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【第28話】止まりたかった


「痛っ……」


 朝起きて洗面所で口をゆすいでいると、口の中に痛みが走った。


 昨日殴られた時、口の中まで切っていたからかもしれない。

 眠りにつくまで、ずっと血の味がして嫌だったことを思い出した。


「…………」


 鏡に映る自分の顔には、至る所に青あざや腫れがあった。


 鏡を見ながら顔の傷を撫でると、痛みと共に嫌な気持ちが流れ込んでくる。

 全てが嫌になったような、どこまでも落ちていけるような。


 そんな陰鬱な気分を振り切るように、顔を水で洗う。

 朝の冷たい水は、傷口によく滲みた。




 リビングに行くと、お母さんが待ち構えるように立っていた。


「吹乃。今日は学校を休みなさい」


 開口一番、そんなことを言ってきた。


「え……なんで?」

「いいから休みなさい。学校にはもう連絡しといたから」


 思わず聞き返しても、理由を教えてはくれなかった。


 多分、顔の怪我が酷過ぎるからだろう。

 このまま外に出ると虐待されてると思われるかもしれないから、家から出て欲しくないんだろうな。


「それじゃ、お母さん仕事行ってくるから。家で大人しくしときなさいよ」


 そんな言葉を残して、お母さんは家を出た。




 お母さんが出た後は、ぼーっとしながらテレビを見ていた。

 ベランダには先程干した洗濯物が風で揺れている。


 平日の知らないテレビ番組に少しだけ非日常を感じながら、ソファに横になる。


 風邪でもないのに学校を休んだことに、罪悪感があった。

 すごく悪いことをしている気分。

 ズル休みなんて、これまでの人生でしたことなかったから。



 今頃、皆は授業を受けているんだろうか。

 私が突然休んで、サヤちゃんは心配してるだろうか。


「あ……」


 ……そういえば。

 サヤちゃんとは、中学で離れ離れになっちゃうんだっけ。


「……嫌だな」


 無意識に、そう呟いていた。


「一緒の部活……入りたかったな……」


 もう一度、呟いた。



***



 夕方になった頃、近くのスーパーまで来ていた。


 お母さんには家で大人しくしておきなさいと言われたけど、今日の晩ご飯を買わなきゃいけないのだから仕方がない。



 スーパーでショッピングカートを引きながら歩いていると、周りから奇怪な目で見られている気がした。

 普段はあまり見られないから、きっと顔の傷のせいだろう。

 小学生の顔の傷は存外目立つらしい。



「ふーちゃん!」


 お惣菜コーナーで商品を見ていた時、突然聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、走り寄ってくるサヤちゃんがいた。


 さらに奥にはサヤちゃんのお母さんも見えたことから、多分一緒に買い物に来ていたのだろう。


「あ、サヤちゃん……」

「風邪は大丈夫……って」


 私の顔を確認した瞬間、サヤちゃんは目を見開いた。


「その怪我どうしたの!?」


 しまった、と思った。


 知らない人ならともかく、サヤちゃんに見られたとなると、お母さんに殴られたことがバレてしまう。

 そしたら最悪、お母さんと離れ離れになるかもしれない。

 祖父母の所や施設に行ったら、サヤちゃんとももう会えなくなるかもしれない。


 それはダメだ。

 バレてもメリットなんて何一つ無い。



「すごく痛そうだよ!? 大丈夫!?」


 サヤちゃんは私の手を握りながら、心配そうな眼差しを向ける。


「……ちょっとぶつけちゃったの」


 私がそう言うと、サヤちゃんのお母さんが姿勢を低くして、顔を覗き込んできた。

 

「ぶつけてできた怪我じゃないんじゃないかな? これ」


 そして突然、そんなことを言ってきた。


「えっ?」


「一方向だけじゃなくて多方向からの打撲創だから、ただぶつけてできたとは思えない」


「…………」


 サヤちゃんのお母さんの言葉に、心臓がキュッと締め付けられる。


 この瞬間だけ、サヤちゃんのお母さんの口元がスローモーションに見えた。



「吹乃ちゃん。これ、誰かに殴られてできた怪我でしょ?」


「なっ――」


 なんでわかったの、と言いかけて慌てて口を閉じる。


「そっか! ママ、前は看護師さんだったんだっけ!」


 隣から聞こえたサヤちゃんの言葉に内心歯噛みする。


 それはそうだ。

 看護師に見られたら、怪我がどうできたのかはある程度予想できる。

 こんなに傷が多かったらなおさら。



 そしてサヤちゃんのお母さんは何かを確信しているのか、私の肩を掴んで目を合わせた。


「お母さんにやられたの?」


 サヤちゃんのお母さんの血気迫る表情に気圧されたけど、頑張って首を振って否定する。


「ち、ちがうっ」

「じゃあ誰にやられたの?」

「な、殴られてないっ」


 震える声で、下を向いてそう言った。


 でも私の態度が怪しかったみたいで、サヤちゃんのお母さんは肩を離してくれなかった。


「吹乃ちゃんのお母さんに聞いてもいいかな?」


 その言葉に思わず目眩がした。


 そして顔をバッと上げ、サヤちゃんのお母さんの目を見て言った。


「だ、ダメ!!」


 お母さんは、私の顔のことを隠そうとしていた。

 だからもしサヤちゃん達に知られたとバレてしまったら、どうなってしまうか分からない。

 もうサヤちゃんとは関わらせてくれなくなってしまう気がする。



 どうしたらいいだろうか。

 どうすれば、誰とも離れ離れにならずにいられるだろうか。



 私には、何も分からなかった。

 

「ごめんなさい!」

「あっ――」


 サヤちゃんのお母さんの手を振り払って、走ってその場から逃げ出す。


「ま、待って!」

「ふーちゃん!」



 2人に呼び止められたけど、止まれなかった。


 止まってはいけなかった。



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