煌めく祝祭と禁断の競宴4
会場が最高潮の熱気に包まれたまま、最後の試飲勝負が始まる――はずだった。その瞬間、突然咆哮のような啼き声が響いて全員の注意が引き裂かれる。見れば荒れ狂う男が、何やら風呂敷に包まれた木箱を振りかざしていた。人々の視線が一斉に集まるなか、男は声を震わせながら箱を開ける。あまりに生々しい、指の一部らしき欠片が宙にさらされ、貴婦人たちの悲鳴が花火みたいに炸裂した。
「俺の息子を返せ――っ!」
どよめきと悲鳴。ついさっきまで「甘い酒がどう」とか「蜂蜜の配合がどう」とか競っていた雰囲気が一瞬で凍りつく。しかも宮廷の衛兵たちがいくら止めに入ろうとしても、この男――ハーグリーヴズと名乗ったらしい――は必死に拳を振り回して訴えるから、場はもう収集がつかない。
その光景に呆然としていた私だけれど、医療従事者としては指の切断面が気になって仕方ない。どういう経緯でそこに至った? それが競宴とどう関係する? でも今は過去の経緯を聞いている暇なんてない。ハーグリーヴズはもう涙目で喉を切り裂くように怒鳴り散らしている。
「競宴が裏で誘拐の隠れ蓑になってるんだ! 王宮のヤツらは何か隠してるに違いない!」
こんな深刻な訴えを真っ向から否定しようとする衛兵もいるけれど、一方で驚くほど目を泳がせている貴族たちもいる。どうやら“何か”あることだけは確かなようで、恐怖と混乱がごちゃ混ぜの狂騒曲が一瞬にして鳴り響く。
その場に立ち尽くすフェルディナンドは、何を考えているのかまるで面白い研究対象を見つけたとでも言いたげな顔。いくら変わり者でも、この展開は予想外じゃない? 彼の隣には緊張で顔色の悪い係官たち。あちこちから「どうする?」「もうやめろ!」と怒号が飛ぶ。結果、競宴は強制中断。
ところが、その混乱のどさくさを見計らうように、あの仮面貴族レナードがひそかに会場を離れようと動く。私はその瞬間を見逃さなかったけど、それ以上に反応が早かったのがアレクシスだ。遠目にレナードの足元を見定めると、獲物を狙う猫みたいな低い姿勢で追跡の構え。「やるじゃない」と思わず唇の端がゆがむ。いつものクールな宰相モードかと思いきや、今回ばかりは手加減なさそう。
「セシリア、ここは任せる。そっちはおまえが収めろ」
「え、この修羅場を私に押し付けるの?」
正直言って帰りたい気持ちMAXだけど、下手に突き放してハーグリーヴズが噛み付いてきたら衛兵が血見るかもしれない。ああ、また厄介な役回りばっかり回ってくるのは、私に“なにかできる”って勝手に見込まれてるからなのか。本人には自覚ないけど、やれやれ。
ハーグリーヴズを少し離れた席に誘導し、深呼吸してもらう。目は充血し表情はトゲトゲだけど、語り口に混じる痛烈な悲しみは本物だとわかる。話を聞くうちに、彼の息子が王宮近くの倉庫で働いていたこと、この競宴の準備が始まったあたりから姿を消したことなどが判明。彼が持ち込んだ指が本当に息子のものか裏付けは何もないけれど、少なくとも脅迫まがいの状況らしい。
一方で、イザベルとマリアンヌは必死になって鎮圧を図る。だが、この二人の指示はあまりに辻褄が合わない部分が多く、「とりあえず見なかったことにしろ」みたいな空気を漂わせている。余計に場が混乱するだけで、さらに噂は加速。見たこともない書類が消えたとか、倉庫から何かが持ち出されたとか、とにかく荒唐無稽な情報までわんさか溢れだしている。
「おやおや、ここで収まる話でもなさそうだねぇ?」
低くつぶやくフェルディナンドの声に、ぞくりとする。興味本位の学者の視線でそこを覗き込むなっての――でも私も否定できない。何か大きな黒幕がいたとして、今はまだ大暴れの前兆みたいな雰囲気。王宮から失踪者が出ているなんて事態が表沙汰になったら、派閥争いはさらなる激化必至。想像するだけで胃が痛いけど、私も避けるわけにはいかないのよね。
結局、競宴はド派手な打ち上げ花火になるどころか、中途半端に幕引き。唖然とする貴族、憤る庶民、整列だけは得意そうな衛兵たち。ああもう、収拾がつかない。そこへひょっこり戻ってきたアレクシスがボソリと告げる。
「仮面貴族は取り逃がした。けど、あれ相当怪しい」
「でしょうね。こっちもハーグリーヴズの話が気になるし…とにかく、このままじゃ終われないわよ」
私の言葉にアレクシスは小さく微笑む。なんだかんだで息もピッタリじゃないかと思いはじめているのは私だけかしら。そんな私の脳裏には一瞬、病弱なエドワードの顔も浮かぶ。この大騒ぎが王太子の容体に悪影響を及ぼさなければいいのだけど…。
「まずは誘拐疑惑、それとこの競宴に絡む何者かの仕業を洗う。セシリア、おまえがいないと何も進みそうにないから覚悟しろ」
「どこまで私を便利屋扱いするのよ。…わかったわよ。やるしかないってことでしょ?」
毒づきながらも、私のやる気はじわじわ燃えあがっている。謎が膨らみ、私の薬箱が再び活躍しそうな気配。何度も自分の肩を回して、軽く深呼吸。とにかく行動を起こさなきゃ前に進めない。
ハーグリーヴズはあれから泣き崩れそうなまま、一縷の望みを私たちに託してくれた。連れ去られた息子を探し出し、指の真実を突き止める――まるで医術の専門外に首を突っ込まされているけれど、それでも尻込みしていられない。
ざわめきと燻る不審の火種を背負い、私はアレクシスと共にこの混沌に立ち向かう覚悟を決める。舞台はまだ幕を閉じない。失踪事件の真実も、レナードやフェルディナンドの闇も、すべて飲み込んだままあやふやなまま。それならこっちも徹底的に追いかけるしかない。――どうせなら、とびきり華麗な仕返しを見せてやるわ。
そう、想像以上に派手な裏側が待っている気がしてならないから。背後でマリアンヌの命令が飛び交う声を耳で聞きながら、私はさっそく次の一手を考える。ここからどんな“後味”が巻き起こるか――私とアレクシスが解き明かしてみせる。




