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【第6話】 お腹が鳴るのは健康のサイン


「よーし張り切って探していくよー!」


 どこか元気の良さそうな桃里さんが大股でズンズンと廊下を進んで行き、私はその後ろについて行く。


 前を歩く桃里さんの足取りは、どこか目的地があるかのように軽かった。


「恵梨香ちゃんは今まで靴とかを隠された時、どうやって見つけたの? 校舎広いし見つけるの大変だったでしょ」


 桃里さんが振り返らずにそう聞いてきたので、軽く考えてみる。


 すると頭の中で、はた、と思うことがあった。

 今まで自分の物を隠されたことは何回もある。

 しかし、そのほとんどを不思議と見つけることができていたな、と。


「まあ、意外とわかりやすい場所に置いてあったり、なーちゃんに手伝ってもらったりしたので、何とかなりました。何ならなーちゃんに見つけてもらうことの方が多かったですけど」


 その言葉を聞き、桃里さんは訝しげに首を傾げる。


「わかりやすい場所? わざわざ隠したのに見つけやすくするのって、変じゃない?」

「い、言われてみれば確かに……?」


 考えてみれば、これまでに隠されていた場所は、自分の教室の教卓だったり、廊下の端っこ。

 落し物ボックスの中に入っていたこともあった。


 嫌がらせのつもりで物を隠すのなら、もっと他に相応しい隠し場所がありそうなのに。

 毎回見つけるまでそれなりに時間はかかったけど、それでも結局は見つけ出すことはできた。


 本当に見つからないように隠されたら、きっと見つけ出すことは困難だろう。


「うーん……ま、考えても仕方ないか」


 そう言って、また桃里さんはズンズンと歩き出す。


 思ったのだが、通り過ぎている教室とかは探さなくてもいいのだろうか。

 ここら辺に靴が隠されているかもしれない、とは考えていないのかな。


「すみません、これってどこに向かってるんですか?」

「靴が隠されてる場所」

「……え?」


 靴が隠されてる場所?

 どういうことだ?


「ここら辺には、靴は隠されてないってことですか?」

「うん。多分だけどね」


 え、な、なんで?

 今から二人で一緒に探そう、って話だったのに、桃里さんは靴の隠し場所がもう分かっているの?


 今日入学したばかりの桃里さんは、靴の隠し場所はおろか、校舎の全体像すら把握できていないはず。

 いくら私が案内したからって、全てを覚えているとは思えないし、そんな詳しく説明したつもりもない。


「え、ど、どうして隠し場所がわかるんですか?」

「少し考えたら分かることだよ」

「ええ……?」


 いやいや、さっぱりわからないけど。

 少し考えただけで隠し場所がわかるのなら、苦労はしないよ。


「恵梨香ちゃんにも気付けると思うよ。靴の隠し場所」

「ええ……」


 私にも気付けるって、何を言っているんだ。できる訳がないよ。


 でもまあ、桃里さんがそう言うなら少しだけ考えてみるか……。


 靴の隠し場所……隠し場所……。


「………いや、全然わからないです」


 うん、分かる訳がなかった。


 逆に、なんで桃里さんはわかるの?

 元気っ子だからそんなキャラじゃないと勝手に思っていたけど、もしかして桃里さんって頭が良かったりするのかな。


「ヒント、欲しい?」


 お手上げ状態の私を見かねた桃里さんが、そう提案して来た。


「多分ヒント貰っても分からないと思うので、正解をお願いします」

「あはっ、じゃあ答え教えちゃうね!」


 前を歩いていた桃里さんが、ゆっくりとこちらに振り向く。


 薄桃色の綺麗な髪が揺れ、その隙間から小悪魔的な笑みが一瞬見えた。


「それはね」

「……それは?」


 ごくり、と固唾を呑みこむ音が喉から聞こえる。


 そして艶やかな口から、思いもよらなかった言葉が放たれた。



「中央校舎」



 何かが、嵌まる音がした。


***


「学校案内をしている時、中央校舎から出てくる馬酔木さんを見たでしょ? その時に恵梨香ちゃんの靴を隠したんじゃないかな」


 私達は今、靴があると思われる中央校舎に向かっている。

 その途中で桃里さんに、なぜ中央校舎に靴が隠されたと考えているのかを説明してもらっていた。


「それだけじゃ、馬酔木(あせび)さんが靴を隠した犯人とは言えなくないですか? 何か別の用事があったのかもしれないですよ」


 桃里さんの言い分は、少し安直な気がした。


 中央校舎には職員室、食堂、特別教室がいくつかある。

 馬酔木さんはそのどれかに用事があったのかもしれない。


 ただ中央校舎にいただけで靴隠しの犯人にされてしまっては、その人もたまったものじゃないだろう。


「それじゃあ、馬酔木さんを見かけた時の時間って、何時くらいだったかな?」

「12時半くらい……でした」

「ホームルームが終わって一時間以上経つのに、馬酔木さんはあんな所で何をしていたのかな?」

「何って……忘れ物があったとか?」


 何だか私が馬酔木さんを庇うような発言をしているみたいだけど、断じてそんなつもりは無い。

 これは多分、私が納得できるように、桃里さんに会話を誘導されている。


「一般生徒は今日、自分の教室と講堂しか出入りしてないはずだよね。中央校舎に忘れ物は無いんじゃないかなあ。食堂も特別教室も、今日は開いてなかったしね」


 学校案内の時に、中央校舎で開いていたのは職員室だけだと確認している。


「じゃあ職員室に何か用事があったんじゃないですかね。提出物を忘れてたとか」

「あはっ、そう言うと思ってね」


 瞬間、桃里さんは待ってましたと言わんばかりの表情を見せた。

 先程も見た、小悪魔的な笑顔だ。


「実はさっき、職員室に聞きに行ったんだ! だから職員室に馬酔木さんが行ってないってことは、確認済みだよ!」


 …………え?

 もう既に職員室に聞きに行ったって、そう言ったの?


 ちょっと待って。

 いつの間に、そんなこと聞いていたの?


 桃里さんはずっと私と一緒にいたから、聞きに行く時間なんて無かったはずだけど。

 職員室に行って確認するなんて、できるはずがない。


「え、い、いつ職員室に行ったんですか?」

「中央校舎で私、トイレに行ったでしょ? その時だよ」


 ……は?

 桃里さんがトイレに行ったのは、中央校舎二階を案内している時だ。

 その時から馬酔木さんのことを疑っていた?


 いやいや。

 それは絶対に有り得ない。


 だってあの時はまだ、まさか靴が隠されていたなんて、想像すらしていなかったんだから。

 あの時にもう職員室に聞きに行っていたなんて、いくら何でもおかしすぎる。


「な、何でその時、職員室に聞きに行ったんですか? 私の靴が隠されていることを、私達はまだ知らなかったのに」


 私がそう聞くと、桃里さんはにこやかな顔をして答えた。


「あんな時間に馬酔木さんが中央校舎から出て来たことと、昇降口に向かわずにそのまま帰って行ったこと。恵梨香ちゃんが馬酔木さんに異様に怯えていたこと。馬酔木さんが恵梨香ちゃんを気にかけていたこと。全部怪しかったから、不思議に思って聞きに行っちゃった!」

「な…………」


 絶句した。

 言葉が出なかった。


 それっぽっちの判断材料で、何がどうなってその結論に辿り着くのか、さっぱり分からない。

 そんな行き過ぎた妄想、まともな人間なら馬鹿げていると一蹴するだろう。想像力が豊か過ぎる、と嘲笑するはずだ。


 だって、意味が分からない。おかしいにも程がある。

 仮にもしその結論に思い至ったにしても、わざわざ私の目を誤魔化してまで直接職員室へ確認しに行く人間が、この世にいるのか?

 未来視とか、タイムループとか、そういう超常的な力でも使っているのではないかと疑ってしまうほど、理解ができない。


 桃里さんの思考回路が、全くもって読めない。


「な、何者なんですか、桃里さん……」


 何を言ったらいいのか分からなくなった私から出てきたのは、そんな言葉だった。

 それに桃里さんは満面の笑みで答える。


「普通の女子高生だよ」


 絶対に普通なんかじゃない。

 あの某高校生探偵でもとやかく、と言った感じだ。


 本当に一体何者なんだ、この人は。


「でも一つだけ気になることがあって……。仮に馬酔木さんがあの時に靴を隠していたとして、何で馬酔木さんは、まだ恵梨香ちゃんが学校に残っていることを知っていたのかな?」

「……どういうことですか?」


 気になることがある、と前置きした桃里さんは、私に疑問を共有して来た。

 桃里さんにわからなくて私がわかることなんてある訳がない、と今の私は思ってしまうけど、一応聞いておこう。


「ホームルームから一時間以上も経っていたら、普通は皆帰っちゃってるでしょ? だからもし靴を隠そうとしても、あんな時間にやろうとしたら、そもそも恵梨香ちゃんが帰っちゃってて、靴が無いかもしれないよね。なのにわざわざあんな時間に靴を隠すのは、おかしくない?」


 ホームルームが終わったのは、確か11時半の少し前くらい。

 私達が馬酔木さんを見かけたのは、12時半くらい。


 馬酔木さんはわざわざ一時間以上も待ってから、靴を隠しに来た、と見てとれるということか。

 その間に私が帰ったら、一時間も待った意味が無くなってしまう。


「帰ろうとしたらまだ私の靴があったから、丁度良いやって思って嫌がらせのために隠したのでは? 他に人もいないから、堂々と隠しに行けますし」

「その可能性もあるんだけど、どうも何か引っかかるんだよねー。馬酔木さんは放課後に一時間以上、どこで何をやっていたのか、とか」


 そう言われて気付く。

 確かに、馬酔木さんは一時間以上も、学校で何をやっていたのだろうか。


 今日は部活も委員会も無いし、図書室も自習室も開いていない。

 他のクラスメイトと話し込んでいた?


 いや、学校案内の時に教室には誰もいなかった。

 そもそも学校案内中に、中央校舎前で見かけた時以外は馬酔木さんを見ていない。


 じゃあ馬酔木さんは、一体どこで何をしていたのか……。


「まあとりあえず、こんなに怪しい馬酔木さんが出てきた中央校舎に靴が隠されているに違いないってことで、中央校舎へレッツゴー!」


 考えるのを諦めたように桃里さんは声音を変え、またテンション高めに歩き出した。




 馬酔木さんを目撃した、中央校舎の玄関口近くの階段下に着いた所で、桃里さんが口を開いた。


「ま、中央校舎にあるかもってことは分かってるけど、それ以外は分かってないんだよね」


 『馬酔木さんが中央校舎から出て来た』以上の情報が無いため、これ以上の場所の絞り込みはできそうにない。

 ここからは、この広い中央校舎を端から虱潰しに探して行くこととなる。


「中央校舎にあるって分かっただけでも、かなり有難いですよ。これまでとは比べ物にならないくらい、楽に探せます」


 これまでは学校中を探していたんだ。

 それと比べれば、この中央校舎内くらい屁でもない。


「そうは言っても中央校舎も狭くないし、二人で手分けして探そっか。そろそろお腹減ってきたし、早く見つけて帰りたいでしょ?」


『ぐ〜〜〜』


 そんなことを言われた瞬間、私の腹が無情にも声を荒らげた。


 まるで桃里さんに返事をしたように。


「「………………」」


 ……お腹鳴ったの、聞かれてないよね?


 うん。桃里さんの顔を見る限りは大丈夫そう。

 私のことは気にせずに時計を確認しているし、バレてないはず。きっと。


 危なかった。

 もしお腹の音を聞かれていたら、恥ずかしさのあまり裸足で帰るところだった。


「ま、まあ別に私はお腹減ってないですけど、桃里さんも早く帰りたいですよね。そうしましょ――」


『ぐぐぅ〜〜〜〜〜』


 またもや私のお腹が鳴った。

 しかもさっきよりデカい音で。


「「………………」」


「じゃあここからは別行動だね。私は一階を探すから、恵梨香ちゃんは二階を探してきてね」

「了解です」


 ……冷や汗一生分出た。




 桃里さんと一旦別れ、階段を上る。


 中央校舎二階。

 これまでに、このフロアに隠されたことは、確か1回ある。

 その時は廊下の突き当たりにある、柱の足元に置いてあった。


 だが今回も同じような場所にあるとは限らない。

 端から端まで、くまなく探さなければ。


「どこにあるかな……」


 早速私は、隠された靴を探し始める。


 と言っても、このフロアにある教室は今日全て施錠されているから、探す場所は廊下かトイレくらいしかない。


 廊下をスタスタと歩きながら、視線を移動させて探す。

 廊下を探す時は見る場所が少ないから、すぐに探し終えられる。

 そのお陰かあっという間に、廊下の突き当たりに着いてしまった。


 今回の隠し場所は廊下ではなさそうだ。



 ふと窓の外を見てみると、中央校舎と高等部校舎を繋ぐ一階渡り廊下で、見覚えのある人物が歩いていた。


 遠目からでも美人と判別できる程の、黄金比で作られた美貌。

 歩き方までもが美しく、見るもの全ての視線を奪ってしまうような、自慢の幼馴染。

 なーちゃんがいた。


 窓から声を掛けようかと思ったけど、生徒会の仕事中だろうし止めておこう。


 というか、入学初日なのにこんな時間まで働かせるのか。

 生徒会、スパルタ過ぎない? あんまりなーちゃんを働かせたら、容赦しないぞ。具体的には、なーちゃんのお父様に言いつける。どうだ参ったか。


 それにしても、なーちゃんは頑張っていて偉いな。あとどのくらいで終わるかな。

 もうすぐ終わりそうなら、一緒に帰れるだろうか。


 そしたらなーちゃんと桃里さんと3人で帰れるから、2人の仲を縮められるチャンスかもしれない。

 なーちゃんと桃里さんが仲良くなってくれたら、私の高校生活は楽園になると言っても過言ではない。


 美人でお淑やかな、なーちゃん。

 可愛くて元気っ子な、桃里さん。


 この2人に挟まれる高校生活……間違いない。ここがエデンだ。



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