【第18話】 相手のキャパは自分の数倍小さいと思おう
第二章は第一章と併せて読むと、より面白くなると思います
この話は第一章第5話の桃里果凛視点です
恵梨香ちゃんはすぐに見つかった。
高等部校舎一階の、そう遠くない場所で息を切らしていた。
もう長い間、目を閉じている。息を整えているだけなのか、涙を堪えているのか分からないが、今のうちに近付いておこう。
足音を立てないように近付いた後、恵梨香ちゃんはゆっくりと目を開けた。
「よし、じゃあそろそろ靴を探し始めないと──」
良かった。泣いていた訳じゃなかったんだ。
私とは違って、恵梨香ちゃんは強い子だな。
「へー、靴探しがやらなきゃいけないことなの?」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!?!??!」
あ、またやっちゃった。突然耳元で声を出したからか、必要以上に驚かせてしまった。
朝にもこんなことがあったな。
恵梨香ちゃんを落ち着かせた後、話を聞こうとした。
しかしやはりと言うか、恵梨香ちゃんは冗談を言いながら、はぐらかそうとしている。
どうしてもいじめられていることを、私に悟られたくないみたいだ。
だけど、私は追求することを止めない。
隠したい恵梨香ちゃんには悪いけど、このまま見過ごすことなんてできるはずがない。
だから、私は言うんだ。
「何があっても、必ず助けるから」
あなたを、いじめという底無しの闇から引っ張り上げるために。絶望の苦しみから解放するために、手を伸ばす。
恵梨香ちゃんは何かを考えるように、目を伏せた。
そして十数秒の沈黙が流れる。
いくらでも待っていい。
そう思いながら手を差し出し続けていると、恵梨香ちゃんが口を開いた。
「…………私を……助けてください」
掠れた声で絞り出たのは、そんな言葉だった。
遠慮がちに伸びて来た手を、私は強引に掴み、引っ張り上げる。
「うんっ! 任せて!」
掴んだ手は、震えていた。
***
近くの教室に移動し、お互いの顔が見えるように向き合って座る。
真正面に座っているから、恵梨香ちゃんの顔がよく見える。
その顔に、私はどこか既視感を覚えた。
先程の恵梨香ちゃんは、助けを求めた声も、掴んだ手も震えていた。
だから、恵梨香ちゃんがどんな思いでいじめを耐えて来たのかは想像がつく。
死にたくなるほど辛かっただろう。
それでも頑張って耐えて、元気を取り繕ってでも過ごして来た。
…………まるで、自分を見ているみたいだった。
私は失敗してしまったけど、恵梨香ちゃんはまだ失敗していない。
これから巻き返すチャンスは、まだある。
まだ救われる未来があるんだ、この子には。
しばらく待っていると、恵梨香ちゃんがいじめられていることを、ポツポツと話し始めた。
「中等部に入学して、最初は皆仲良く、って感じで友達が多かったんですけど、しばらくしたら段々と友達が離れて行きました……今はもう、なーちゃんしかいません」
入学当初は、今のように恵梨香ちゃんは孤立していなかった。
しかし周りから少しずつ、クラスメイトが減っていってしまったということか。
普通に考えたら、恵梨香ちゃんの素行が問題で周りの人達が引いて行った、と見える。
確かに恵梨香ちゃんは、もう既におかしな所が見え隠れしているけど、クラスメイト全員に嫌われる程ではない。
だから恵梨香ちゃんの素行以外の、外的要因が何かあったのではないだろうか。
「どうして離れて行ったのかは分かる?」
「それが……本当に思い当たる節が無くて……」
原因もきっかけも分からないか。
恵梨香ちゃんが自分のしたことを忘れている可能性もあるが、恵梨香ちゃんの行動が原因じゃない可能性もある。
ただの嫉妬でいじめとか、沢山あるしね。
私がそう考えている間も、恵梨香ちゃんは話し続ける。
「……それからしばらくしたら、物を隠されたりするようになりました」
物を隠される、か。
まさに今の、靴を盗まれている状態だろう。
「隠された物がズタズタに引き裂かれたりとかは?」
「それは、されたことは無いです。本当に隠すだけでした」
……あれ。
教科書が破かれていたり、靴が捨てられていたりとかではないんだ。
恵梨香ちゃんの言ういじめは、私の知っているそれと少し違うように思えた。
他にも恵梨香ちゃんは、グループワーク等で仲間外れにされたりとか、修学旅行で一人ぼっちにされたりしたことを話してくれた。
しかしそれは、私の知っているいじめとは全くの別物だった。
殴る蹴るはもちろん、真冬に冷水をかけられたり、ご飯に虫を入れられたりはしていない。
つまり、直接的な攻撃が無い。
物を隠す、仲間外れにする。
いじめの種類としてはこのくらい。
どれも物理的なものではなく、恵梨香ちゃんを精神的に追い詰めるものばかりだ。
言ってはなんだが、女子校のいじめにしては拍子抜けだ。
もっと酷いものを想像していた。
現状クラスで誰も恵梨香ちゃんに近付かないくらいだから、声を掛けるのも躊躇われるくらいのことをされているのかと思っていた。
しかし実情は違うみたいで、恵梨香ちゃんのいじめは、そう大したものでは……。
いや、やめよう。
いじめに大きいも小さいも無い。
悪意を持って人を傷付けた時点で、全て等しくいじめなんだ。
そして恵梨香ちゃんは、それに深く傷付いている。
これは、立派ないじめ。この世から消えて無くなるべき、いじめだ。
……それでも何か、きな臭い。変な感じだ。
このいじめは、私の知る『それ』とは違う。
いじめとはまた別の思惑が介入している気がする。
それに、いじめの目的が全く見えない。
物を隠すだけ。グループワークでハブるだけ。
そんなものでは、恵梨香ちゃんの反応を楽しむことも、実行犯が愉悦に浸ることもできない。
じゃあ一体何のために、わざわざ物を隠したり孤立させたりしているのだろうか。
それの、何が楽しいのだろうか。
それをして、何のメリットがあるのだろうか。
「…………」
まだ何か、推察するための必要なピースが欠けている。
見えない『何か』が、まだある。
しかしそのピースはまだ掴めそうになく、どこにあるのかも分からない。
……まあ今はまだ、欠けたままでもいいか。ピースが揃ってから考えても遅くない。
そしてそう遠くない未来で、欠けた『何か』はきっと見つかるはず。
だから今は、やるべきことをやる時間だ。
「よし、とりあえず事情はわかったし、私も靴を一緒に探すよ! さあ恵梨香ちゃんも立って! 早く探しに行くよ!」
「あ、えっ、は、はいっ」
恵梨香ちゃんの手を取り、教室を出る。
向かう先は、もう決めている。
中央校舎。
そこに、恵梨香ちゃんの靴は隠されている。