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【第3話】 校長先生の話は五分後には忘れてる


 入学式はとても簡素なものだった。


 入場して、校長先生の長い話を聞いて、新入生代表が挨拶をして、退場。

 内容は始業式とほとんど変わらない。

 まあ、中高一貫校の入学式ってこんなものか。


 入学式の後は教室でホームルーム。

 今後の予定や学生生活の注意点、所属委員会決め等を行った。

 クラスメイト全員が何らかの役職に就かねばならず、私は無難に図書委員に立候補しておいた。



 そしてやってきた放課後。

 隣の席になった編入生の桃里さんに、学校案内をすることになっている。


 その前に、人がまばらになった教室で、なーちゃんに桃里さんを紹介していた。


「えーっと、この人は編入生の桃里さん。まだこの学校のこと何もわからないから、校舎を案内してって言われちゃって」


 そう言いながらなーちゃんに、隣に立つ桃里さんを紹介する。


「えりちゃんの幼馴染の雪下奈津菜です。よろしくね、桃里さん」


 自然な微笑みで優雅に挨拶をするその姿は、さすがなーちゃんとしか言いようがない。

 そのコミュ力を分けて欲しい。


「桃里果凛です! すごい美人さんで可愛いね! 仲良くしよ☆」


 優雅ななーちゃんに物怖じせず、桃里さんも元気に挨拶を返す。

 そしてそのまま手を差し出し、なーちゃんがその手を軽く握った。


 すごい。これがコミュ強同士の挨拶か。最初に握手とかしちゃうんだ。社交界かよ。

 


「それじゃあ桃里さんに学校案内するけど、なーちゃんも来るよね?」

「ごめん、私放課後にやらなきゃいけないことがあるから厳しいの」

「え? あぁそうなんだ……わかった」


 今朝も忙しそうにしていたし、生徒会の仕事がまだ残っているのだろうか。


 この学校は基本的に、中等部から高等部へ生徒会の人員は引き継がれる。

 そのため、中等部で生徒会長だったなーちゃんも、既に高等部での生徒会に所属している。


 まだ入学初日だというのに大変そうだ。


「生徒会の仕事かな、頑張ってね」

「ありがとう。えりちゃんも案内頑張ってね」


 そう言い残し、なーちゃんは教室から出て行ってしまった。



 強力な助っ人が抜けてしまったけど、桃里さんの案内は完遂しなければならない。


 私ひとりで。



 先程までは『なーちゃんいるし、案内なんて余裕余裕』と思っていたけど、突然その余裕は消滅し、不安がせり上がってきた。


 私はコミュ力が高い方ではない。

 むしろ低いだろう。

 中等部時代は、ほぼなーちゃんと家族としか日常会話をしなかった。


 そんな私が、今日初めて会った人に学校案内をきちんと出来るかは、些か疑問である。

 いや、疑問どころではない。

 少しでも気を抜いたら、悲惨な運命を辿ることになるだろう。


 しかし、引き下がるわけにもいかない。

 桃里さんは私を頼ってくれたんだ。

 ここまで来たら、やるしかないだろう。


 せっかく今日、巡り巡って友達を作れるチャンスがやって来たんだ。

 諦めたらそのチャンスを自分から手放すことになってしまう。


 うん。頑張ろう。

 明るく、元気にやれば、盛り上がるはず!


「そ、それじゃあ学校案内! はーじめーるよー!」

「え……あ、うん」


 ……もう手放してしまったかもしれない。



︿ ﹀︿ ﹀︿ ﹀︿ ﹀︿ ﹀



 初手で変なことをして躓いたので、その後は淡々と簡潔に学校案内をすることに専念した。


 私も高等部初日だったから迷わないか不安だったけど、文化祭などの行事で何回も高等部に来ていたから幸いにも迷うことはなかった。

 他にも、高等部の校舎は中等部と造りが似ていたり、共有スペースも多かったりしたことも理由にあるだろう。



 そうして高等部校舎の案内は終わって、次は中央校舎に行こうとした。

 だがその前に、中央校舎に行く途中にある中庭も案内しようと思い、私たちは中庭で足を止めた。


「ここが中庭です。中等部校舎と高等部校舎の間にあるので、かなり自由に行き来が出来ます。移動教室のショートカットに使えたり、ベンチで休んだりも出来る結構良い場所です」

「すごーい! ひろーい! わ、池もある! 魚とかいるかな? おおー! メダカいる!」


 こんな感じで、桃里さんはとても元気だ。

 ずっとテンションが高くて、小型犬を散歩してる気分になる。

 リアクションが大きいと、案内が楽しく思えるから有難い。

 

「5月とか6月くらいになったら、この池にカルガモの親子が来たりしますよ」

「カルガモの親子!? ほんとに!?」

「毎年子ガモを10匹近く連れてきますね」

「えええすごーい! 見たい!」


 カルガモの親子という単語に目を輝かせる桃里さん。


 食いつき方が今までの比じゃなかった。

 そんなに好きなのかな、カルガモ。


「あ、そういえば昨年撮った写真があったかも」

「見せて見せて! 見たい見たい!」


 桃里さんに熱烈な催促をされながら、スマホのアルバムをスクロールする。


 指をスライドさせて昨年の5月らへんまで遡ると、カルガモの親子を激写した写真が大量に出てきた。


「お、ありました」


 私がその言葉を発したのと同時に、桃里さんが私のスマホを覗き込んだ。


「かわいいいいいいい!」


 桃里さんが惚れ惚れとした顔で見ているのは、前を歩く親ガモに子ガモ8匹がついて行っている写真だった。


 こんなに喜んでもらえるなんて、撮って残しておいてよかった。


「本当に可愛すぎる! この写真頂戴っ」

「いいですよ。この写真以外にも100枚くらいあるので全部あげます」

「100枚!? すごい撮ったね!?」

「気付いたらそのくらいになってました」


 この学校では、毎年来るカルガモの親子はアイドルのような扱いになっている。

 だからほとんどの生徒は、100枚くらいは撮ってると思う。


「あ、まだ連絡先交換してなかったから写真送れないよね! 交換しよっか☆」

「え、いいんですか?」

「ダメなわけないでしょ! LIMEでいい?」

「あ、はい」


 ブレザーのポケットからスマホを取り出し、ライムの形をした緑色のSNSアプリを開く。


 そして友達追加の……。


 ……あれ。

 これってどうやって友達追加するんだっけ。

 やらなさ過ぎてやり方を忘れちゃった。


 えっと……。

 設定から追加出来なかったっけ……?

 いや、これでも、このボタンでもない……。

 招待……?

 違う、これじゃない。

 グループ作成でもないしな……。

 

 アプリのホーム画面を開いたまま動けなくなり、全身にじんわりと汗が滲み始める。


 …………まずい。

 このままだったら、私が友達追加の方法も分からない人だと思われてしまう。

 いやまあその通りなんだけど。


 『え、友達追加の仕方もわからないとか(笑)』なんて言われてしまうかもしれない!

 そ、それは嫌だ!

 どどどどどうにかしないと! 早く!



「はい、これ私のQRコード!」


 内心焦りに焦っていると、桃里さんがスマホの画面をこちらに向けてきた。

 その画面には、大きくQRコードが映っている。



 きゅ、QRコード!?

 そんなの知らない!

 これでどうやって友達追加できるの!?

 読み取ればいいの!?

 でもLIMEのどこかにQRコードが読み取れるところなんてあったっけ!?


「えーっと、ちょっと待ってくださいね……ちょっとだけ……」

「……?」

「ここらへんだった気がするんだけどなあ……」


 ま、ままままままずいまずいまずい!

 LIMEの中にQRコードが読み取れそうな所が見当たらない!

 どこにあるの!?


「恵梨香ちゃん? 読み取るだけで大丈夫だよ……?」


 私が目をぐるぐるさせながら混乱しているのを見かねたのか、桃里さんが不安そうな顔でこちらを覗き込んだ。


 読み取るだけって言われても、それが出来ないから……!


 ……ん?

 ……読み取るだけで、大丈夫……。

 あ! なるほど!

 カメラアプリで読み取ったら、LIMEに自動登録されるのか!


 そう閃いた瞬間、私はスマホにデフォルトで入っているカメラアプリを起動した。


「わかってますよ。これですよね」

「え、なんでそっちのカメラ開いてるの……?」

「えっ?」

「えっ?」


 違うの?


「「…………」」


 ヤバイヤバイヤバイ!

 間違えた!?

 どうしよう! どう挽回しよう!?



 焦りが限界突破し、身体がガクガクと震え始める。


 すると、桃里さんがそっと私の画面を指さして口を開いた。


「えっと、まずもう一回LIME開いて、ホームの右上にある右から二番目のやつを押してみて」

「あ、は、ハイ……」


 桃里さんは生暖かい目をしながら、焦り散らかす私を宥め、丁寧にやり方を教えてくれる。


 うん。

 友達追加の方法が分からないのに、強がって分かったフリをしていることがバレた。


 物凄く惨めな気持ちになって、恥ずかしさで顔が沸騰しそうだ。

 泣きたい。誰か私を殴ってくれ。


 心の中で大粒の涙を流しながらLIMEを開いて、ホーム画面に移動する。


 そして教えてもらったボタンを押そうとした。



 しかし、LIMEの画面には、あってはならないものがあった。


 友達追加の方法が分からないこと以上に、知られたくなかったものが、映っていた。


 LIMEのホーム画面。

 その中央上にあったもの。


 それは───。



『友だち 7人』



 そう。

 あまりにも無慈悲にも映し出されていたのは、LIMEに入っている連絡先の、圧倒的少なさ。


 スマホ持ち始めて2日目? 

 とツッコミたくなるほどの、友だちがいない現実。


 その文字を見てしまった私も、桃里さんも。


「「あっ……」」


 とだけ言い残し、後は静寂だけが二人を包んだ。


 中庭には、春とは思えないほどの冷え切った一陣の風が吹いた。


 そしてその冷たい風に追い風を与えるように、友だち欄に堂々と鎮座する公式アカウントがとてつもなく目立っていた。


 さすがにこんなの見たら、誰だって笑うだろう。

 公式アカウント含めて友だち7人しかいないのかよ、と。

 女子高生にもなってほぼ家族のしか連絡先持ってないのかよ、と。


 数秒後に飛んで来るであろう地獄の嘲笑が、脳裏にありありと浮かぶ。


 やってしまった。

 終わりだ。

 もう全身冷や汗でびっしょりだ。


 ……はあ。なんでこんな惨めな人生を歩む羽目になっているんだろう。

 いじめられ、後ろ指をさされ、ようやく友達になれそうだった編入生にも醜態を晒してしまう。

 こんな人生、あんまりだ。



 そんなことを考えつつ、来たる桃里さんの侮蔑の言葉に備えて身体を硬直させる。

 そんな私を知ってか知らずか、桃里さんが口を開き、言葉を発しようとする。


 く、来るっ……!

 私を嘲笑い、見下した目で見て、心無い言葉を吐き捨てる瞬間が――。


「えっと、そこの右上の右から2番目のボタンを押したら、上にQRコードってやつが出てくるから、それを押してみて」


 身構えた私に掛けられた言葉は、そんな温かい言葉だった。


「……え? あ、は、はい」



 …………こ、これは。

 な、無かったことにしてくれた――!?


 桃里さんは、これほどの醜態をまるで何も無かったかのように流してくれた。

 この地獄のような空気に、微塵も気にした素振りを見せないばかりか、それに加えて丁寧にやり方を教えてくれるなんて、優し過ぎてもはや桃里さんが女神に見えてきた。


「うん、友達追加できたみたいだね!」


 桃里様がそう言うと、珍しく私のスマホに通知音が響いた。

 画面を見てみると、桃里様から変な猫のスタンプが送られて来たところだった。


 私は感謝の念を込めて、クマのキャラクターがありがとうと言っているスタンプを返信しておいた。



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