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【第24話】地雷は踏んだ瞬間爆発する


「――あなたは、勘違いをしている」



「勘違い? 何を?」

「自分で考えなさい」


 そう言うと、馬酔木さんは教室から出ようと扉の方へと歩いて行ってしまう。


 ダメだ。まだ情報が足りない。

 まだこの会話を終わらせてはいけない。


 そう思った瞬間、自分でも無意識に馬酔木さんの腕を掴んでいた。


「……なに?」

「待って。まだ話は終わってないよ」

「私はもう何も言えないわ。手を離して」

「言『え』ない? 言わないじゃなくって?」

「……」


 私が聞くと、馬酔木さんが焦ったように目を逸らした。


 やはり、まだ何かある。何か知らなきゃいけない情報が、まだある。

 それを引き出すまでは、馬酔木さんを逃がしてはいけない。


 でも直接質問を投げかけても、馬酔木さんは素直に答える気は無さそうだ。

 別方向から攻略する方が良さそうだな。


「……まあ、別に? 馬酔木さんが言ってくれなくても、私は一人で何とかするし。馬酔木さんに命令してるいじめっ子を、必ず突き止めてやるから」


 そもそも、馬酔木さんを裏で操る真のいじめっ子に関しては、簡単に教えてもらえるなんて元から思っていなかった。

 直接聞けたら御の字。

 聞けなくてもいい。

 今後、焦った馬酔木さんが何かしらのアクションを起こして、真のいじめっ子への手がかりを掴めたらいいな、と思っている程度だ。


 私がある種の宣戦布告を伝えると、馬酔木さんは一瞬だけ目を見開いた後、小さな声で呟いた。


「……それだけは、やめておきなさい」

「――は?」


 え? 今、やめておきなさいって言った?


 馬酔木さんを掴む手に、自然と力が入る。


「なに……恵梨香ちゃんのいじめを見過ごせってこと?」

「そうじゃないわ。そうじゃないけど……ごめんなさい……」


 その『ごめんなさい』という言葉に、反射的に馬酔木さんを掴む私の手が緩んだ。

 馬酔木さんが申し訳なさそうな顔をして謝るものだから、思わず毒気が抜けてしまった。


 馬酔木さんはというと、それっきり黙りこくってしまった。


 でもやはりこの反応を見るに、馬酔木さんはいじめなんてしたくないはず。

 だからきっと、付け入る隙はある。


「馬酔木さんはこのままでもいいの? 皆からいじめっ子だと認識されて、恵梨香ちゃんからも恨まれたままで」


 目を逸らそうとする馬酔木さんに、無理矢理目を合わせる。


「恵梨香ちゃん、いじめのせいで相当傷付いてたよ。もしこの状況が続いて恵梨香ちゃんの身に何かあったら、矢面に立たされるのは確実に馬酔木さんだよ。馬酔木さんは責任取れるの? 未成年なんだから、責任問題は馬酔木さん自身じゃなくて親に向けられ――」



「お母さんは関係ないでしょ!」



 突然、馬酔木さんが声を荒らげ、私の手を振りほどいた。


 今まで沈黙を貫いていたのに、『親』と言った瞬間に感情を露わにした。


 突然の感情の発露に、私はおろか馬酔木さんまで目を丸くしている。

 自分でも相当驚いているようだ。


 何で急に……。


 あ。

 そう言えば、紅葉ちゃんから聞いていたんだった。

 馬酔木さんの家はシングルマザーで、女手一つで育てられたということを。


 そこが馬酔木さんにとっての地雷だったか。

 思わぬ場所で地雷を踏み抜いてしまった。


 声を荒らげた後、馬酔木さんの顔はより険しいものとなり、そのまま私の横を通り過ぎる。


「あなたが首を突っ込んでも、もう何も言わないわ。きっと私が何を言っても、あなたは止まらないんでしょうね」


 乱暴な足取りでその場を去ろうとしながら、言葉を続ける。


「でもこれ以上詮索すると、必ず後悔するわよ。痛い目を見たくなかったら、ここで引いておくのをオススメするわ」


 そう吐き捨てて、馬酔木さんは扉を開け教室を去って行ってしまった。



 ……あまりの唐突な出来事に、呼び止めることができなかった。

 膝から力が抜け、その場で座り込む。


「失敗したなぁ」


 あと少しでも慎重になっていれば、防げた失言だった。

 熱くなって目の前が疎かになっていた。

 もっと他に言いようも、やりようもあっただろうに。


 結局、新たに掴めた情報もほとんど無かった。

 私が現時点で何かしらの勘違いをしているということと、馬酔木さんが口止めをされているということくらいか。


 あとは私が立てた仮説の、馬酔木さんを操る真のいじめっ子がいる、というものもほぼ確定的になったと見ていいだろう。

 あの反応が演技だとしたら大したものだし、わざわざ私に対して勘違いをしている、なんてアドバイスはしないだろう。

 馬酔木さんが本当のいじめっ子なら、私の勘違いをそのままにしておけばいいだけだから。

 私の考えを不安定なものにさせる必要は皆無だ。


 ――つまり本当に、馬酔木さんの裏に隠れる真のいじめっ子は存在する。


 それは、一体誰なのか。


 候補としては数人挙がっているが、証拠も、根拠も、動機も無い。

 誰が何のために、恵梨香ちゃんをいじめているのか。


 それを確かめるには、まだ足りない。

 ひっそりと少しずつ動き、情報を集め見極める必要がある。



 それに、それ以上に今考えなくてはならないのは、あの言葉だ。


『――あなたは、勘違いをしている』


 この言葉をそのまま受け取るのなら、私が現状で何か間違った解釈をしているということになる。


 ……一体、どこが間違っている?

 私は何を勘違いしているんだ?


 考えられる可能性としては、まず、真のいじめっ子が存在すると思っていること自体が誤りだということか。

 いや、これはさっき確定的になったんだった。

 これが間違いの可能性は無い、と思いたい。


 では、真のいじめっ子が一人ではなく複数、ということか?

 二人か三人……それ以上の人が、馬酔木さんに恵梨香ちゃんをいじめるように指示している可能性。

 それならば、馬酔木さんがくだらない命令に素直に従うのにも納得できるか。


 もし本当にそうだとしたら、恵梨香ちゃんに取り巻くいじめを解決するのは非常に困難な道になるだろう。

 説得して解決どころではなくなってしまう。


 それ以外の可能性はどうだ。


 馬酔木さんは、私が持っている情報を少し聞いただけで、勘違いしていると断言した。


 ならば私は、もっと根本的なことから勘違いしているのかもしれない。

 大前提から間違っていたのなら、馬酔木さんも一瞬で気付けるだろうし。


 じゃあそれは何だ?


 例えば……恵梨香ちゃんはそもそも、いじめられていない、とか。


 いや、そんな訳ないか。

 だって実際に恵梨香ちゃんがいじめられていたから、私は………………。


 ………………………………………………………。


 ………………………………あ。



 ――瞬間。

 全てが、繋がった。



 繋がってしまった。



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