【第16話】 毒を持つ毛虫はそんなにいない
第二章は第一章と併せて読むと、より面白くなると思います
この話は第一章の第3話(と第4話前半)の桃里果凛視点です
放課後になった。
これから恵梨香ちゃんに、学校を案内してもらうこととなっている。
なのだが、その前に恵梨香ちゃんが友達を紹介してくれた。
恵梨香ちゃんが完全にひとりぼっちじゃなかった、ということに少し安堵した。
その友達は今、目の前にいる。
この子、見たことがある。
入学式で、新入生代表の言葉を言っていた子。
雪下菜津奈ちゃんだ。
雪下ちゃんは、モデルか女優かと思うくらいに整った顔している。
何でこんなに可愛い子ばかりなんだ、このクラスは。
「雪下奈津菜です。えりちゃんの幼馴染です。よろしくね、桃里さん」
雪下ちゃんは音を立たせない程美しい所作で、私に向かって挨拶をした。
これが本物のお嬢様か……。
「桃里果凛です! すごい美人さんで可愛いね! 仲良くしてね!」
手を差し出すと、当たり前のように雪下ちゃんは手を握ってくれた。
うわ、手サラサラ! キメ細やか過ぎでしょ! しかもなんか良い匂いもするし! なんだこれ! お姫様じゃん!
恵梨香ちゃん曰く、三人で一緒に学校案内をしよう、とのことだった。
この子も学校案内してくれるとか、天国か?
などと思っていたら、雪下ちゃんは生徒会の仕事があるらしく、一緒に来られないらしい。残念。
***
学校案内は順調に進んだ。
恵梨香ちゃんのLIMEの友だちの数が、7人ということが発覚してしまったけど、順調だ。
私も人のことをとやかく言えるほど友だちの数は多くないし、触れないでおいた。
何か友だちが少ないことは、知られたくないみたいだったし。
そんなこんなで中央校舎まで来た。
多分、ここが学校案内の最後の校舎だ。
中央校舎に入ろうとすると、見たことがある人が出て来るところだった。
あれは確か、今朝私に『弁えなさい』とか言ってきた人だ。
名前は馬酔木さんだと、恵梨香ちゃんが言っていた。
そう思った時。
恵梨香ちゃんが突然、茂みに頭から突っ込んだ。
意味がわからず、脳がフリーズする。
「え、急にどうしたの?」
かろうじて出て来たのは、そんな言葉だった。
「あ、これは、えーっとその……」
聞かれた恵梨香ちゃんは、目を凄く泳がせながら言葉を詰まらせる。
何かとても言い難いことがあるらしい。
あっちこっち行く視線は、時折馬酔木さんの方を向いている。
……なんとなく読めて来たな。
恵梨香ちゃんは馬酔木さんに見つかりたくないから、茂みに突っ込んで隠れたんだ。
それで私に隠れたことを察されたくないと。
そんなことを考えている最中も、恵梨香ちゃんは健気に言い訳を考えている。
可愛いなあ。
「お、お腹が、いきなり痛くなっちゃって……」
目を泳がせながら考えたあげく、出て来たのはそんな言い訳だった。
「いま捻り出してるってこと!?」
「違うよ!?」
少し可愛がろうと思ったら、恵梨香ちゃんが想像以上に大きい声で反論して来た。
それは当然、馬酔木さんにも届く様な声量だったわけで。
「あら?」
気付かれてしまった。
馬酔木さんは真っ直ぐこっちに向かって来ている。
うーん、どうしたものか。
私のせいで気付かれたようなものだから、私が何とかしないとだよね。
恵梨香ちゃんはガクブルと震えて怯えているし。
「あなたは……桃里さん、よね。編入生の」
「あ、うん! えーっと、馬酔木さんだよね!」
「そうよ、よく覚えてるわね」
「記憶力には自信があるからね!」
この人……。さっきからキョロキョロして、何を探しているんだろう。
もしかしてだけど――。
「それはそうと……ここら辺から、花咲さんの声がしなかったかしら?」
やっぱり、恵梨香ちゃんを探していた……?
いや、探していたというより……何だろう、この人の目は。
馬酔木さんの目は、複雑な……それも負の感情が入り混じったような目をしていた。
まあとりあえず、嫌な予感もするし知らない振りでもしておくか。
「え? そうかな? 私しかいないと思うけど」
「そう……気のせいだったかしら。失礼したわね」
そう言い残して、馬酔木さんは早歩きで校門の方へと歩いて行った。
馬酔木さん、思っていたよりもあっさり引き下がったな。
しかし一体何だったんだろう。
恵梨香ちゃんを気にかけるような馬酔木さんもそうだし、恵梨香ちゃんのあの怯え様は少し変だ。
何より、こんな時間に中央校舎から出てきたのも気になる。
ホームルームが終わってから1時間以上も経っているのに、何をしていたんだろう。
それに、馬酔木さんは昇降口に寄ることなく、そのまま帰って行った。
そんな中央校舎から出て来た馬酔木さんは、上履きではなく靴だった。
つまり、馬酔木さんは中央校舎では靴下で行動していたはず。
すぐ終わるような軽い用事だったはずなのに、こんな時間まで残っている。
少し気掛かりだな。
さらに考えてみると、学校案内してもらっている時、馬酔木さんの姿を一度も見なかった。
可能性として考えられるのは、ホームルームが終わってからずっと中央校舎に居たか、一度帰った後に学校まで戻って来たか。
もしくは、私達が足を踏み入れなかった場所にいたとか。
「…………」
とりあえず、今のやり取りで確信したことがある。
恵梨香ちゃんは、いじめられている。
それも、かなり深くクラスに根を張っているくらいの強いいじめ。
その主犯格は馬酔木さんだ。
朝、恵梨香ちゃんが孤立していた時から違和感はあったけど、ようやく確信に至った。
「よいしょっと」
馬酔木さんがいなくなって少しして、安全を確認できたからか、恵梨香ちゃんが茂みを掻き分けて出て来た。
……ん?
よく見ると、恵梨香ちゃんの肩に何か付いている。何だろう。
もう少し目を凝らしてみる。
……あ。これは、アレだ。
毛虫だ。
時期が時期だし、茂みに入ったらそうなることもあるか。
でもどうしよう。伝えた方が良いか、伝えずにいた方が良いか。
恵梨香ちゃんが大の虫嫌いだった場合、伝えたら阿鼻叫喚の地獄になることは、想像に容易い。
……うん、伝えないでおこう。
伝えずに、悟られないようにこっそり取ってあげるのが、スマートなやり方だろう。
「あの……どうしたんですか?」
毛虫を眺めながらじっくりと考えていたから、恵梨香ちゃんに何をしているのか聞かれてしまった。
「いや、何でもないよ」
そう言いながら、肩の毛虫を指先で弾く。
「肩に葉っぱが付いてただけ!」
「あ、ありがとうございます」
恵梨香ちゃんはそのまま中央校舎の方へ向かおうとしたので、恵梨香の後ろに続いて歩く。
背中側にも虫が付いていないことを確認してから、隣に並んで中央校舎に入った。