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【第7話】 異性のトイレに入ると建造物侵入罪


 窓からなーちゃんを見かけた後は、女子トイレをくまなく調べた。

 しかしいくら探しても、靴を見つけ出すことはできなかった。


「となると、残りはここだけか……」


 このフロアで未だに捜索できていない場所は、ここしかない。


 男子トイレだ。



 女子校であるこの学校のトイレは、基本女子トイレしかない。


 だが男性教員用に、職員室がある中央校舎の1階と2階には、男子トイレが設置されている。

 1階のトイレは職員室のすぐ側にあるため、男性教員は大抵の場合そちらを使用する。

 だからこの2階にある男子トイレはほとんど使われることは無く、人が来ることは滅多に無い。


 つまりこの男子トイレは、靴を隠すにはこれ以上無いくらい、うってつけの場所ということになる。

 探さないという選択肢は無いだろう。


「……」


 男子トイレの前で足が止まる。

 見れば、足が少し震えていた。


 入るのか? 入ってしまうのか?

 心の中の自分がそう問いかける。


 もし万が一、男子トイレに入る瞬間を誰かに見られたら大問題だ。


 ただでさえ教室では肩身の狭い思いをしているというのに、男子トイレに入っていたなんて噂が立ったら、もう生きてはいけない。

 高校生活がスタートしたと同時に、不登校生活がスタートしてしまう。


 けれど、ここを探さないわけにもいかない。

 現状で靴が隠されている可能性が一番高い場所が、ここなのだから。


 そして、もし仮にこの男子トイレに靴が隠されていたのなら、あの馬酔木(あせび)さんも男子トイレに入った、ということになる。

 あの馬酔木さんが、だ。


 これから先、私が馬酔木さんにいじめられることがあったとしても、

『まあ馬酔木さんも隠れて男子トイレに入ってたしなぁ』

 と心で呟くことによって、私のメンタルを保つ材料となる可能性がある。


 これは私にとって、とても大きな意味のある精神安定剤となることだろう。


 それに現在このフロアには、施錠された特別教室しかない。

 となると、今ここに用事がある人はいないはず。


 そう。

 今、男子トイレに入っても、誰かに見られる可能性は限りなく低い。


 行くしかないだろう。

 こんなに入るためのお膳立てをされておいて、なぜ入らないという選択を取ることができるのだろうか。


 今頃、私のいじめに無関係な桃里さんが、私の靴を探してくれているんだ。

 にも関わらず、私が手を抜くなんて有り得ない。

 それは、男子トイレに入るところを見られること以上に、恥ずべきことなのではないだろうか。


 行こう。

 さっさと入って確認してすぐ出れば、それで終わる。簡単なことじゃないか。


 高鳴る心臓の鼓動を抑え、ゆっくりと深呼吸をする。


 たっぷりと十秒、息を整えた。

 もう怖いものなんて無い。

 あるのは、覚悟を決めた心だけだ。



 そして私は、男子トイレに向け、勇気ある一歩を踏み出し――。


「え、恵梨香ちゃん、何してるの……?」

「えりちゃん……」


 瞬間、声を掛けられた。


 聞き覚えのある、二人の声だ。


 そして今、絶対に聞きたくなかった声でもある。

 あまりに唐突だったから、私はまるで石になった様に動けなくなってしまった。


「………………」


 きっと右を向けば、桃里さんとなーちゃんが立っている。


 困惑の表情で、こちらを見ているはず。


 一番見られたくなかった人に、一番見られたくない姿を見られてしまった。

 隠れて男子トイレに入る瞬間を、見られてしまったんだ。


(ふっ、終わった)


 心の中で乾いた笑いが出た。


 これ以上、失うものなんかない。

 もう何も怖くない。


 大丈夫。

 私の靴は、私が必ず見つけ出すから。


 もう一歩、力強く踏み出し。


 男子トイレへと入っていく――。


「えりちゃん!?」

「恵梨香ちゃん待って!?」




 蕾ヶ丘学園の放課後。

 中央校舎二階にて。


 男子トイレに入るか否かの攻防戦が始まったことを知るのは、この世でたった三人しかいなかった。


***


 攻防戦の決着は十秒と経たずして決まった。


「奈津菜ちゃんが恵梨香ちゃんを探してたから、呼びに行ったら、堂々と男子トイレに入ろうとしてたんだもん。びっくりしたよ」

「……して……殺、して……」


 男子トイレに入ろうとした私は、入る直前、なーちゃんと桃里さんにそれはもうあっけなく捕まった。

 そして抵抗虚しく、少し離れた場所まで連行されてしまった。


 廊下の突き当たりの、なーちゃんが窓から見えた場所だ。

 そこで所謂、尋問のようなものを受けている最中である。


「えりちゃん、悩み事があるなら何でも私に相談してね。絶対力になってあげるから」


 おっと。なーちゃんは何か勘違いをしているな。

 もしかして私が、自分の意思で男子トイレに入ろうとした変態だと思っていないか?


「違うのなーちゃん。これには深い訳があって」

「大丈夫。わかってるよ。ごめんね、今まで気付いてあげられなくって」


 ダメだ。

 私が思い詰めてとうとう奇行に走ったというストーリーが、なーちゃんの頭の中で完成されている。


「いやいや私はただ男子トイレの中を探そうとしただけで」

「えりちゃん……男子トイレを探したって、えりちゃんの追い求めているものは絶対に無いの。残酷な現実かもしれないけど、これ以上男子トイレに入っても――」

「だからそういうことじゃなくて! 靴を隠されたから、男子トイレの中を探そうとしただけ!」


 これ以上野放しにすると、なーちゃんの妄想が暴走しかねないので、半ば強引に話を遮る。

 なーちゃんはたまに妄想が行き過ぎてしまう節があるから、こうやって無理矢理現実に引き戻すことが重要だったりする。


「えっ……あ、そうだったの……?」

「そうだよ! 桃里さんはそれを手伝ってくれてるの!」


 なーちゃんは目を丸くし、私と桃里さんを交互に見る。


 この様子じゃ、本当に心の底から私が奇行に走ったと思っていたようだ。

 私、奇行に走ったことなんて一度も無いのにな……多分。


「ごめん、てっきりえりちゃんがおかしな方向に行っちゃったのかと思っちゃった」

「ううん。心配してくれてありがとう」


 おかしな方向に行っているのはなーちゃんだよ。


 そんな言葉が漏れそうになったが、ギリギリで飲み込むことができた。


「あ、そういえばなーちゃんはどうしてここに? 生徒会の仕事終わったの?」

「うん。だからえりちゃんと一緒に帰ろうと思って、探してたら桃里さんと出会ったって感じだよ」


 中央校舎に向かうのを見かけた時は、職員室に用事があるのかと思ったけど、私を探しに来ていたのか。


 それなら一緒に帰りたい気持ちは山々なのだが、如何せん私は靴を未だに見つけられていない。

 帰れるのは、見つけられた後になってしまうだろう。


「じゃあ一緒に帰ろうって言いたいんだけど、帰るための靴が無いから、まだ帰れないんだよね……」


 そう呟くと、桃里さんが待ってましたと言わんばかりにニヤニヤした顔で前に出てくる。


「ど、どうしたんですか」

「あはっ、それがなんと……じゃじゃーん! 靴、見つけちゃいました!」


 先程から後ろに回していた手を元気よく上に掲げると、その先には見覚えのある靴があった。


「あ、私の靴! 見つけられたんですね! ありがとうございます!」

「うん! 見つかって良かったよ!」


 私の靴は、本当に中央校舎に隠されていた。


 つまり今回靴を隠したのは、やはり馬酔木さんだったようだ。


 おそらくだが、今まで物を隠していたのも、馬酔木さんがやっていたのではないだろうか。

 馬酔木さんが主犯なのはぶっちゃけわかっていたことだけど、隠すのは他のクラスメイトとかにやらせているのかと思っていた。


「本当にありがとうございます。ところで、どこで靴を見つけたんですか?」


 見つけてくれた桃里さんに深々とお礼をしつつ、靴があった場所を尋ねた。


 私の予想が正しければきっと、1階の男子トイレに――。


「掃除用具入れの中にあったよ!」

「えっ、男子トイレじゃないんだ……」

「なんでそんなに残念そうなの」


 男子トイレに隠すの、名推理だと思ったのに……。

 これから馬酔木さんに何か言われても、男子トイレ侵入で受け流せると思ったのに……。


 残念そうにしていたら、桃里さんから冷ややかな目で見られていたのは、私の気の所為だろう。


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