただし無茶はやめてよ、私に投げっぱなしだけは勘弁」
「どうだろうね?」
くすりと笑った宰相に、私は苦笑いで返す。なにもかもが手探りで、もしかしたらこの夜は一睡もできないかもしれない。それでも、ここを乗り越えれば何かが見えてくると信じたい。
そう――大捕り物だろうが陰謀の解体ショーだろうが、私が関わったからには無駄にはさせない。王宮が揺れる夜はまだ終わりを告げないけれど、その揺れを逆手に取って、真実を引きずり出してやる。
いまはただ、困りながらも燃え上がるこの気持ちを胸に、ハーグリーヴズを支え、アレクシスと一歩を踏み出すところから始めよう。誰かさんたちには、思いきりざまぁみろと言わせてもらう覚悟だ。
さあ、この夜の続きは、闇の奥底で笑っている連中に見せつけてやる。踏ん張っているうちに夜明けは必ず訪れる――その瞬間まで、私が王宮の薬師として存分に騒いでみせましょう。




