煌めく祝祭と禁断の競宴1
晴れの祝祭と言われるだけあって、王宮の大広間は豪奢な装飾ですっかり煌びやかだった。シャンデリアに照らされたテーブルには山盛りの菓子や果物が並び、イザベルやエドワードをはじめとする王家の面々が色とりどりの衣装をまとって優雅に集っている。
けれど、私――セシリア・ローズウッドの胸はどうにも落ち着かない。祝宴の席はあたかも楽園のような華やぎを見せているが、その足元でじわじわと黒い影がうごめいている気がしてならないのだ。
「…随分と怯えた顔だな、セシリア」
低い声でそう囁いたのは、若き宰相アレクシス・フォン・エバーハルト。彼は壁際で控えめに杯を傾けつつ、獲物を狙う鷹のように周囲を観察している。矛先はイザベルの取り巻きや、大広間の出入りをいちいち確認している侍女たち――ここには見えない火種がいくつも転がっているらしい。
「怯えてはいません。ただ、胃が痛いだけです」
「それを世間では怯えと言うんだろう。まあ、おまえさんの鋭さなら、何か妙な点を嗅ぎつけているだろうが」
有能だとか腕利きだとか、これまで五万回ほど言われたけれど、まったく自覚はない。顔に出しそうになるのをなんとか抑え、言い返す代わりにそっと溜め息をついた。
そこへ突然、イザベルが軽やかな足取りで壇上へ進む。王の側妃としてずいぶん余裕たっぷりに見えるが、その微笑の奥には死角を作らない鋭さを漂わせているのが厄介だ。
「皆さま、本日は私どもが用意した新たなお楽しみ――フェルディナンド・シュタインヘル殿による“試飲・試食の競宴”をご紹介いたしますわ」
その瞬間、大広間は「競宴?」という驚きの声に包まれた。甘美な料金を払えば高級酒を飲み比べ、菓子の風味を当てる勝ち抜き戦で、勝ち進めばフェルディナンド本人と対戦できる――なんて見世物らしい。貴族たちは好奇心いっぱいに身を乗り出し、フェルディナンドなる異国の学者が柔和な笑みを浮かべて挨拶している。
「おやおや、楽しそうだなぁ」
アレクシスの視線は楽しげというより冷ややかだ。いかにも“これがただの遊びなわけがない”とでも言いたそう。私も同感だ。イザベルの背後では侍女マリアンヌが、不自然なほど小声で指示を受け取っているのを、私は見逃さなかった。
(何を企んでいるんだろう…)
そのとき、お付きの兵に支えられてエドワード・ラングレー王太子が姿を現した。相変わらず顔色がさえないが、新しい催しには興味を示しているようだ。けれども、イザベル側とアレクシス側の動きがすれ違うたび、空気がぴりりと張りつめる。まるで小さな火花が散っているような、嫌な予感が脳裏をかすめる。
そして祝宴のクライマックス――王が音頭をとって乾杯が行われ、歓声が広がる。ひとまずは平和そのものの場面に見えるが、私の胸裏には不安がずっしり根を下ろしたままだ。合図のとおり、大広間の扉が閉じられ、やがて華燭の典もひとまずお開きへと進んでいく。
「正直、胸騒ぎしかしないわ。セシリア、注意して行動してくれ」
アレクシスはそう言うと、軽く私の肩を叩いた。その冷静な瞳には、“まだ何も終わっていない”という警戒がはっきり宿っている。私も頷き返した。イザベルが気ままに振る舞う裏で、マリアンヌが怪しげな指示書を受け取っていたのを覚えているのだから。
「明日から行われる競宴で、いったい何が起こるのでしょうね」
そう口にした途端、フェルディナンドが遠くからにこやかにこちらへ目礼してきた。あの好々爺然とした雰囲気に騙されるのは危険かもしれない。もしかすると何かとんでもない闇が潜んでいるのかも。
私の横で、エドワードがそっと肩をすくめて笑う。実際、彼の病は今も完治の見込みが立たないのだ。宮廷中が不安を抱える中、奇妙な競宴など誰が望んだのか、あまりにも不自然すぎる。
「セシリア、君まで暗い顔をしないで。…けれど、僕も気になるんだ。シュタインヘル殿が本当に、ただの学者で終わるのかどうか」
やはり王太子にも疑惑があるようだ。もっとも、イザベルが大々的に仕切る行事に、彼が堂々と口を挟むのは難しい。彼女は今や王の寵愛を一身に受ける側妃だ。外に見せる顔と内面では、絶対に違う顔を持っているはず…。
こうして王宮の祝祭は一見きらびやかに終わった。だが、扉が閉じられたとき、最後に吹き抜けた風は妙に冷たい。その冷気が私の背筋をなぶるように走っていく。
廊下に出ると、アレクシスが私を振り返った。
「このあと、まずは競宴周りの情報を洗う。おまえには頼みたいことが山ほどある。いいか?」
「もちろん。裏方作業ならお手のものですから」
からかうように聞かれても、さほど悪い気はしない。むしろ、有能と呼ばれるほど期待されるのなら、その期待へ応えるまで。今さら自覚なんてできないけど、この複雑怪奇な宮廷に染まらない程度に立ち回っていくつもりだ。
(きっと、これからが本当の試練。陰謀も恋愛トラブルもぜーんぶまとめて、容赦なく暴いてやる)
そう胸に決めると、アレクシスがわずかに口角を上げる。彼をして嘲笑すらひねり出せないほどの騒ぎを、私たちはこれから目撃するのだろう。ゾクゾクするような嫌な期待で心がしびれそうだ。素直に言うと、ワクワクとヒヤヒヤが入り混じる複雑な感じ。
そんな私たちを尻目に、イザベルは扉の向こうで艶然と微笑む。その足元に伏せるマリアンヌの仕草が、いやに不自然だったのを思い出す。あれこそ何より危険なサインかもしれない。
祝宴は終わっても、舞台裏の腹の探り合いはまだ始まったばかり。
(ここで倒れるわけにはいかない。徹底的にやってみせるわ)
王宮の廊下を一歩ずつ進むたび、まるで底なしの闇へ足を踏み入れるような感覚が増していく。とはいえ、だからこそテンションが上がるのも事実。どこからでもかかってきなさい、である。
空にはもう月が昇り、冷たい夜風が石造りの壁を吹き抜ける。私は一度振り返り、古いステンドグラスに映った自分の姿を見つめた。そこにあるのはちょっとだけ冴えた顔をした平民上がりの薬師――でも周囲には“有能すぎる宮廷薬師”なんて変な呼ばれ方をされているらしい。
自覚はない。けれど、今夜はその評判を存分に使わせてもらおう。どうせ散らばる謀ごとを片っ端から暴くには、これくらい図々しくなってもいいのかもしれない。
(イザベル、フェルディナンド、それから……)
浮かんでくる名前の波に、私はそっと唇をつり上げる。次なる混乱を怖がる暇なんてない。欲しいのは解毒剤より強い“痛快”と“ざまぁ”の一撃だけだ。さあ、競宴が始まる前に仕掛けられる罠がどんなものか、存分に見せてもらおうじゃないか――そんな決意とともに、私の長い祝祭の一日が静かに幕を閉じる。




