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煌めく祝祭と禁断の競宴2

王宮の祝宴は、一夜明けても余韻をたっぷりと引きずったまま、ざわついた空気を残している。大広間に集った貴族たちは皆、昨夜イザベルが宣言した“試飲・試食の競宴”に興味津々らしく、廊下ですれ違うたびに「あれは一体何なのかしら」「妙に浮かれてるけれど大丈夫か?」と噂話に花を咲かせていた。


 


そんな中、私――セシリア・ローズウッドは、朝早くから王宮の厨房で準備された食材や酒類を検分する仕事を任されている。有能だなんて大げさだけど、どうやら「毒見役+薬師」としてちょうどいいらしい。薄暗い庫内で鼻をくすぐる香りを一つひとつ確かめると、スパイスや蜂蜜、どれも濃厚すぎるほど贅沢なものばかり。


 


「いい? くれぐれも体調を崩すなよ、じゃなきゃ私が休暇を返上した意味がない」


 


いつの間にか背後に忍び寄っていたのはアレクシス・フォン・エバーハルトだ。涼しげな目をしつつ、私の手元の瓶をじっと睨んでいる。面倒見の良さを匂わせる口ぶりだが、その実、王宮の権力争いの火種を探るために私を監視しているわけでもある。私が何か怪しいものを見つけたら、即座に報告するよう求めてくるのだから。


 


「寝不足の顔で言われても、説得力ないですよ」


 


つい軽口を叩くと、アレクシスはふっと口端を吊り上げた。折り畳んだメモを取り出し、そっと私に見せる。


 


「実は気になる情報があってね。マリアンヌが昨夜、何やらこそこそと書面を受け取り、どこかへ急いで行ったらしい。イザベルからの密命でも握ってるとしたら、競宴に不穏な要素が仕込まれる可能性だってある」


 


言いながらアレクシスは目を伏せ、低く鼻を鳴らす。どうやら相当警戒しているらしい。私も内心では同感だけど、わざわざ口に出せば「心配しすぎ」と突っ込まれそうだ。


 


「フェルディナンド・シュタインヘル…学者と呼ばれていますが、本当にただの知識人なんでしょうか」


 


問いかけると、アレクシスは「さあね」と曖昧に肩をすくめる。フェルディナンドは穏やかな笑みを絶やさない老人だが、妙に昂揚した声で「興味深い実験だね」と言い放つクセがある。どうも普通の学者より探究心が行きすぎているように見えなくもない。 


 


――そんな懸念をひっそり胸にしまい込んだまま、私は厨房を出る。廊下を進むと、まるで待ち構えていたかのようにイザベルが現れた。黄金色のドレスがきらきら輝き、麗しい笑みはまさに側妃の品格そのもの。だが、その裏でどれだけ鋭い策を巡らせているかは分かったものではない。


 


「セシリア、競宴の準備が順調か確認しているのよ。あなた、王太子の病を手当てしているとか? 大変ねえ。…でも大丈夫、王宮全体が今回の行事を楽しみにしているんですもの。わたくしも全力で協力するわ」


 


滴るように甘い声。これが警戒心を煽らずにいられるだろうか。イザベルの背後で、まるで影のように控えているマリアンヌが唇を結んでいるのを見て、私の胸はさらにざわつく。きっと全力で“私たちの邪魔はしないでね”と釘を刺したいのだろう。


 


「ありがとうございます。おかげさまで、競宴のための試飲や試食に危険な品は見当たらない…今のところは」


 


ちょっぴり含みを持たせて返すと、イザベルはふわりと微笑む。私が気のせいかもしれないけれど、その目には確かな挑発めいた光が宿っていた。


 


そうして迎えた午後、王宮の廊下や庭園では競宴用のテーブルが次々と設置され、華やかな装飾が加えられていく。遠めに眺める貴族たちが、興奮ぎみに「高級ワインが振る舞われるらしいわ」「お菓子も各国から取り寄せられたとか」と囁きあっている。その熱気に飲まれかけるのを、私はぐっと踏みとどまる。


 


――あと少しで祝宴も一時仕舞いとなる頃、再びアレクシスと合流した。昨夜から続く不穏な気配は少しも消えていない。


 


「どうやら、準備は進んでいるが、やはり裏で誰かが動いているのは間違いなさそうだ」


 


「ええ。何も起こらないで終わるなんて、期待するほうが馬鹿かもしれませんね」


 


そう自嘲気味に言った私に、アレクシスは小さく笑みを漏らす。そして、灰色の瞳にほんのりと鋭い光を宿して言った。


 


「ならば、我々は先手を打とう。おまえの薬草知識と嗅覚にはいつも驚かされるし、俺もできる限り得た情報を使う。いいか?」


 


言い方こそ淡々としているが、そこには私への信頼というか、“期待”が含まれている。別に自惚れじゃない…はず。とはいえ、群雄割拠の宮廷で立ち回るには、少なからず私の技術が役立つというなら、これ以上やりがいのある状況もない。


 


「ええ。利用価値があるうちに、協力させてもらいます」


 


ほんのりと自分で言っていて照れくさいが、アレクシスは「利用? それはむしろ逆だろう」とか何とか言いながら、意味深な視線を投げてきた。仕方ない。自覚がなくとも“有能すぎる薬師”の噂は本人そっちのけで勝手に広まっているらしい。


 


こうして、競宴の裏に潜む陰謀を探るべく、私たちは覚悟を新たにする。マリアンヌの動き、フェルディナンドの真意、そしてイザベルの微笑に隠された野心。全てを見極めつつ、王太子エドワードの病や王のご機嫌取りなど、厄介な事柄は山ほど転がっている。なんだか身の危険が増していくばかりだが、ここで逃げ出しては話にならない。


 


――夕刻、王宮に再び夕べの鐘が鳴り響くころ、祝宴はひとまず幕を閉じた。でも次には、さらに大きな騒動を招くであろう競宴が待ち構えている。スパイスの香りも甘い誘惑も、あらゆる危険の隠れ蓑になるかもしれない。


 


胸の奥がチリチリと熱くなる。そうだ、混乱大歓迎。毒を盛るなら盛ってみろ、というくらいの勢いで、私はアレクシスと目配せを交わした。イザベルたちが広げる策略の数々をどれだけ暴けるのか、私の知らぬ間に“有能”と評判を高められた腕を使ってやる。


 


次なる嵐は、もう目と鼻の先。果たして誰がこのゲームの真なる勝者となるのか。噂だけが先行する華麗なる競宴の準備に飲み込まれつつも、私は心の奥で小さくほくそ笑んだ。アレクシスも私も、決してただの観客では終わらないつもりだから。

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