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【第23話】仮面を被ってない人はいない



 陸上部に入部してから約一週間後の水曜日。


 放課後の、三階の空き教室。

 そこで、私はとある生徒と向き合っていた。


 彼女の名は馬酔木(あせび)吹乃(ふきの)

 恵梨香ちゃんをいじめている張本人、と思っていた人だ。



「それで。こんな所に呼び出して、何の用かしら」


 紅葉ちゃんによってここに連れて来させられた馬酔木さんは、早速私に悪態をついた。


 ちなみに紅葉ちゃんは、ここに着いたと同時に「部活に行ってきまーす!」と、元気よく走って行ってしまった。

 一方の馬酔木さんはというと、何だか機嫌が悪そうだ。

 早く本題に入った方が良さそうだな。



「じゃあもういきなり聞いちゃうんだけど、何で馬酔木さんは恵梨香ちゃんをいじめてるの?」


 その言葉を受け、馬酔木さんは眉をピクリと動かした。


「ただ花咲さんが気に入らないから、いじめているだけよ」

「『いじめているだけよ』? 普通のいじめっ子ってこういう時、あれはいじめじゃなかっただとか、友達同士のイジリだとかぬかすものなんだけど。随分とまあ、素直に認めるんだね」

「事実を言ったまでなのだけれど。言葉尻を捕らえて遊ぶためだけに呼んだのなら、つまらないから帰るわね」


 そう言って馬酔木さんは、教室の扉の方に向けて歩き出そうとする。


 だが馬酔木さんはきっと、次の言葉を聞いたら立ち止まざるを得ない。


「ねえ、馬酔木さん。何で、恵梨香ちゃんをいじめろ、なんてくだらない命令に従ってるの?」


「なっ――!」


 私の言葉を聞き、馬酔木さんはハッと驚いた顔で振り返る。


 そしてそのまま、私に向かってズカズカと詰め寄って来た。


「どうしてそれを!」

「へぇー、やっぱりそうなんだぁ」

「……っ!」


 馬酔木さんの言葉を聞いて私がニタリと笑うと、馬酔木さんの表情が凍り付く。



 やはり、そうだった。

 そうであってしまった。

 今この瞬間、私の推測は確信に変わった。


 その確信とは。

 馬酔木さんは誰かに、恵梨香ちゃんをいじめろ、という命令を受けているということ。

 そしてその命令に、馬酔木さんはなぜか素直に従っている。


「……あなた、どこまで知っているの」


 その言葉と共に、馬酔木さんは険しい目で私を睨む。


「さあ? どこまで知ってると思う?」

「……」


 微笑みながら質問に質問で返すと、さらに険しい目で睨まれた。

 そんな馬酔木さんの顔の変化も気にすることなく、私は会話を再開させる。


「先週の昼休み、馬酔木さんが恵梨香ちゃんを庇うようにクラスメイトと口論してるの聞いちゃってさ。あれ、誰が見ても、馬酔木さんは恵梨香ちゃんのことが嫌いじゃないって分かるよ」


 じゃあなぜ、嫌いでもない人をいじめるのか。

 その問いを考えるには、編入して間もない私には情報が少な過ぎた。


 だから、紅葉ちゃんに様々なことを聞いた。

 馬酔木さんのこと。恵梨香ちゃんのこと。中等部でのこと。いじめのこと。

 パズルのピースを埋めるように、情報を一つ一つつなぎ合わせ、未完成のパズルのボードを埋めていった。


 そして情報を繋げるうちに、重要なピースである、いじめの原因というものが見えて来ないことに気付いた。

 恵梨香ちゃんが何かをしたとか、馬酔木さんが何かをされたとか、そういうことはない。

 いつの間にか、恵梨香ちゃんが馬酔木さんにいじめられていたらしい。


 もちろん、いじめに理由なんて無いことも沢山ある。

 妬みとか、ただ気に入らないから、というだけで残虐な行為に及ぶこともあるだろう。


 しかし、これまでの情報を整理するに、馬酔木さんは人格者だ。

 クラスメイトや教師の人望は厚く、紅葉ちゃんも『ふきのんは人をいじめるような人じゃないよ』と言っていた。


 いや、人格者だからこそ裏では残酷な一面を持っているかもしれない。

 そんな考えもあった。


 しかしながら、そういう人は決して、表にその面を出すことは無い。

 誰にも咎められないように、誰にも見えない所で虐めに及ぶだろう。

 そうしないと、せっかく作り上げて来た良い評判が台無しになってしまう。

 だから、他人にバレないように恵梨香ちゃんをいじめていないとおかしい。


 にも関わらず、馬酔木さんが恵梨香ちゃんをいじめているのを、不自然なくらいに皆が知っている。

 恵梨香ちゃんがいじめられっ子という立場にぼんやりといる訳ではない。

 馬酔木さんが恵梨香ちゃんをいじめている、という構図が、クラス内に明確に描かれているのだ。


 まるで、恵梨香ちゃんはいじめられっ子だよ。

 そしてそのいじめっ子は馬酔木さんだよ、とクラスメイト全員に言い聞かせているようだった。

 不自然極まりない。


 いじめの内容にしても、分かりやすい場所に物を隠す、グループワークでハブる、などと稚拙なものが目立つ。

 馬酔木さんが本当にいじめたいと思っているのなら、もっと残酷なこともできるだろう。


 なんでこんな、いじめと呼ぶには幼稚とすら言えてしまうような行為しかしないのだろうか。

 まるで、嫌々いじめています、というのをアピールしているようにすら感じられる。

 それがどうにも納得できない。



 私はずっと、パズルのピースが足りないから、欠けたピースを埋めようと考えていた。

 しかしいくら考えても、パズルのピースが埋まるどころか、逆にピースが余っているような感覚さえあった。


 だから、もしかしてそもそものパズルのボードが違う物なんじゃないか、と考えた。

 その思考の末に、この結論に至った。


 本当は馬酔木さんがいじめの主犯じゃないのでは、と。


 自分でも馬鹿な妄想だと思った。

 そんなの、一体誰にメリットがあってやるんだ、と。



 ……そう、誰かにメリットがあるんだ。


 馬酔木さんがいじめることで。

 恵梨香ちゃんがいじめられることで。


 ――誰かが得をしている。



「ってなると、馬酔木さんは誰かに命令されて恵梨香ちゃんをいじめてるんだよね? なんでそんなのに素直に従ってるのか分かんないけど、誰にやらされてるの?」


 ここで私が、そんなくだらないいじめとか止めなよとか言うのは簡単だ。

 しかし、馬酔木さんが嫌々従っている以上、何かしらの従わざるを得ない理由があるはずだ。

 弱みを握られているのか、交換条件で馬酔木さんにもメリットが発生するのか。

 どちらかは分からないが、今は確かめる必要は無い。


 最も重要なのは、誰が、馬酔木さんに命令を下しているかだ。

 それが分かりさえすれば、後はどうとでもできる自信がある。


「もし馬酔木さんが、やりたくもないいじめを無理矢理させられてるんだったら、私はきっと助けてあげられる。だから、誰に指示されているのかだけでも教えて」


 馬酔木さんの目を見て、心に訴えかける。

 これで少しでも揺れてくれるのなら、分かってくれるはずだ。


「……無理よ」


 しかし、返って来たのは拒絶の言葉だった。


 目を伏せ、諦めたようなその言葉に、私はたまらず聞き返す。


「どうして?」

「…………」


 対する馬酔木さんは、唇をキュッと結び押し黙ってしまった。

 何か口に出せないことでもあるのか、言うべきことを選別しているのか。


 待つこと十数秒。

 やっとの思いで馬酔木さんの口から出て来たのは。



「――あなたは、勘違いをしている」


 そんな言葉だった。



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