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【第25話】ナズナの花言葉は『あなたに私の全てを捧げます』


「ここが恵梨香ちゃんの家か! おっきいね!」


 土曜日。

 私と恵梨香ちゃんと奈津菜ちゃんは、恵梨香ちゃんの家の前に来ていた。大きい一軒家だ。


 なぜ恵梨香ちゃんの家に来たのかと言うと、建前上は女子会をやるため、となっている。


「果凛ちゃん、休日にわざわざここまでありがとうね!」

「いやいや、昨日私が言い出したことなんだから、こちらこそありがとうだよ!」

「いやいやいや、駅からちょっと遠いのにここまで来てくれたんだから」

「いやいやいやいや、恵梨香ちゃんも奈津菜ちゃんも駅まで迎えに来てくれたんだから、お礼するのはこっちだよ」


「はいはいそこまで。早く入るよー」


 恵梨香ちゃんと感謝の押し付け合いをしていると、奈津菜ちゃんに止められてしまった。


 二人に促され、恵梨香ちゃんの家に入って行く。



 玄関の正面にある階段を上り、右手にある恵梨香ちゃんの部屋に入る。


「おおー! ひろーい!」


 そこは、ピカピカに磨かれた部屋だった。

 フローリングは照明の光を反射し、テーブルの上も塵一つ無い。


「部屋汚くてごめんね……い、いつもはもっと綺麗なんだけどなぁ」


 恵梨香ちゃんはそう言っていたが、多分いつもはもっと汚いんじゃないかな、と思う。


 カーテンレールの上には埃が積まれ、クローゼットからはプリントがはみ出てしまっている。

 勉強机の上に置いてある教科書も、よく見ると皺や折り目が結構ある。

 うん、まあ、誰にだって見栄を張りたい時はあるよね。


 そう思いながら窓際にあるベッドの方に目をやると、気になる物が置いてあった。


 ぬいぐるみだ。

 十個ほどのぬいぐるみが、ベッドの周りに置いてあった。


「すごい! ぬいぐるみが沢山ある!」


 パンダやレッサーパンダの動物を模した精巧なもので、見ただけでそれが特別な物だと分かるくらいだ。


「これ、タグとか付いてないけど非売品? 作り込まれてるし高級品かな?」

「あ、それなーちゃんの手作りなんだ」


 置いてあるぬいぐるみを覗き込みながら聞いてみると、そんな返事が返って来た。


「手作り!?」

「ふふっ、照れるね」


 思わず驚いた声を出すと、奈津菜ちゃんが恥ずかしそうにそう言った。


 聞くところによると、なんと奈津菜ちゃんは小学一年生の時からぬいぐるみを作ってプレゼントしているらしい。

 毎年の誕生日に一体ずつだそうだ。



 凄い手の込んだ誕生日プレゼントだなあと感心しつつ、注意深く観察する。

 現状、最も可能性が高いのは『これ』だから。


 だから、今のうちに聞いておきたいことを尋ねる。

「一番最近のは何貰ったの?」

 と。


「これ! 昨年の誕生日に貰ったレッサーパンダ!」


 どうやら、これが一番最近貰ったぬいぐるみらしい。

 何も無かったら、出てくるまで他のもの全てを探さなくちゃいけない。

 もし出て来たとしたら、早急に対処しなくてはならない。

 そのもしものことを考えると、背筋が凍る。


 まあいい、確かめたら分かることだ。


***


 女子会はとても充実した時間だった。

 色々なことを話したり、トランプをしたりした。


 友達とこうやって遊んだのは、随分と久し振りだったかもしれない。


「あ、もうこんな時間」

「あれ、なーちゃん今日何か予定あるの?」

「うん、土曜日は習い事があるから」


 日が傾き始めた頃、奈津菜ちゃんがそう言って帰り支度を始めた。


「じゃあ私送るよ」

「大丈夫だよ、家すぐそこだし」

「いいのいいの、遠慮しないで」


 恵梨香ちゃんが送ると言うと、奈津菜ちゃんは満更じゃ無さそうな顔で受け入れた。


「それじゃ、果凛ちゃん。ちょっと出てくるから待ってて。すぐ戻るから」

「あーい、行ってらっしゃい……」


 トランプで惨敗した私は、机に突っ伏して目線だけ移動させながら、手をプラプラと振る。


 二人が部屋を出ようとする直前。

 その時、奈津菜ちゃんがとても冷たい目で私を見下ろしていた気がした。


 ……ただの気のせいだと思いたい。



「…………行ったか」


 恵梨香ちゃんと奈津菜ちゃんが玄関のドアから出た音を確認し、起き上がる。


 時間的余裕はあまり無い。

 すぐに部屋のとある場所に移動し、目的の物に目を付ける。


 ぬいぐるみだ。


 全部に仕掛けられている可能性は高いが、確実なのは直近で貰ったぬいぐるみだろう。


 全て確認する時間は無い。

 だから一番確実な、最後に貰ったと言っていたレッサーパンダのぬいぐるみを手に取る。


 ぬいぐるみの目の裏を手探りで触ると、妙に固いものがあった。

 その場所にアタリをつけて、バッグから取り出したハサミでぬいぐるみの後頭部に切り込みを入れる。

 綿を取り出し、固かった場所を確認する。


「……やっぱり──」


 そこにあったのは……。




「あれ、もう復活したの?」


 振り返ると、恵梨香ちゃんがいた。

 もう奈津菜ちゃんを送って戻って来たみたいだ。


「うん! 諸悪の根源が帰ったからね!」

「諸悪の根源て……自分がなーちゃんにボロ負けしたからって、そんな言い方はよしなさい」


 そんなやり取りをしつつ自分のバックを持ち上げ、恵梨香ちゃんに帰る旨を伝える。


「このまま恵梨香ちゃんと女子会続けたかったんだけど、私も家に帰って晩ご飯作らなきゃいけないんだよね」

「え、じゃあもう帰っちゃうの?」

「うん。そろそろいい時間だしね」

「そっか……」


 恵梨香ちゃんがしょんぼりしちゃった。

 申し訳ないけど、これ(・・)は一刻も早く帰って確認しなきゃいけないんだ。


「そう言えば果凛ちゃん、今日傘持って来た?」

「あっ……」


 言われて初めて気付く。

 そういえば今日の夕方から雨予報だったのに、傘を忘れていた。

 考え事が多過ぎたせいかな。


 恵梨香ちゃんには駅まで送るとか、傘貸すよとか言われたけど、遠慮しておいた。

 このくらいの雨は全然大丈夫だし、一秒でも早く家に帰りたかったから。


「帰り道気を付けてね」

「うん、今日はありがとう。家にまでお邪魔しちゃったし」

「こちらこそ来てくれてよかったよ! また女子会やろうね!」

「じゃ、バイバイ!」


 そう言って、恵梨香ちゃんの家を後にする。



 外に出ると、雨がパラパラと降っていた。

 今はまだ本降りじゃないけど、ここから強くなるかもしれない。


 ぬいぐるみが濡れるのは嫌だし、ぬいぐるみを持ち出したと気付かれて追いつかれないように、速めに走るか。


 そう思い、転ばない程度の速度で雨の中を走る。

 すると走ってるうちに、雨足が強くなってきた。


 アレが濡れちゃってないかと思い、バッグの中から取り出して確認する。


 レッサーパンダのぬいぐるみは、表面で雨を弾いていた。


 良かった。濡れて壊れるってことはなさそうだ。


 手に持っているぬいぐるみの切り込みからは、覗き見える物があった。


 それは、小型の隠しカメラと外付けバッテリー。

 そんな物がぬいぐるみの中に隠されていた。




 ……私はずっと、馬酔木(あせび)さんの裏には真のいじめっ子がいるものと考えていた。


 自分が実行犯となって手を汚したくないから、馬酔木さんにいじめさせて、いじめっ子という汚名を他人に被せる。

 そうするために馬酔木さんを操り、恵梨香ちゃんをいじめていたのだと考えていた。


 この思い込みこそが、あの時馬酔木さんが言っていた『勘違い』なのだ。


 私は根本的なことを勘違いしていた。

 いじめっ子の裏にいたのはいじめっ子なんかじゃなかった。



 ――いじめっ子の裏にいたのは、ヤンデレだったのだ。



 恵梨香ちゃんを自分だけのモノにしたくてしたくてたまらない、ヤンデレ粘着暴走女。

 それが、いじめっ子かと思っていた人間の正体だ。



 恵梨香ちゃんを孤立させようとしたのは、恵梨香ちゃんに自分以外の人間が近付かないようにするため。


 恵梨香ちゃんの物を隠すのは、一緒に探す自分に恩を感じさせるのと、生徒会などで帰りが遅くなってしまう自分と帰る時間を一致させるため。


 このカメラが入ったぬいぐるみも、恵梨香ちゃんの私生活を観察するためにプレゼントした。

 だから、恵梨香ちゃんが寝坊しているかどうかも、いち早く気付くことができるという訳だ。


 おそらくこのぬいぐるみ以外にも、恵梨香ちゃんには様々なモノが仕掛けられている。

 GPSは十中八九、付けられているとみてもいいだろう。

 だから入学式の日の放課後、恵梨香ちゃんがまだ帰っていないということが分かっていたし、中央校舎で靴を探しているということも筒抜けだった。


 その日の放課後に、一時間以上も馬酔木さんは校舎のどこにいたのかという謎も、きっと仕事中だからと、唯一案内しなかった生徒会室内にいたとすれば説明がつく。


 そもそも、クラス内であいつだけが、恵梨香ちゃんと仲良くすることができていた。

 それが最初からずっとあった違和感だった。




「はぁ……はぁっ……」


 長距離走ったからか、息が切れてきた。


 眼下には長い階段。

 その先には、花弁が散った桜の並木道が続いている。

 この階段を下って並木道を抜けると、西木蔦駅まですぐそこだ。


 手元のぬいぐるみに目を向ける。

 このカメラのデータを調べれば、恵梨香ちゃんの盗撮の証拠が手に入り、あいつを告発することができるだろう。


 そしたら、恵梨香ちゃんのいじめを止めることができる。


 そのためには、この証拠を利用してできることを整理して、それから……。


「早く帰って、これを――」



『これを、どうするの?』



「――えっ?」


 降り注ぐ雨の雑音に混じって、何かが……誰かの声が、聞こえた。


 突然耳元で響いた声に対して、咄嗟に振り返ろうとした。


 だが、その直前。

 トンっと、手で押される感覚が背中に伝わる。


 その瞬間、私は唐突な浮遊感に襲われた。


「な……っ!」


 突然の出来事に、何が起こったのか理解できなかった。

 しかしいつまで経っても着地しない足に、気付かされる。


 階段から逆さまに落ちているのだと。


 そう分かった時には既に遅く、もうどうしようもなかった。

 声を上げる間もなく、転落の衝撃が全身を打ち付け続ける。

 後は重力に任せ、落ちていくことしかできなかった。



 長い長い、あまりにも長い落下。



 そんな中で最後に見えたのは、





 ぬいぐるみの不気味な笑みだった。









































































「はい、えりちゃん。プレゼントだよっ」

「え、あ、ありがとう……?」


 えりちゃんに新しく作ったぬいぐるみを渡すと、困ったような表情をされてしまった。


 確かに今までとはプレゼントするタイミングが違うから、困惑するのは当然だよね。

 困らせちゃってごめんね。


 でもそれは、ぬいぐるみをハサミで切って、勝手に持ち出して、雨に濡らした雑草がいけなかったの。


「誕生日はもう少し先だけど……今年は早いね?」

「そうなんだけど、昨日暇潰しで作ってたら興が乗っちゃって、完成しちゃったんだよね」

「じゃあ今年の誕生日プレゼントの先渡しってことね! ありがとう!」

「あ、いや、誕生日プレゼントはまた別のを考えておくから、楽しみにしといて!」

「本当!? やったー!」



 本当に、えりちゃんは可愛いなあ。

 可愛くて可憐で儚くて美しくて甘くて愛おしくて綺麗で無垢で純情で食べたくてあどけなくて愛らしくて苛烈で眩しくて美味しくて美麗で優雅で艶やかで素敵な、私だけの可愛い可愛いえりちゃん。


 えりちゃんのためなら、私の全てを捧げたっていい。


 どんな花よりも美しく、永く永く咲き続ける、私だけの特別な花。

 この花を枯らさないためなら、どんなモノでも犠牲にするし、どんなコトだって成し遂げられる。


 あぁ。本当に、本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き。


 この世界の誰よりも、どんなモノよりも、愛してる。

 愛してるなんて凡庸な言葉では表したくないくらい、愛してる。




 …………でも。


 最近になって、邪魔者が現れた。

 こんなにも綺麗な花を汚す、雑草が。     

    

 せっかく今まで丁寧に整備してきた花壇が、雑草に侵されそうになっていたんだ。


 危ない、危ない。




 わずらわしい雑草は全て、摘み取らなきゃいけないよね。







第二章 花弁の裏側 -終-

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