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【第34話】大切な宝物




『合格』


 ノートパソコンに映し出された画面には、その2文字が大きく書かれていた。


「良かったわね」


 この結果を見たお母さんはただ一言、そう言っただけだった。


「……うん」


 これで私は本当に、2ヶ月後から蕾ヶ丘学園の生徒になることが決まった。


 受験勉強を頑張ったのは、他でもない私自身だ。

 あの期間、一生懸命だったことに偽りは無い。

 けど、もっと苦戦するものだと思っていた。

 頑張った結果落ちてしまうというような未来を見ていたような気がする


 でもそうじゃなかった。

 こんなにもあっさりと合格してしまった。


 お母さんに脅されていたから分からなかったけど……。

 いや、逆か。

 お母さんはわざと厳しく言っていたのかもしれない。

 合格するのは難しい学校だと言い聞かせることで、蕾ヶ丘学園入学を確実なものにしようとしていたとか。

 万が一にも受験に落ちないよう、沢山勉強させるために。



「……はぁ」


 お母さんが出て行き、1人になったリビングで大きなため息をついた。


 今、私の頭に渦巻く思考はただ1つだった。


「……サヤちゃんになんて言おう」


 そのことだけが、私の脳内を埋め尽くしている。



***



『学校が別々でも、家が近いから毎日会おうと思えば会えるよ』



 サヤちゃんはこの言い分で納得してくれるだろうか。


 ……してくれないだろうな。

 私と同じ部活に入りたいって騒いでいたし。


 勝手に受験して、勝手に別の学校に行くことになったということを知ったら怒るだろうか。

 案外あっさりと受け入れそうな気はする。

 でも、大粒の涙と共に駄々をこねる姿も想像できる。


 どっちの姿でも嫌だな、という身勝手な感想を飲み込んで、教室の扉を開いた。



「あ! ふーちゃんおはよー!」


 サヤちゃんは教室に入った私を見つけると、パタパタと足音を鳴らしながら駆け寄ってきた。

 その顔は笑っていた。

 サヤちゃんはいつも笑顔だ。


「お、おはよ。サヤちゃん」

「……ん? 何か元気ない?」

「ううん、元気だよ」


 いざサヤちゃんを目の前にすると、どうしても萎縮してしまう。

 どんなに言おう言おうと思っていても、サヤちゃんの笑顔を見ると言えなくなってしまう。


 それを4ヶ月続けた結果、とうとう本当に合格してしまった。

 もう後戻りできない所まで来てしまった。


 言わずにお別れなんかできない。

 だから……今日こそは言おう。絶対に。

 帰り道、一緒に帰ってる時に言おう。


 そう決意した。



 ……したのだが。


「ふーちゃんまた明日ねー!」


 そう言いながら手を振って、サヤちゃんは自分の家の方向に歩いて行った。


「うん、また明日」


 私もそう返して、手をひらひらさせながらサヤちゃんを見送る。



 ――無理だった。

 今日もまた言えなかった。



 サヤちゃんには内緒で受験して受かったから、別々の学校に行くことになっちゃった。


 なんて酷いこと、伝えられるわけがなかった。

 そんな残酷なこと私にはできない。最低の行為だ。

 

「……」


 ――それでも。

 黙って勝手にお別れの方が、もっと最低だ。


 そう思った時には走り出していた。


「サヤちゃん!」


 帰り道を歩いていたサヤちゃんを、後ろから呼び止める。


「えっ、ふーちゃん? どうしたの?」

「あ、あのね……」


 躍動する心臓を押さえつけて、サヤちゃんの目を見ながら口を開いた。



「……私、中学からサヤちゃんと別の学校に行くことになっちゃったの」



 言い切ると、サヤちゃんは目を見開いたまま、ただ一言。


「――え?」


 とだけ言葉を発した。


 数秒待っても他にリアクションがなかったから、私は言葉を続ける。


「蕾ヶ丘学園っていう、東京の学校に行くことが決まって……だから、サヤちゃんとは一緒の中学校には通えない。ごめん」


 そう言うとサヤちゃんは段々と言葉の意味を飲み込んだのか、みるみるうちに目の色が変わっていった。

 そしてハイライトが消えた目で、掠れた声を絞り出した。


「し、知らない……そんなの、聞いてない……!」


 サヤちゃんはそう言って一歩、また一歩と後ずさる。

 その顔はいつものとは見る影もなく、目も口も引き攣っていた。


 完全に混乱させてしまっている。

 サヤちゃんのこんな表情、見たことがなかった。

 こうなっているのも全て、私がずっと言わなかったせいだ。


「言おう言おうとは思ってたんだけど……その、なかなか言い出せなくて」

「…………」

「私もサヤちゃんと一緒の中学校に行きたかったし、同じ部活に入りたかった」

「…………」

「でも、学校は別々でも毎日会おうと思えば――」

「なんで? なんでそうなっちゃったの?」


 会えるよ、と言葉を続けようとしたら、途中でサヤちゃんにそう被せられた。


 サヤちゃんの顔を見ると、普段の笑顔からは想像もできないような、憎しみが籠った表情をしていた。

 その顔のまま、サヤちゃんは口を開く。


「なんで。なんでふーちゃんは別の学校に行っちゃうの」


 ただただ『なんで』と繰り返すサヤちゃんに、私は咄嗟に言葉を返せなかった。


「もしかしてまた、ふーちゃんのママのせいなの?」

「……!」


 サヤちゃんのその言葉に、ハッとした。

 まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかった。


「そのせいで、ふーちゃんは別の学校に行っちゃうの?」

「…………」


 なんて答えようか、すごく困った。

 お母さんのせいで別の学校に行くことになったのは事実だ。

 けど、今の事態に陥ってしまったのは私のせいだったから。

 だから、何も言えなかった。


 そして数秒間黙っていると、我慢できなくなったのか、サヤちゃんが口を大きく開き……叫んだ。


「なんで! なんで言ってくれなかったの!」


 その叫びは、慟哭とも言えるものだった。

 いつの間にか、サヤちゃんの目は激情の涙で溢れている。


「あたしがっ、あたしが助けてあげるって言ったのにっ!」


 ――瞬間。

 あの日、あの公園で言ってくれた言葉を思い出した。


 あの日だけじゃない。

 サヤちゃんはあれから何度も私に助けてあげると言ってくれていた。

 でも、私はその救いの言葉を形だけで受け止め、何もしなかった。


 きっと本当に助けを求めていたら、何かが変わっていたはずだ。

 別々の学校に通う未来ではなく、一緒の中学、高校に進む未来があったのかもしれない。

 そんな未来を切望していたはずなのに。


 なんて……なんて、愚かなんだろう。

 全部、私のせいだった。

 今苦しいのはお母さんせいじゃなくて、他でもない私の行動の結果だ。


 そう気付いた時、ポロポロと目から涙が零れた。


「ごめん……サヤちゃん……ごめんっ……」


 謝ってももう遅いことはわかっている。

 もうサヤちゃんと同じ中学に通うことも、同じ部活に入ることも叶わない。

 全てが手遅れになった時に、やっと気づいた。

 今、ようやく気付けた。


 私はこんなにも、サヤちゃんが好きなんだと。


「サヤちゃんっ……わ、私……」

「あたしは……ふーちゃんとずっと一緒が良かった」


 続きを言おうとしたけど、サヤちゃんに言葉を遮られる。


「一緒のクラスになって、一緒にお勉強会して、一緒に文化祭をまわって、一緒に修学旅行に行って……」


 そんな姿を想像してた、とサヤちゃんは力なく呟く。


 私もそんな未来を想像していた。

 今はもう有り得ない未来をずっと望んでいた。


「ごめん……私のせいで……」

「でもさ」


 そう言うとサヤちゃんは顔をバッと上げ、頬を濡らしながら言葉を続ける。


「学校は別でも、毎日会えるんだよね?」


 先程言いかけてやめたことを、サヤちゃんはしっかりと拾っていた。


「う、うんっ。会える。会えるよ」


 学校内が全てじゃない。

 同じ教室なのに一言も喋らない人がいるように、同じ学校じゃなくても毎日会って話せる。

 私がなりたかった関係は、そんな関係なのかもしれない。


「じゃあさ、毎日お互いの中学校の出来事を会ってお話しするの。そしたら寂しくないよね?」

「うんっ。毎日話しに行く!」


 私が力を込めてそう言うと、サヤちゃんは泣きながら笑った。

 つられて私も笑ったけど、それ以上に涙も溢れてきた。



 ひとしきり泣いた後は、あの時と同じ公園に移動して、日が暮れるまで喋った。

 ベンチで手を繋ぎながら、お互いの未来について。


 その日から、毎日のようにサヤちゃんと遊んだ。

 受験勉強が終わり、土日に遊べるようになったら毎日サヤちゃんと会った。

 この数ヶ月間、遊べなかった日々を埋めるように。


 

 


 そして、1ヶ月後。

 あっという間に、小学校最後の日が訪れた。


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