【第4話】 麺系のお弁当は麺が一つに固まるから気を付けよう
連絡先を交換した後、中庭の説明を再開した。
説明と言っても、あそこの入り口を使うと近道になるとか、あそこの石畳はよく濡れていて滑り易くて危ないとか、そんな話をしただけだが。
そんな簡単な説明もすぐに終わり、次に案内する中央校舎へと向かう。
残す場所も中央校舎のみとなり、その中央校舎にある施設も食堂、職員室、いくつかの特別教室くらいしかないから、すぐに案内し終えてしまうだろう。
この学校案内にも終わりが見えて来て、終わることへの名残惜しさが少し出てきた。
最初は不安しか無かったけど、桃里さんが優しくて明るいから、久しぶりに話していて楽しいと感じることができた。案内を引き受けて、本当に良かった。
中庭と中央校舎は隣接しているため、すぐに中央校舎の正面玄関の近くに着く。
そのまま正面玄関から入ろうと足を進めようとした瞬間、正面玄関の奥から人影が出て来ようとしているのが見えた。
目を凝らしてよく見てみる。
すると、シルエットの中身が段々と浮かび上がり、誰なのかが判明した。
馬酔木さんだ。
中等部の頃から私をいじめ続ける、いじめっ子の馬酔木さん。
その姿が確認できた瞬間、頭の中に警鐘が鳴り響く。
そして他のことを思考するよりも先に、近くの茂みに突っ込んだ。
バサッと音を立てて頭から茂みに入り、桃里さんの方へ向き直る。
見ると、私の一見理解不能な行動に、桃里さんが困惑していた。
「ええっ? 急にどうしたの?」
「あ、これは、えーっとその……」
まずい。桃里さんにはなんて説明しよう。
条件反射で身体が勝手に隠れたから、言い訳を考えていなかった。
いじめっ子が見えたので咄嗟に隠れました、なんて言えない。
まだ桃里さんには、私がいじめられていることを知られたくない。
せっかく仲良くなれたんだ。
ここでいじめられることがバレたら、どうなるか分からない。
例えいつかバレて遠ざかられようと、今日だけはまだ仲良くして欲しい。
だから、上手く誤魔化さないと。
「お、お腹がいきなり痛くなっちゃって、茂みに逃げただけで……」
「いま捻り出してるってこと!?」
「違うよ!?」
変な誤解をされそうになったから、思わず大きな声で否定してしまった。
そしてその声は、思っていたよりも響いていたようで。
「あら?」
「あ、やば」
正面玄関から出てきたばかりの馬酔木さんに、気付かれてしまった。
いやでも、私がここにいるということはバレていないはず。茂みの中に隠れているし、一言の声だけで、私だと分かる訳がない。
にも関わらず、馬酔木さんはまっすぐ私が隠れている茂みの近くにやって来た。
そしてキョロキョロと辺りを見渡しながら、何かを探す素振りをしている。
その後、茂みの外にいる桃里さんに話し掛けた。
「あなたは……桃里さん、よね。編入生の」
「あ、うん! そっちは馬酔木さんだよね!」
馬酔木さんに話し掛けられた桃里さんは明るく元気に返事をした。
相変わらずコミュ力が高い。
「そうよ。よく覚えているわね」
「記憶力には自信があるからね!」
「そうなの。それはそうと、ここら辺から花咲さんの声がしなかったかしら?」
え!? ヤバいバレてる!?
何で私の声って分かったの!?
ど、どどどどうしよう!
ここに隠れていても少し探されたら見つかるか!?
じゃあ移動した方がいいよね!? でも音を立てたら余計に……。
「え? そうかな? ここら辺には私しかいないと思うけど」
桃里様!
貴方様って御神は!
「そう……気の所為だったかしら。失礼したわね」
桃里神は口裏を合わせてもいないのに、完璧なフォローをしてくれた。
馬酔木さんは、桃里さん以外に誰もいないと分かると、足早に校門の方へと去って行った。
た、助かった。
とりあえず、アドリブで話を合わせてくれた桃里さんに感謝しないと。
「何も言っていないのに隠し通してくれて、ありがとうございます。本当に助かりました」
「全然大丈夫だよ! 馬酔木さん、なんかすごい形相だったしね。気にしないで!」
すごい形相?
茂み越しだからよく見えなかったけど、どうしたんだろう。
まあ、気にしても仕方ないか。
時間も勿体ないし、さっさと学校案内を再開しよう。
「よいしょっと」
身体を起こし、茂みから出る。
すると、桃里さんの強い視線を感じた。私のことをまじまじと見つめている。
「じーーーーー……」
やだ。そんな熱い視線を向けられたら照れちゃうよ。
私の顔を見ても面白いことなんて無いのに。
……いや実際、面白い顔をしているのかもな、私。いじめられるくらいだし。
「あの……どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
そう言って、桃里さんは私の肩をパッと払ってくれた。
「肩に葉っぱが付いてただけ!」
「あ、ありがとうございます」
なんだ、そんなことか。ちょっとドキっとしちゃった。
***
馬酔木さんとの遭遇イベントがあった後、私達は学校案内を再開した。
今は中央校舎の一階を案内している。
「中央校舎は、一階に職員室と食堂。二階に特別教室が数個あります」
「おー食堂! 私の中学には無かったから、なんかワクワクする!」
桃里さんはワクワクを体現したかのように、スキップで食堂の前まで進む。
すると突然、片足が直角に上がったまま、ピタリと桃里さんの体が止まった。
「どうしたんですか?」
「閉まってる……」
「そりゃそうでしょう」
今日は入学式だから午前授業で、放課後の部活動もない。
使う人がいないから、今日は食堂が開いていないのだ。
食堂以外は案内する場所が特に無く、一階の学校案内はすぐ終わったので、項垂れた桃里さんを連れて二階に上がる。
ここにはいくつもの特別教室が連なっているが、今日は授業で使わないため一階と同じく全て施錠されていた。
「全部閉まってる……」
「とりあえず、どこが何の教室かは説明しちゃいますね」
そうして明らかにテンションの下がった桃里さんに説明をしていると、桃里さんが唐突に手を挙げた。
「お花摘んでくる……」
「ああ、はい。行ってらっしゃい」
「うん」
そう言い残し、トボトボと歩いて行く。
「あれ?」
桃里さんは、トイレの手前にある階段を下って行った。
すぐ先にトイレがあったのに。
もしかすると、下を向いていたから気が付かなかったのかもしれない。
まあ、一階を説明している時にトイレの場所を説明したから、そっちに行っているのかも。
階段を下りてすぐの場所にあるし、わざわざ追いかけて教える必要もないか。
しばらく待っていると、元気を取り戻した桃里さんが帰って来た。
ブルーな気持ちも一緒に出してきたのかな。
「お待たせ! 待った?」
「……? そんなに待ってないですよ?」
「もう。そこは『ううん、今来たとこ』って言わないと!」
「何ですかそれ」
そんなやり取りをしてから学校案内を再開したが、中央校舎の案内はすぐに終わってしまった。ほとんど施錠されていたからね。
案内が全て終わったので、お喋りをしながら高等部校舎の昇降口へと向かう。
「こんな時間まで案内してくれて、本当にありがとう!」
「いえいえ、こちらこそ連絡先を交換してくれて、ありがとうございました」
「そんなの何百個でも交換してあげるよ!」
「え、そんなにたくさん持ってるんですか?」
「……恵梨香ちゃんが将来詐欺に遭わないか心配だよ」
話しながら、校舎に飾ってある時計を見る。
時計の針は12時45分を示していた。午前中に学校案内を始めたことを考えると、思っていたより時間が掛かってしまったことが分かる。
時計を横目で見ながら歩いていると、桃里さんが「あ、そうだ」と言って私の方に体を向けた。
「そういえば、明日から昼食有りだよね?」
「あ、はい。そうですね」
明日からはもう普通に通常授業が始まるので、今日とは違い学校は午後までちゃんとある。もう少しの間、特別時間割で午前授業にしてもいいのに、と思う。
「なら明日一緒にお昼ご飯食べようよ!」
「え、いいんですか?」
「もちろん!」
なんと、桃里さんから明日以降も交友のお誘いが来た。
やだ、凄く嬉しい。
もしかして、これってもう友達って言ってもいいのでは!?
私にもついに、なーちゃん以外の友達ができた!
高等部入学初日から新しい友達ができるなんて、今朝までは夢物語だったのに!
「よ、よろしくお願いします」
あくまで喜びを表に出さないように、許諾の意思を示す。
だって、まだ昼食の約束を取り付けただけだから。
すると桃里さんは、やったーと言いながら手を叩いて喜んでくれた。
そんなに嬉しそうにされると、くすぐったく思ってしまう。
今の私、大丈夫だろうか。口角吊り上がってないかな。
自分の頬が吊り上がってないか揉んで確かめていると、桃里さんは更に話しかけてきた。
「恵梨香ちゃんってお弁当? それともいつも食堂で食べてる?」
「毎日お弁当生活です」
「おーよかった! 私もいつもお弁当作ってるから、一緒だね!」
「え、ま、毎日作ってるんですか。すごいですね」
「別に普通だよー!」
桃里さんはそう言っているが、それが簡単ではないことは、毎日お弁当を作って貰っている私にだって分かる。
絶対に大変だ。
「恵梨香ちゃんの好きなお弁当のおかずって何?」
桃里さんのお喋りは止まることを知らない。
さっきからずっと話し続けている。
「えーっと、無難ですけど唐揚げですかね。冷凍ですけど」
「おおーやっぱりいいよね、唐揚げ! 私も大好き!」
そんな話をしているうちに昇降口に着いた。
放課後になってすぐは生徒で賑わうこの場所も、今は私達以外に人ひとり見当たらない。
「桃里さんは何が好きなんですか?」
「んー、私は自分で作ってるから、お弁当は自分の好きなおかずばっかりだけど……。強いて言うなら冷やし中華かな!」
「え? お弁当の話ですよね?」
「うん! 好きなお弁当!」
ん? 聞き間違いかな?
「冷やし中華って言いました?」
「冷やし中華!」
聞き間違いじゃなったらしい。
桃里さんはお弁当に、冷やし中華を自分で作って持って来ると。
「私の家では出たことないですね、冷やし中華」
そう言いながら、自分の靴箱を探す。
そんな間にも、桃里さんは一足先に靴を履き替え終わっていた。早いな。
「ええー! そうなんだ、珍しいね!」
「桃里さんの方が少数派だと思うのですが……」
良い感じに会話を弾ませることができている。
このまま行けば、桃里さんと一緒に下校することができるかもしれない。
密かな夢だった、なーちゃん以外のクラスメイトとの下校。
せっかく高校生になったんだし、帰りに買い食いとかもしてみたい。
そんな期待を胸に膨らませながら、靴箱を開けた。
「…………」
しかしその瞬間、自然と手が止まる。
靴箱の中に入っているはずの物が、どこにも見当たらない。
心臓が急激に締め付けられる。
それは違うだろと、心のどこかで誰かに訴える。
しかし何度見ても、そこは私の靴箱で。
私の靴が入っている場所のはずで。
認めたくないのに、現実は無慈悲に突きつけられる。
――靴が、盗まれていた。