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【第29話】空っぽに響く


 気が付くと、リビングのソファに座っていた。


 窓の外は真っ暗で、家の中の電気も最小限しかついていない。

 手にはビニール袋があり、中にはなにやらコンビニ弁当のようなものが入っている。


 自分でも覚えてないうちに、コンビニで晩ご飯を買って帰ってきていたみたいだ。


 実際、記憶があやふやだ。

 スーパーでサヤちゃん達から逃げ出した後の記憶がほとんどない。

 頭がぐちゃぐちゃになって、気付いたら帰っていた。



「…………」



 無言で天井を眺める。


 先程の光景が脳裏から離れない。


 サヤちゃんに顔の怪我を見られたこと。

 サヤちゃんのお母さんに怪我の原因がバレたこと。

 二人から逃げ出したこと。


 その光景が何度もリピートしていた。

 

「…………はぁ」


 ため息をついて、時計に視線を向ける。


 時計の短針は9時を示していた。


 普段ならもうとっくに寝る準備ができている時間だ。

 だけどまだご飯を食べていないし、お風呂にも入っていない。


 早くやらなくちゃ、と思っていても、体が動かない。


 だからもう一度、天井を眺める。

 そして心を空っぽにしようとする。

 空っぽなら、何も考えずに済んで楽だから。


 でもやっぱり、さっきのことが頭から離れてくれなくて。



 どうしたら楽になれるかなと考えていると、突然リビングの電気がついた。


 リビングのドアの方を見ると、そこにはお母さんが立っていた。


「あ……お母さん……おかえり」

「ただいま。何してるの?」

「えっと……」


 暗い部屋の中で呆然としている私が不可解だったのか、お母さんは不思議そうにそう聞いてきた。


 何を言おうか、何から言おうか迷っていると、お母さんはまあいいや、と言って分厚い本のようなものを2冊差し出してきた。


「はい、これ」

「これ……何?」

「蕾ヶ丘学園の対策テキストと過去問。今日から毎日やって」


 そう差し出された本を見てみると、「蕾ヶ丘学園中等部入試対策問題集」と「蕾ヶ丘学園中等部過去問集」と表紙に大きく書かれていた。

 どちらの本も、今まで読んできたどの本よりも分厚かった。


「受験まであと5ヶ月も無いから、毎日みっちりやらないと間に合わないわよ」

「…………はい」

「だから受験が終わるまでは、土日に遊びに行くの禁止ね」

「えっ?」

「なに。土日に遊んでも合格できるほど、吹乃は頭良かったの?」

「いや……」


 そもそも私は蕾ヶ丘学園なんて知らない。

 毎日勉強しないと受からないほど頭が良い学校だなんて、今初めて聞いた。


 私は学校のテストの点数は良い方だと思うけど、特別頭が良いというわけでもない。

 同じクラスでも、私より頭が良い人は何人かいると思う。

 多分その人達もみんな、近くの公立中学校に進学するはずだ。


 それなのに、私なんかがその蕾ヶ丘学園という所に行けるのだろうか。

 入試まであと5ヶ月勉強するだけで、受かることができる学校なのだろうか。


 もし、落ちたら……。


「落ちたら許さないから」


 私の思考は、お母さんの言葉に塗り潰された。


 許さないって、昨日みたいなことされるの?

 とは聞けなかった。


 でもきっと、そういうことだと思う。

 それくらいお母さんにとっては、私が蕾ヶ丘学園に入って、雪下さんって人と仲良くなるのが重要なのだろう。


 そんなに大事な受験なのなら、もっと前に言って欲しかった。

 あと半年も無いのに、落ちたら全部私の責任にするのはやめて欲しかった。


 そんな思いを胸の奥底に押し込んで、私はようやく頷けた。



***



 翌朝。

 起きて鏡を見ると、顔の傷はこれっぽっちも治っていなかった。


 当然か、と思いながら、顔を軽く洗う。

 今日の水も、傷口によく滲みた。



 リビングに行くと、椅子にお母さんが座りながらスマホを触っていた。

 そして私の顔ではなく、スマホの画面を見ながら口を開く。


「今日から1週間は学校を休みなさい」

「えっ……1週間?」


 突然耳に響いたお母さんの言葉に、呆気にとられながら聞き返す。


「ずっと家で入試勉強してられるから、丁度いいでしょ」

「え……でも……」

「来週過去問でテストするから、合格点取れるようになっときなさいよ」


 それだけ言い残して、お母さんは荷物を持って玄関に向かう。

 扉が閉まる音がした後、家の中は静寂に包まれた。




 しばらくして、ぺたぺたと小さな足音と、ソファに倒れ込む音がした。


 私から出ている音のはずなのに、どこか遠くから聞こえる。




「サヤちゃんに会いたいな……」




 その声だけは、頭の中に強く響いていた。


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