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【第35話】はぐれなければ良かったのに


「6年2組、1番。馬酔木あせび吹乃ふきの


 体育館のステージの端に立つ担任の先生が、緊張した声音で私の名前を呼んだ。


「はい」


 短く返事をしてから立ち上がり、ステージ中央に置かれた木製の階段を一段ずつ上る。

 上がった先には卒業証書を持った校長先生がいた。


「馬酔木吹乃。あなたは本校での教育課程を修了し、卒業することをここに証します。おめでとう」


 校長先生は卒業証書に書かれていることを読み上げた後、一言祝いの言葉を告げながら卒業証書を差し出した。

 それを練習した通りに一歩近づき、左手右手の順番で受け取り、胸に引き付けてから礼をする。

 そして振り返り、私はゆっくりと階段を下りて自分の席のパイプ椅子に座る。


「……ふぅ」

 

 やっと、今日一番緊張する場面が終わった。

 後はもう気を楽にして、この式に参加できる。



 卒業式。

 学校行事の中で最も大きい式典と言っても差し支えないものが、厳かな曲と共に執り行われている。

 

 小学校からの巣立ち。新しい門出。同級生達との別れ。

 式が始まってからそんなことを、校長先生の言葉に続き卒業生代表、送辞の言葉などで耳にタコができるほど聞いた。


 そんな式辞が終わり、今は卒業証書授与の時間。

 この時間が一番長く、始まってから30分も経ったのに、まだ半分も終わっていない。


「6年2組、5番。遠藤沙耶」

「はい!」


 体育館の時計を見上げていると、いつの間にかサヤちゃんの番になっていた。


 視線をステージ中央に移動させ、サヤちゃんを見守る。

 緊張しているのか、同じ方の手と足を同時に出していた。


 そんな微笑ましい場面を見終わり、6年2組、6年3組と卒業証書授与は順当に進んだ。


 そして卒業生皆で旅立ちの日にを歌い、閉式の言葉で校長先生が卒業式を閉めた。


 卒業生退場の時になると、保護者席からちらほらと鼻をすするような音が聞こえた。

 視線を向けると、ハンカチで目を拭く保護者たちが目に入った。


 一方私の周りにいる卒業生は、意外にも誰も泣いていなかった。

 涙を流すどころか、目が潤んでいる人さえいない。


 昨日は私も泣くのかな、なんて思ったけど、1ヶ月前に枯らした涙がまだ乾いたままだったのかもしれない。



 体育館を後にして教室に移動すると、記念品のボールペンを受け取った。

 小学校の名前が大きく書かれているから、中学では使いにくいな、と思った。


 もう来ることはないであろう教室を目に焼き付けてから、荷物を持って廊下に並ぶ。

 担任の先生が先頭に立ち、クラスの皆で昇降口まで歩いた。



 靴を履き替えて校舎前に移動すると、沢山の保護者たちに出迎えられる。

 そしてそのまま、小学校最後の写真撮影会が始まった。

 最初はクラス単位で集まって写真を撮ったけど、それが終わると各々が自由に友達や家族と一緒に写真を撮っている。


 それにしても、人が多い。

 6年生全員に加え、保護者やお世話になった先生達全員がこの校舎前に集まっている。



「きゃっ」

「あっ! ごめんなさい!」


 サヤちゃんと一緒にサヤちゃんのお母さんを探していると、誰かのお母さんらしき人にぶつかって倒れてしまった。


「大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます」


 手を貸してもらって立ち上がる。


「あれ……サヤちゃん……?」


 すると、さっきまで一緒にいたはずのサヤちゃんがいなくなっていた。

 人の波に押されてはぐれてしまったらしい。



 急いで探さなきゃ、と思ったその瞬間だった。


 突然、手を掴まれた。


 サヤちゃんかな、と思い振り返る。

 しかし、そこにいたのはサヤちゃんじゃなかった。


「え……お母さん?」

「やっと見つけた」


 黒を基調としたお洒落なドレスに身を包んだお母さんがそこにはいた。


「お母さん、卒業式来てたの?」

「さっき着いたところ」


 格好から卒業式に来ていたのかと思ったけど、違うらしい。

 なら写真撮影だけしに来たのかな。


「あ、今、サヤちゃんとはぐれちゃって――」

「丁度いいわね。じゃあ行くわよ」

「え?」


 そう言ってお母さんは、掴んだ私の腕をぐいっと引っ張った。


「い、行くって? どこに?」


 何か怖かったから、お母さんに引っ張られる方向とは逆に体重を乗っけながらそう聞いた。

 するとお母さんはさらに強い力で腕を引っ張って、私を無理矢理歩かせた。


「どこに行くの?」

「雪下さんとの会食」


 2回同じことを聞いて、お母さんはようやく答えた。


 雪下さん。

 確かそんな名前をどこかで聞いた気がするけど、そんなのどうでもよかった。


「ねえ、サヤちゃんは? 写真撮りたいんだけど……」

「いいからついてきなさい」


 お母さんに強引に引っ張られるまま、学校の敷地外まで連れて来られる。

 そして辿り着いたのは、小学校の近くにある駐車場だった。

 入り口近くには、見慣れたお母さんの車がある。


 その車には乗りたくなかった。

 乗ったらそのまま、雪下さんとやらの所まで連れて行かれる。

 サヤちゃんと小学校最後の思い出を作りたかったのに、そんな知らない人のために時間を使いたくない。


 全力で抵抗して、学校にいるサヤちゃんの所まで逃げたかった。

 でも……できなかった。

 お母さんに抵抗するという選択肢は、私にはもう残されていなかった。


 半ば無理矢理後部座席に乗せられ、そのまま車は駐車場を出て、市街地を通過する。


 その時にはもう、諦めがついていた。

 明日。明日またサヤちゃんと会って、卒業式の続きをやろう。

 写真を撮って、小学校の思い出を語り合おう。


 そう思うと、我慢できた。

 一日予定がズレただけなら、大丈夫。


 そうやって自分に言い聞かせていると、運転席にいるお母さんから声をかけられた。


「雪下さんのご息女も今日卒業式らしくてね。お互いの家の卒業祝いを兼ねての会食なの」


 私にとって意味が無い話をお母さんは続ける。


「中学から吹乃にはそのご息女と仲良くなってもらわなきゃいけないんだから、顔合わせ頑張ってよね。愛想良くしときなさいよ」


 その言葉を最後に、車内の会話はなくなった。


 そして窓の外の景色を眺めること約1時間。

 目的地に着いたのか、車は地下の駐車場へと入っていった。


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