【第19話】 友達がドン引きする行動をしてもまずは事情を聞いてあげよう
第二章は第一章と併せて読むと、より面白くなると思います
この話は第一章第6話、第7話、第8話の桃里果凛視点です
恵梨香ちゃんと共に中央校舎までやって来た。
しかしここまで来たはいいものの、中央校舎の具体的にどこに靴が隠されているかはまだ分からない。
それに実は中央校舎ではなく、別の場所に隠した可能性もゼロじゃない。
だから、二人一緒に探すより二手に分かれて探した方が、効率が良いだろう。
これで無かったらまあ、その時に次の行動を考えよう。
「二人で手分けして探そっか。そろそろお腹減ってきたし、早く見つけて帰りたいでしょ?」
恵梨香ちゃんにそう提案した時だった。
「ぐ〜〜〜」
恵梨香ちゃんのお腹から、返事が聞こえて来た。
確実に今、お腹の音で返事を返された。
「「…………」」
こ、これはリアクションに困る。
ある程度仲が良かったら、「ちょっとお腹で返事しないでよー」とか言えるかもしれない。
でも、私達は出会って初日だ。
いくら今日仲が深まったからって、初対面には変わりない。
そんな軽いノリでツッコめる訳が無かった。
それに、恵梨香ちゃんは恥ずかしがり屋さんだと私は思っている。友達が少ないことを知られたくなかったぐらいだし。
そんな恥ずかしがり屋さんに、お腹の音を指摘なんてしたら、また逃げられてしまうかもしれない。
うん、決めた。
聞こえなかったフリをしよう。
「ま、まあ別にお腹は減ってないですけど、桃里さんも早く帰りたいですよね。そうしましょ――」
「ぐぐぅ〜〜〜〜〜」
恵梨香ちゃんが何か変な言い訳をしようとした瞬間、またお腹が鳴った。
今まで聞いたことがないくらい、大きいお腹の音だった。
「「…………」」
これは、無理だ。
こんな大音量、聞こえないフリをしたら逆に気を使われた、と思わせて傷付けてしまうかもしれない。
いやしかし、ここでリアクションを取って恵梨香ちゃんに大ダメージを負わせてしまったら、もう立ち直ってくれなくなるかもしれない。
傷心のあまり、私に泣きついてくれるかも。
それはあまりにも可愛……可哀想だ。
私は恵梨香ちゃんを助けるって、決めたばかりじゃないか。
ならここは、恵梨香ちゃんのダメージが小さい方を選ぶべきだ。
うん。私は気付いてない。気付いてないったら、気付いてないんだ。
恵梨香ちゃんのお腹から音なんて、出てなかった。
「じゃあここからは別行動だね。私が一階を探すから、恵梨香ちゃんは二階を探してきてね」
「了解です」
……久しぶりに変な汗が出た。
***
恵梨香ちゃんと一旦別行動になり、一人で恵梨香ちゃんの靴を探していく。
恵梨香ちゃんの靴の色とかを聞くのを忘れてしまっていたが、まあ不自然に靴が落ちていたら十中八九それだろう。
食堂は閉まっているし、職員室には馬酔木さんは入らなかったみたいだし、おそらく廊下のどこか。
トイレの中の線もあるけど、職員室の横のトイレに靴が置いてあったら、先生が見つけてしまう可能性が高い。
それが嫌がらせで隠されていたものとなれば、大問題に発展してしまうだろう。
そんな簡単な見落としをする人がいるとは思えない。
それに恵梨香ちゃんはさっき、隠された物はいつも見つけやすい場所にあったと言っていた。
そして、私達が学校案内中に気付かなそうな場所。
それらを踏まえて考えると、必然的にある場所へと辿り着く。
「やっぱここにあったか」
掃除ロッカーの中。
そこに、一足の靴が綺麗に揃えて置いてあった。
「よし、じゃあ早速二階の恵梨香ちゃんの所に持っていくか」
そう考え、廊下を引き返そうと振り返った時。
「あれ、桃里さん?」
「あ、雪下ちゃんだ」
恵梨香ちゃんの幼馴染の、雪下ちゃんがいた。
生徒会の仕事があったとか言っていたけど、こんな場所に何の用だろう。
「どうしたの? こんな所で」
「桃里さんこそ、何やってるの?」
質問を質問で返されてしまった。
「いやー、恵梨香ちゃんの靴が誰かに盗まれちゃったっぽくてさ。それで二人で手分けして探してたんだよね」
「恵梨香ちゃんって……いつの間に名前呼びするようになったんだね」
「え? ああいや、私が勝手に呼んでるだけなんだけどね。恵梨香ちゃんからはまだ桃里さん呼びだよ」
「ふふっ、そっか」
そう言うと、雪下ちゃんは軽く口角を上げて微笑んだ。
「あ、じゃあ私も雪下ちゃんのこと奈津菜ちゃんって呼んだ方がいい?」
「うーん、別にどっちでもいいよ」
「それなら、これからは奈津菜ちゃんって呼ぶね!」
「わかった。よろしくね、桃里さん」
「あれ?」
私のことは果凛って呼んでくれないのか。
今の、そういう流れじゃなかったかな。
「あと、その靴、えりちゃんので間違いないよ」
「え? あーやっぱりそうだったんだ。ありがとう。恵梨香ちゃんに渡してくるよ」
「私もついて行くね」
そういう訳で、今度は奈津菜ちゃんと行動を共にすることになった。
奈津菜ちゃんと並んで歩く。
恵梨香ちゃんは二階で靴を探しているから、階段を上るとすぐに見つかるはず。
恵梨香ちゃんどこにいるかなーと思いながら、階段を上り右に曲がる。
するとそこに見えたのは、衝撃の光景だった。
――それは、恵梨香ちゃんが男子トイレに入ろうとする瞬間だった。
自分の目を疑った。
いくら他に人がいないからって、恵梨香ちゃんがそんなことをする人だったとは……。
「え、恵梨香ちゃん……なにしてるの……?」
「えりちゃん……」
目を点にした私達から出たのは、そんな言葉だった。
驚きのあまり固まってしまい、後に続く言葉が出て来ない。
ついでに恵梨香ちゃんも、半歩足を出した状態で石のように固まっていた。
「「「…………」」」
沈黙が流れる。
この学校内で動いているものは何一つ無いのかと思うほど、廊下は静寂に包まれていた。
固まった三人が動けないまま、時は過ぎていく。
しかし、その沈黙を最初に破ったのは恵梨香ちゃんだった。
目を瞑り、諦めたような笑みを零した恵梨香ちゃん。
彼女はその表情のまま、足を力強く一歩踏み出した。
その行動はあろうことか、そのまま男子トイレに入って行こうとするものだった。
「えりちゃん!?」
「恵梨香ちゃん待って!?」
目の前の友人が奇行に走ったことから、反応が一瞬遅れてしまった。
石像のように固まっていた私達は、慌てて恵梨香ちゃんを拘束しようと動き出した。
私が恵梨香ちゃんの腕を掴み、奈津菜ちゃんは胴を後ろから抱き込むように押さえつける。
その間もずっと、恵梨香ちゃんは前へ前へと進み続けようとしていた。
「えりちゃんストップ!」
「恵梨香ちゃん止まっ……うお、力弱っ」
私達が呼び掛けても、恵梨香ちゃんは聞く耳を持たない。
男子トイレへと入ろうとしているが、恵梨香ちゃんの振りほどこうとする力が弱いため、先程から一歩も進めないでいる。
そんな哀れな自分の状態を見かねたのか、恵梨香ちゃんは涙目になりながら息を吸い、大きく口を開いた。
「止めないでよぉっ!」
その一言は、中央校舎全体に響き渡った。
***
半狂乱になった恵梨香ちゃんを廊下の端に連行して落ち着かせてから、しばらく経った。
「あ、そういえばなーちゃんはどうしてここに? 生徒会の仕事終わったの?」
冷静さを取り戻した恵梨香ちゃん(と奈津菜ちゃん)は、会話を続けていた。
しかしその会話に、少し引っかかる部分があった。
「うん。生徒会が終わったからえりちゃんと一緒に帰ろうと思って、探してたら桃里さんと出会ったって感じだよ」
……ん?
何か妙というか、引っかかるな。
今、恵梨香ちゃんの靴箱には、何も入っていないはず。
外靴があるなら、学校に残っていると思ってもおかしくない。
しかし外靴が無かったら、もう帰ってしまうと思うのが普通ではないのか?
さっき、私が恵梨香ちゃんの靴を探していると言った後に、恵梨香ちゃんがまだ校内に残っていると分かるのなら、何も不思議ではなかった。
だが今の発言的には、最初から恵梨香ちゃんを探して中央校舎まで来た、という意味だった。
じゃあ奈津菜ちゃんはどうやって、恵梨香ちゃんがまだ学校に残っていると判断したんだろう。
恵梨香ちゃんが奈津菜ちゃんと連絡を取っていた様子は無かったし、判断できる材料は無いはずだ。
考えられる可能性としては、恵梨香ちゃんが私と別行動になった後に奈津菜ちゃんに連絡した、とか?
奈津菜ちゃんにまだ帰っていないことを伝え、中央校舎にいることも伝えた。
それなら、奈津菜ちゃんの行動にも説明がつく。
でも、それは少しおかしい。
奈津菜ちゃんをここに呼んだ後に、自分から男子トイレに入ろうとするだろうか。
恵梨香ちゃんはその瞬間を、あんなに暴れるほど見て欲しくなさそうだった。
それにも関わらず、奈津菜ちゃんを呼んだ後で、いつ奈津菜ちゃんが来るかも分からない状況で、男子トイレに入るとは到底思えない。
もし奈津菜ちゃんをすでに呼んでしまった後に、男子トイレという可能性が浮かんだのなら、奈津菜ちゃんがここに来た後に、ここに靴があるかもしれないんだけどどうしよう、と相談するだろう。
だから奈津菜ちゃんがこの時間に、恵梨香ちゃんを探していたのは、おかしい。
……いや、そんなことはどうでもいいか。
私は今日知り合っただけだが、二人は幼馴染。
私の知らない所で、連絡とか意思疎通を取っていてもおかしくない。
例えば、帰る時に連絡をする、という約束をしていたとする。
そしたら、まだ連絡していない恵梨香ちゃんを探し回る奈津菜ちゃんが、中央校舎でたまたま私と遭遇する、という構図は簡単に出来上がる。
だから、ここまで疑うのは良くない。
悪い癖が出てしまった。
とりあえず今は、変に疑心暗鬼にならないようにしよう。
これじゃ中学の時の二の舞になってしまう。
心機一転して、高校では楽しむことに努めよう。
なんて言ったって、私は今日入学したんだ。入学初日に友達もできた。上出来だろう。
前みたいに全てを疑ってばかりでは、何も変わらない。失うことを繰り返すだけだ。
ならこれからは、友達を信じよう。
高校生になって、私は変わるんだ。
中学の時のような失敗を起こさないように。




