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【第22話】壁ドンの語源は2つある


 色々と思考を巡らせているうちに、気付いたら六限目が終わり、帰りのホームルームも終わりに差し掛かっていた。


「はいじゃあホームルーム終わりー。お疲れさよならー」


 そう気だるそうに、担任が帰りのホームルームの言葉を締める。


 すると教室内の生徒達がぞろぞろと席を立ち、放課後に向けて各々が行動を始め、騒がしくなる。


 その喧騒を聞き流しながら、荷物をまとめる。

 部活も委員会にも所属していない私は、本来ならここで真っ直ぐ帰宅する。

 恵梨香ちゃんも奈津菜ちゃんも帰宅の準備をしているから、それについて行く形になるだろう。


「果凛ちゃん、一緒に帰るよね?」


 隣の席に座る恵梨香ちゃんは、それが当然かのように聞いてきた。


 その言葉に内心嬉しく思いつつも、残念ながら今日は一緒に帰ることができないので、断るしかない。


「ちょっと予定ができちゃったから、今日は別々に帰ることにするよ。ごめんね、恵梨香ちゃん」

「え、あ、いや、大丈夫だよ! こちらこそごめんね、急だったよね」

「そんなことないよ! 明日は一緒に帰ろうね!」

「うん、わかった。ありがとう」


 恵梨香ちゃんにそう断りを入れてから、教室を見回してある人物を探す。


 すると、その人はすぐに見つけられた。

 満面の笑みを浮かべながら、ルンルンと鼻歌まじりにスキップして、教室を出ようとしている。


 部活に行くのがそんなに楽しみなのかな。

 と頭の中で呟きながら、鞄を持ち席を立った。


 急いで廊下に出て、その人の後をこっそり追いかける。

 一応、なるべく人目に付かない場所で声をかけることにしよう。




 高等部校舎とグラウンドの間に建つ、屋外部活の部室棟。

 そこに陸上部の部室があることは、昨日の恵梨香ちゃんの案内で教えてもらった。


 ここらへんなら人通りも少ないし、不特定多数の人に見られる心配もないだろう。

 ターゲットが部室の中に入ってしまう前に、声をかける。


「もーみーじーちゃんっ」

「ん?」


 背後から呼び止めると、紅葉ちゃんは頭にハテナを浮かべながら振り返った。

 そして私の姿を確認した瞬間、紅葉ちゃんの顔はスポットライトに照らされたように、パアっと明るくなった。


「りんりん!」


 紅葉ちゃんは私の名前を大きな声で呼ぶと、まるで飼い犬が飼い主の所へ駆け寄ってくるように、小ジャンプ繰り返しながら近付いて来た。



 そう。

 馬酔木(あせび)さんと仲が良くて、私の頼み事を何でも聞いてくれそうな人とは、紅葉ちゃんのことだ。


 紅葉ちゃんが体力テストの時に零していた、『ふきのん』という人物。

 馬酔木吹乃をもじってふきのん、と呼んでいると見て間違いないだろう。

 この学年に、他に『ふき』という名前を含む生徒は他にいないことは、五時限目と六時限目の間の休み時間に、昇降口前のクラス表で確認済みだ。


 紅葉ちゃんと馬酔木さんが、実際にどれくらい仲が良いのかは分からない。

 だが、紅葉ちゃんと馬酔木さんの関係性がどんなものでも、馬酔木さんという人物像を膨らませることはできるはずだ。


「どうしたの、りんりん! 陸上部に入る気になってくれたの!?」

「えっとね、そのことについてなんだけど、ちょっと二人で話さない?」

「うん! 話す話す!」


 何か、小型犬みたいで本当に可愛いな。

 尻尾をブンブンと振っている幻覚が見える。


「じゃあここで話すのもアレだから、移動しよっか?」

「それなら部室来なよ!」

「いや、それは他の部員に迷惑になっちゃうんじゃ……」

「部員は私だけしかいないから大丈夫だよ!」

「……紅葉ちゃん一人なの?」

「うん! 元々高等部の先輩が三年生しかいなくて、今年卒業しちゃったから私一人になっちゃった!」

「そうなんだ……同級生も、一人も入らなかったの?」

「うん! 後輩なら部員はいるんだけど、中等部と高等部で部室は別なの! だから今の部室は私しか使ってないよ!」



 その紅葉ちゃんの言葉に若干気圧されたまま、陸上部の部室へと促される。


 入室した部室は、一言で表すと無機質だった。

 床は何かが敷かれている訳でもなく、壁にも何も掛かっていない。


 部室というのは、先輩達が代々私物を飾って放置してあるもので溢れていると思っていた。

 学校や部活によってルールに違いがあるのかもしれないけど、この陸上部の部室では私物の持ち込みが禁止されていたのかな。

 そう思うくらいには、何も無い部室だった。


「それで! 入部してくれるんだよね!」


 部室に入るなり、すぐに紅葉ちゃんはすごい剣幕で私に迫って来た。


「ふんす!」

「お、落ち着いて、紅葉ちゃん」

「わかった! 落ち着いてるよ! で! 陸上部! どうかな!」


 どう見ても落ち着いていない紅葉ちゃんから、一歩距離を取る。

 もう少し下がりたかったが、壁に背中が当たってしまった。


 そんな状態を知ってか知らずか、紅葉ちゃんはさらに二歩進み、私に壁ドンをする形で追い詰めて来た。


「もう逃げられないよ!」

「最初から逃げるつもりはないけど……」

「え! つまり入部してくれるってこと!?」


 紅葉ちゃんの目がパアっと輝いたところで、私は壁ドンをしている腕の下を潜り抜け、もう一度距離を取る。


「結論から言うとそうだけど、色々と条件――」

「ホントのホントのホントに!? 入部してくれるの!?」


 入部の条件について言おうとした瞬間に、ダンッ、とまた紅葉ちゃんに壁ドンされる。


 私はすかさずに壁ドンの腕をまた潜り抜け、今度は三歩ほど距離を取る。


「ただ入部するだけじゃなくて、その前に紅葉ちゃんにやってもら――」

「つまり入部してくれるってことだよね!?」


 もう一度条件を言おうとしたら、またもや接近を許し、ダンッ、と壁ドンされてしまった。


 もしかしてこれ、壁ドンをされながらじゃないと会話してくれない……?


 そんな思いが一瞬頭を掠めつつ、今一度、壁ドンの腕の下を潜り抜け、紅葉ちゃんと五歩ほど距離を取る。

 不覚にも、部室の角まで来てしまった。


 そして紅葉ちゃんは私に追随するように、またもや壁ドンしようと近付いて来る。

 今度こそは回避しようと、紅葉ちゃんの動きを捉えてサイドステップを繰り出そうとした。


 しかし、紅葉ちゃんは身体を床すれすれまで落とし、とてつもないスピードで私に肉薄する。

 あまりの速さに驚愕した私は、一歩も動くことができずに、また紅葉ちゃんに壁ドンをされてしまった。


「ちょっとりんりん! 逃げようとしないでよ!」

「逃げようとはしてないよ!? 普通に会話しようとしてるだけ!」

「じゃあわざわざ逃げなくてもいいよね!」

「それならわざわざ壁ドンしなくてもよくない!?」


 そう言って私はまた、腕の下を潜り抜けようとした。


 しかし腕の下にはなんと、紅葉ちゃんの足があり、私の侵入を阻んでいた。


「なっ――」

「ふふん! 逃げようとしても無駄だよ!」


 すかさず逆側に逃げようとして、反対の腕の下を見る。

 するとそこにも、紅葉ちゃんの足が逃げ道を阻んでいた。


「なんて恰好を……!」

「参ったか!」


 今の紅葉ちゃんは、まさしくセミだ。

 木にへばりつくセミのように、両手両足で壁に引っ付いている。

 どう見ても、麗しき女子がとっていい体勢ではない。


 そしてその痴態に、私も巻き込まれている。

 セミの恰好で勝ち誇っている紅葉ちゃんの股の間に、私がすっぽりと収まっているのだ。

 紅葉ちゃんのスカートの中は丸見えで、中身が目の前にある。

 なにこれ、すごく恥ずかしい。


 今にも股の下を潜ってでも脱出したいが、そんなことをしていてはいつまでも話が進まない。

 観念して、この状態で話し合うとしよう。


「で! 入部してくれるってことでいいんだよね!」

「うん、するよ」

「やっっっ――」

「ただし」


 紅葉ちゃんが『やったー』と言い終わる前に、言葉を被せた。


 ゆっくりと視線を合わせ、優しい声音で語り掛ける。


「二つ条件があるよ」

「条件?」

「うん。まず、部活は二日に一回しか参加できない」

「ええー! そんなあ!」

「ごめんね。これでも最大限の譲歩なの」


 そう言うと、紅葉ちゃんは下げた眉をパッと上げて、少し下手な作り笑いを浮かべた。


「ううん! それでもすっごく嬉しいよ! ありがと、りんりん!」


 本当は毎日誰かと一緒に練習したいだろうに、それでも嬉しいと喜んでくれる。

 良い子だな、紅葉ちゃんは。

 一人で練習するのは、想像以上に寂しいだろう。

 諸々が終わったら、私も部活勧誘を頑張ってみるか。


「そして、二つ目の条件は……」

「……ごくり」


「――中等部までにこの学校であったこと、全部教えてね」



 この日。

 私は、最も怪しくない(・・・・・)人から、情報を聞き出すことに成功した。


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