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【第1話】 寝坊ギリギリに起きた時は意外と間に合う



 ――誰かに呼ばれた気がした。



 重い瞼を、ゆっくりと開ける。


 眼前には、開けっぱなしの窓のせいで緩やかになびくベージュ色のカーテン。

 波のように揺らめく布と一緒に運ばれるのは、心地の良い春のそよ風。

 温かい日差しと空気が私の頬を優しくなぞって行く。


 晴れやかな朝の歓迎に気分が良くなったので、もう少し視界を移動させてみる。


 寝起きのぼんやりとした世界から見えたのは、普通の部屋だった。

 色が統一されているわけでもなく、家具や配置にこだわりがあるわけでもない。

 部屋の隅には、もう使わなくなった中学時代の教科書やプリント類。

 ベッドには沢山のぬいぐるみ。

 

 統一感は無いが、雑多というまででもない。

 なんて平凡な部屋なんだろう、と思った。

 よく考えてみたら、ただの私の部屋だった。


 どうやらまだ半分、夢の中を漂っているらしい。



「うーん……」


 まだ起きたくない。

 あとちょっと、目を瞑るだけなら大丈夫……。


「恵梨香ー?」


 そう思っていると、階段の下からいつものように私を呼ぶお母さんの声がした。

 だから私はいつものように、その声を聞き流す。


「恵梨香ー!」

「んー……」


 二度目の呼び出しだ。

 しかし私は当然の如くそれを無視する。


 するとドアの向こうから、ドスドスと階段を上る足音が聞こえてきた。

 当然そんな音も気にしないで、半覚醒状態を手放し無意識の沼に入ろうとして……。


「恵梨香! もう奈津菜ちゃん来てるわよ!」

「ぅわっ!?」


 バンッ、と勢いよく開かれたドアと共に、お母さんは大声で私のことを起こしにかかる。

 そして、私がビックリして起きたことを確認すると、すぐに1階へと階段を下りて行った。


「……」


 よし。二度寝するか。


 そう思い、頭の上まで毛布を被る。


 そのまま愛しの安眠に……入る前に、一応時計だけ見ておく。

 あとどれくらいの時間眠れるのかを確認することも、快適な二度寝を行うには必要な行為だ。


 枕元に置いてあるスマホを軽く叩き、ロック画面に映る時計を見る。

 そこには、7時20分と表示されていた。


 うん。これならあと10分は寝られる…………ん?


 その時。

 ふと、昨日の幼馴染との会話がフラッシュバックした。


『明日は入学式だから、いつもより早めの時間に集合しよ。7時30分にえりちゃん家の前で集合でどう?』

『いいよ! 7時30分ね!』

『ふふっ、ちょっと早いけど、えりちゃん起きられるかな?』

『そのくらい余裕だよ! もしかして私のこと寝坊助だと思ってる?』



 そうだ。

 今日の集合時間は7時30分だった。


 そして今の時間は……7時20分。


「やば」


 寝坊。


 その二文字が浮かんだ瞬間、急速に頭が冴え、ベッドから飛び起きた。


 さすが、なーちゃんだ。

 私が寝坊することを見越して、早めに迎えに来てくれるとは。

 そのファインプレーが無ければ、お母さんが直接私を起こしに来ることはなく、今頃はまだ夢の中だっただろう。


 私のことを知り尽くしているとは、伊達に長年幼馴染をしてないな。


 しかし、状況はマズい。

 なんせ私は寝起き30秒。


 タイムリミット10分以内で、顔を洗い、歯を磨き、制服に着替え、朝食を食べ、ボサボサの髪を整えて、最低限人にお見せできる姿にしなければならない。


 出来るだろうか? この私に。

 

 出来るわけがない。


 予定変更。

 この際、朝食はカット。

 ボサボサの髪も、登校中なーちゃんに櫛で梳いてもらおう。

 それならなんとか間に合いそうだ。



 顔を洗い、歯を磨きながら制服に袖を通す。

 今日から華の女子高校生だというのに、ブレザーは中学三年間共にした相棒と同じデザインのまま。

 新鮮味というものが全くない。


 スカートは高等部から色が変わるのだが、逆に言えば色が変わるだけ。

 こちらも新鮮味というものは無きに等しい。



「よし」


 服装バッチリ。持ち物オッケー。髪はボサボサ。

 準備完了。


 現在の時刻は7時29分。

 ギリギリ間に合った。


「行ってきまーす!」

「恵梨香ー! 朝ごはんはー?」

「ごめん! 今日はいらない!」


 リビングから摂食中枢を刺激する香ばしいパンの香りが漂って来たせいで、お腹がぐいぐいと引っ張られた。

 しかしそれを断腸の思いで無視して、玄関から飛び出す。



「おはよ! ごめんねなーちゃん! 待たせちゃった!」

「おはよう。こっちこそごめん。寝坊してるだろうなと思って、早く来ちゃった」

「いやほんとその通りでございました。ありがとうございます」


 私の幼馴染は、家の門の前で優雅に立っていた。

 その佇まいはまるで、絵画の中から出て来たお姫様だ。


「あっそうだ、今日も髪お願い!」

「ふふっ、はいはい」


 折りたたみ式の櫛を渡すと、慣れた手つきで私の髪を整えていく。


 鼻歌混じりに私の髪を櫛で梳いているのは、なーちゃんこと雪下ゆきした奈津菜なずな

 私のかけがえのない親友であり幼馴染だ。


 美しい白い髪に、透明感のある新雪のような白い肌。

 透き通った手足に、黄金比のように綺麗で整った顔。


 成績も優秀で、常に学年トップの成績を収めている。

 おまけに運動能力も高く、誰にでも優しい聖人と来たものだから、実は創作の中から出て来たお姫様と言われても違和感は全く無い。

 むしろ、そんな完璧超人が現実にいていいのだろうか。


 まあ、お姫様という表現はあながち間違ってはいない。

 なーちゃんのお父さんは大企業の社長さんで、すごい人らしい。

 ……もう根本的に、人としての何かが違うんだろうな。遺伝子とか。



 そんな、私みたいな哀れな人間が一生関われないであろう高嶺の花のような存在が、たまたま幼馴染なだけの私と一緒にいてくれる。


 そんな事実に萎縮してしまう反面、有難くも思っている。

 なーちゃんという存在には、幾度となく助けられ続けてきたから。



「いつもありがとうね」


 その言葉は、自然と出ていた。


「ふふっ、こちらこそ。はい、髪できた。今日もえりちゃん、すごく可愛いよ」


 私としては違う意味での感謝の言葉だったけど、なーちゃんには髪を整えてくれたについてと捉えられてしまったようだ。

 まあ、わざわざ訂正することでもないか。


「えへへ。なーちゃんこそ世界一可愛いよ」

「何言ってるの。世界一はえりちゃんでしょ」


 そんな他愛もない会話で笑い合いながら、いつもの道を並んで歩く。


 家から学校までは徒歩30分くらい。

 通学路の途中にある長い並木道の木は全て桜の木で、入学式の今日は満開だった。


 私はこの時間が好きだ。

 通学中の、自分たち以外他に誰もいないと錯覚してしまうようなこの時間が。


 ずっとこんな風に喋ったまま歩いて、学校に着かなければいいのに、なんて思ってしまう。


 ――いじめられるくらいなら、学校になんて行きたくない。



︿ ﹀︿ ﹀︿ ﹀︿ ﹀︿ ﹀



 私立蕾ヶ丘学園。

 東京にある中高一貫の女子校ということで、周囲からはお嬢様学校と言われている。

 しかし実際はどこにでもある普通の学校で、特段珍しいことは何も無い。

 ただの中高一貫の女子校だ。多分。


 今日は4月最初の登校日。

 つまり入学式だ。

 と言っても、中高一貫校だからなのか、親や来賓が来たり盛大な式が開かれるわけではない。

 粛々と始業式みたいな式が執り行われるだけだ。


 そして入学式には、私にとってとても大切なイベントがある。


 クラス替えだ。


 このクラス替えの結果によって、その先1年間の命運が決まると言っても過言ではない。

 その一大イベントには、勝利条件……いや、達成条件が二つある。


 達成条件一つ目は、なーちゃんと同じクラスになること。


 中等部三年間いじめられた私を支え続け、助けてくれたのはなーちゃんだけだった。

 なーちゃんがいなければとっくに心が折れ学校を辞めていただろう。

 もう、なーちゃんがいない学校生活は考えられない。



 そして達成条件二つ目。


 それは、いじめっ子の馬酔木あせび 吹乃ふきのさんと別のクラスになること。


 こっちの方が願望としては叶えて欲しいものである。


 私は彼女に中等部での三年間いじめられ続けてきた。

 徹底的に私だけを狙い撃ちした嫌がらせを受け、クラスメイトから孤立させられた。

 今はもう学校で話してくれるのは、なーちゃんしかいなくなってしまった。


 何でいじめなんかするんだろう。何で私だけなんだろう。

 そんな疑問は尽きたことが無い。


 とにかく、馬酔木あせびさんと別のクラスになれば、ここまで苦しむことは無くなるはずだ。



 一番良いのは、達成条件を二つとも満たした、なーちゃんと同じクラスで馬酔木さんとは別のクラス、という結果だ。


 そうなる可能性が低いことは分かってはいる。

 だけどもしそうなってくれるのなら、これなら灰色だった学校生活も、きっと色鮮やかで晴れやかなものになってくれるはず。


 最悪なのは、なーちゃんとは別のクラスになって、馬酔木さんとは同じクラスになること。


 うん。そうなったら退学しよう。

 なーちゃんには申し訳ないけど、そんなクラスで耐えられる気がしない。

 今日で辞めてやる。



 重苦しい空気を纏いながら歩道を歩く。


 最初の方はなーちゃんと喋りながら登校していたけど、学校が近付くにつれ私の口数は段々と少なくなり、つられてなーちゃんも喋らなくなった。


 足を動かし続けるだけの機械となった私の頭には、暗い不安しか浮かんで来ない。

 なーちゃんと別のクラスになったらどうしよう。馬酔木さんと同じクラスになったらどうしよう。またクラスで孤立したらどうしよう。怖い。嫌だ。行きたくない。


 そんなことばかり考えているのに、重たい足は着実に学校までの距離を縮めていた。


 そうして歩くこと約20分。

 気が付けば、学校の正門の前に立っていた。

 あと数十歩も歩けば、昇降口近くの掲示板に貼ってあるクラス表に着いてしまうだろう。


 そう思うと、先程まで動き続けていた足は一歩たりとも動かなくなってしまった。


 身体の底からじわりじわりと押し寄せてくる不安は、喉を乾かし手を汗で濡らした。


 そんな時。

 ふわりと、私の手を優しく包む何かがあった。


 驚いて隣を見ると、なーちゃんが私の左手を両手で握っていた。

 きっと急に石像のようになった私を見かねて、励ましてくれているのだろう。


「私が一緒だよ」


 なーちゃんは穏やかな声でそう言うと、私の手を引いて校舎の方へと歩き出した。

 握られた手を振りほどくことなどできるはずもなく、私はされるがままに校舎へと足を進める。


 なーちゃんのおかげで歩き出すことはできたが、まだクラス替えの不安や恐怖を克服できた訳ではない。

 まだ怖いままだ。

 だけど、私には絶対の味方がいる。

 そう思うと、不思議と足は動いた。



 校門を真っ直ぐ進むと、正面に中庭が見えた。

 そこから左手に見えるのが先月まで通っていた中等部の校舎。

 右手には高等部の校舎が中等部校舎と対を成すように建っている。

 そして中庭の奥には、職員室などがある中央校舎があった。


 今日から通うことになる高等部校舎の昇降口の横には、大きな掲示板が設置してある。

 普段は学校行事のポスターやら学内ニュースなどが貼られているが、今日は全面、各クラスの生徒名簿が所狭しと羅列されていた。


 その掲示板の前には、女子生徒達が生徒名簿を眺めてはハイタッチをするなどして盛り上がっているのが見て取れる。


 皆が浮かべる表情には、悲観などの負の感情が一切無い。

 その代わりに、笑顔で満ちていた。

 私とは違ってお気楽で良いなあ、と自嘲する私がより一層惨めに思える。

 本当はただ羨ましいだけなのに。


「えりちゃん、大丈夫?」

「……うん」


 なーちゃんに呼び掛けられ、気が引き締まる。

 いつまでも、うじうじしてはいられない。


 確かに怖いし不安で仕方が無いが、ここで逃げても意味は無い。

 逃げるのはクラス表を見てからだ。

 最悪の結果になったら、逃げればいい。

 その足で職員室に行き、退学届けを出そうじゃないか。


 そう覚悟を決め、バッと顔を上げ、高等部1年のクラス表が羅列されている生徒名簿を見上げる。


 クラスはA〜Dの4クラスで、1クラスあたりおよそ30人。

 つまり合計で約120人の中から、自分の花咲恵梨香という名前を探していく。


「花咲……花咲……花咲……」


 花咲という名前は大体出席番号で20番くらいになることが多いから、出席番号順に並んだ生徒名簿のやや下を順に探す。


 すると、クラス表の一番左。

 1年A組20番の欄に、自分の名前を発見した。


「なーちゃん、私A組だ」


 他のクラス表を見ずに、真っ先になーちゃんに自身の所属クラスを伝える。

 すると、なーちゃんは目を輝かせながら私の方に振り向き、嬉々として言葉を発した。


「え! 私も同じ! A組だよ!」

「ほんとに!?」


 一瞬その言葉が信じられなくて、もう一度1年A組の生徒名簿を見上げ、なーちゃんの名前を探す。

 すると、名簿の下の方に確かに、雪下奈津菜の文字があった。


「また同じクラスだね! えりちゃん!」


 その言葉によって、今まで狭く暗かった視界が急速に広がり、灰色だった世界が色鮮やかなものへと変貌していった。


「やったああ! 高等部でもよろしくね! なーちゃん!」

「ふふっ、元気になって良かった」


 数秒前までの陰鬱な気分が嘘のように消失し、スキップでそこら中を駆け回りたいほどに気分が高揚している。


 これでようやく、私は楽しい学校生活を送ることができる。

 今までのような、虐げられる日々とはおさらばだ。

 これなら、私になーちゃん以外の友達ができる日もそう遠くない。

 いつか羨んだ周りの人達のように、私も自然と笑顔になれる……。


 ――そう、思っていた。



「あれ……? あっ」


 ふと、なーちゃんが声を上げた。


 何か、見てはいけなかったような、見つけてはいけなかったものを見つけてしまったような、そんな声を。


「ん? どうしたの、なーちゃん」


 突然変な声を出すものだから、反射的に聞き返してしまった。

 薄々と、何でそんな声を出したのかは分かっていたのに。今になって、なーちゃんに聞いたことを後悔した。だって、背中が凍てつくような悪寒が急速に私を襲っている。それだけは聞くなと、遅い忠告を出している。知らないままでいたら、まだあと数分はその小さな幸福を味わえていたのにと、嘲笑う声が聞こえる。



 そして、口を開けっ放しのなーちゃんが、言ってはいけないことを言ってしまった。


「馬酔木さんも、同じA組だ」

「えっ……」


 瞬間、背後から鈍器で頭を殴られたような錯覚が襲った。


 その衝撃で血の気が引き、顔が真っ青になる。

 くらくらと酩酊感すら覚える不確かな頭を動かし、もう一度クラス表を確認する。


 すると、A組の一番上の欄に『馬酔木吹乃あせびふきの』という、いじめっ子の名前があった。

 中等部の三年間、私をいじめ続けたいじめっ子の名前が、あってしまった。


「あ、あぁぁ……」


 あまりの絶望に身体が壊れて倒れかける。


「えりちゃん!?」


 地面と衝突する寸前で、なーちゃんが受け止めてくれた。


 しかし、身体の崩壊は止まらない。

 世界は色を失い、視界は狭く真っ暗になってしまった。

 先ほどまでの色鮮やかな世界はもうどこにもない。


 ああ、お先真っ暗だ。

 一寸先も、もう見えない。


 暗闇の中で独り、私は沈んでゆくのだと――目を瞑りかけた時だった。


 突然、そんな真っ黒な世界に一条の光が差した。


「あ…………」


 その光が見えた時、思わず声が零れた。


 とてもか細い、小さな光だ。

 無意識に掴もうとしたが、あと少し届かなかった。

 仕方がないから、身体を起こして光を追いかける。

 すると光も反応したように、とある場所へと向かって行った。



「……行かなきゃ」

「えりちゃん?」


 光を追いかけてクラス表の前から立ち去ろうとした時、なーちゃんに呼び止められた。


「どこ行くの? 教室はそっちじゃないよ」

「ちょっと職員室に行ってくる」

「職員室に何しに行くの?」


 不思議そうな顔をしたなーちゃんの横を通り抜けて、一言だけ伝えておく。


「退学届け出してくる」

「ええ!?」

「今までありがとうございました」


 大変お世話になったなーちゃんにお辞儀と感謝の言葉を告げ、回れ右をして職員室へと歩き出す。


「ちょっと待って!」

「ぐえっ」


 足を踏み出した直後、なーちゃんの羽交い締めによって引き戻される。


「急に何言ってるの!」

「も、もうこれしかないの……」

「ショックなのはわかるけど! 退学は飛躍し過ぎだよ!」

「ぐっ……!」


 羽交い締めによって動きを止められてしまったが、私は進むのをやめない。

 羽交い締めはいつの間にかプロレス技のようなものになって、掴まれた腕が変な方向に曲がりかけているけど、痛みを無視して前へ前へ進もうと私はもがく。


「なーちゃん止めないで! もう退学するしかないの!」

「入学式の前に退学とか前代未聞だよ!?」

「離してぇぇ!!」

「落ち着いて! 皆こっち見てるから! 一回冷静になって!」

「冷静になったら退学なんて馬鹿なことできなくなっちゃうでしょ!」

「馬鹿なことって自覚はあるんだ!?」

「お願いだから離し――」



「……何やってるの」


 公衆の面前でなーちゃんと激しい攻防をしている真っ只中。

 唐突に、声をかけられた。


 妙に耳に残る、澄んだ声。透き通った声。真っ直ぐな声。私のトラウマの声だ。


 嫌な予感がして、正面を見上げた。


「「あ」」


 なーちゃんと短い声が重なる。


 そこには、いま最も会いたくない人物がいた。


 艶のある長い黒髪に、少し鋭い大きな目。

 スレンダーな体型に、クールという言葉が似合う整った顔は、まるでファッション誌の表紙を飾る人気モデルみたいだ。


 彼女の名前は馬酔木あせび吹乃ふきの

 なぜか私だけを執拗にいじめる、いじめっ子だ。



「あ、馬酔木さん……」

「こんな所で騒いでたら迷惑よ。少しは考えなさい」


 ごもっともな指摘を受け、なーちゃんは私を解放し、私は姿勢を正した。

 なーちゃんに固められていた関節がジンジンと痛む。


 そんな私達を尻目に、馬酔木さんはクラス表を眺めた。



「ああ、なるほど」


 私達が騒いでいた理由を察したのか、馬酔木さんはそう呟いた。


 そして用は済んだと言わんばかりに、私を一瞥してから校舎の中に入って行こうとする。



 その途中の、すれ違いざま。

 私の横を通り過ぎる瞬間に、一言。



「可哀想に」



 そう、呟いた。



「――え?」


 驚きのあまり反応が遅れてしまったが、確かに馬酔木さんはそう言っていた。

 

 私はその言葉の意味が、よくわからなかった。



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