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【第27話】血の味を知った日


 6年生になった。


 あの日から私は、家事を忘れることも、失敗することもなくなった。

 捨てられないために頑張ったから。


 サヤちゃん家にお泊まりを誘われたりしたけど、断った。

 サヤちゃん家で遊ぶか、お母さんに捨てられるか。

 天秤にかけるまでもなかった。



 お母さんは相変わらず忙しそうだった。

 目の隈が増えた気がする。

 そしてその隈の大きさに比例するように、気性も荒くなった。


 自分の気に入らないことがあるとすぐ物にあたるし、大声で怒鳴るようになった。

 昔はそんなことしなかったのに。


 きっと、仕事でストレスが溜まっているんだろう。

 それなら仕方ない。

 私を養うために、一生懸命仕事しているんだ。

 そう思うと嫌いになんかなれなかったし、昔から変わらずお母さんが大好きだった。




 だからサヤちゃんの家族旅行とかの話を聞く度に、すごく羨ましくなった。

 私は今までの人生で一度も、家族旅行というものに行ったことがなかったから。


 あれ……そういえば私、お母さんとどこかにお出かけしたこと、あったっけ?



「中学生になるの楽しみだね!」


 そんなことを考えていると、隣にいるサヤちゃんに話しかけられた。


 日曜日の今日はサヤちゃんと一緒に、近くのショッピングモールのフードコートに来ていた。


「あ……うん、そうだね」


 中学生、か。

 私も、半年後には中学生になるのか。


 学区的に、私とサヤちゃんは同じ中学校に入ることができる。

 これからもしばらくサヤちゃんと一緒にいられると思うと、頬が緩んだ。


「ふーちゃんと同じクラスになれたらいいなあ」

「同じクラスになれなくても、今まで通り仲良くできるよ」

「やだ! 同じクラスがいいの!」

「ならそうなれるよう、今のうちに運気を貯めておかなきゃいけないかもね」


 そう言うと、サヤちゃんはハッとしてからテーブルの上をテキパキと片付け始めた。


 するとゴミはあったけど散らかってはいなかったテーブルは、あっという間に綺麗になった。

 多分、善いことをして運気を貯めようとしているんだろう。


 片付けをしたサヤちゃんが満足そうに笑ったので、つられて私も笑った。



「あ! 部活動ってやつも始まるもんね!」

「らしいね」


 突然サヤちゃんは妙案を思いついたと言わんばかりに、身を乗り出して話を始めた。


「ふーちゃんと同じ部活に入れたら、ずっと一緒にいられるんじゃない!?」

「……部活ね」


 部活動に入ると、きっと帰るのが遅くなる。

 それで家事ができなかったら、お母さんは許してくれるだろうか。

 ……多分、難しいだろう。


 でももしかしたら、きちんと家事さえこなせば、部活で帰りが遅くなるくらいのことは許してくれるかもしれない。

 今のうちに話を通しておけば、承諾してくれる可能性がないわけじゃない。


 ――私も、サヤちゃんと一緒に部活がしたかった。



***



 思い立った私は、家に帰ってお母さんに聞いてみることにした。


 夕食後、お母さんはテーブルに座りながらスマホを触っていた。

 食器を洗い終わった私は早速、お母さんに話しかけようと思い、テーブルの近くに立った。


 すると私が口を開くよりも先に、お母さんが私の方を向いて話しかけてきた。



「吹乃。中学からは蕾ヶ丘学園って所に行くから、今のうちに勉強しておきなさい。来年2月に受験あるから」


「…………え?」


 お母さんの言っている意味が、よくわからなかった。


 中学からの部活動について話をしようと思ったら、変なことを言われた気がする。


 中学からは……何とか学園に行くって言った?

 誰が?

 私じゃないよね?

 だって私は、サヤちゃんと同じ中学校に行くんだもん。

 だから、違う。絶対に。


「え、じゃないでしょ。来年から蕾ヶ丘学園って中高一貫の女子校に行くから。わかった?」


 やっぱり、意味がわからない。

 お母さんは何を言っているんだろう。


 私はただ、サヤちゃんと同じ部活に入りたいだけなのに。

 知らない学校の話をするのはやめて欲しい。


「誰が、その……蕾ヶ丘学園ってところに行くの?」

「吹乃以外に誰がいるって言うの。とぼけないで」


 とぼけてなんかいない。

 ただ、信じられないだけだ。


「……な、なんで?」


 口から絞り出たのは、そんな言葉だった。

 もっと他に言いたいことはあったけど、言わなかった。言えなかった。


「取引先の社長が雪下さんって言うんだけど、その人と仲良くなりたいの。で、雪下さんのご息女が吹乃と同い年なのね」


 お母さんはテーブルに座って頬杖をつきながら、淡々と言葉を続ける。


「そのご息女を蕾ヶ丘学園に入学させるらしいってことを聞いてね。だから吹乃にはそこに入ってもらって、雪下さんのご息女と仲良くなって欲しいの」


 本当に、訳が分からない。


「……サヤちゃんは?」

「知らないわよ、そんなの。でもあそこの家は普通に公立中学に行くんじゃない?」

「…………」


 毎日、我慢してた。

 家事をして、お母さんの憂さ晴らしに付き合って、サヤちゃんからのお泊まり会や遠出のお誘いも断って。


 だから部活に入るくらいは、許してもらえるかもしれないなんて思ってた。



 でも、実際はそんなことなかった。


 サヤちゃんと離れ離れになって、お母さんが決めた全然知らない学校に行って、聞いたこともない人と仲良くならなきゃいけない。


 ……そんなの、認められるわけがなかった。

 初めてお母さんに真っ向から逆らおうと思った。


 だから、言ってみた。


「いやだ」


 って。



 するとお母さんは怖い目をしながら立ち上がり、ゆっくりと私の方に近付いて来た。

 そして拳を強く握って振りかぶって、私の顔面目掛けて振り下ろした。




 その日。

 馬乗りになって殴られている時に。



 ――生まれて初めて、お母さんが憎いって思った。



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