【第15話】 高校デビューはゆっくりと
第二章は第一章と併せて読むと、より面白くなると思います
ピッ、ピッ、ピッ、
夢を見た
ピピピピ
味方なんていなかった、そんな夢を
ピピピピピピピピ
夢を見た
ピピピピピピピピピピピピピピピ
私一人だけで苦しんだ、そんな過去を
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
夢を見た
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
写鏡のような彼女がいた、そんな未来を
ピピピピピピピ――
うるさい目覚まし時計を止める。
「……朝か」
起き上がり、ググッと体を伸ばし、深く息を吐く。
もう目は覚めたが、体はダルい。
今日は入学式だと言うのに、どうにも目覚めが悪い。
何か、変な夢を見たからだろうか。
「…………」
とりあえず、朝の支度をしなきゃ。
***
日が昇りきる前の早朝。
窓から差し込む光は、まだ弱い。
薄暗いキッチンで一人、私は自分の仕事に励んでいた。
馴れた手つきで、お弁当に料理を詰めていく。
今日、私はお弁当が必要無いのだが、母親や姉のお弁当は作らなくてはいけない。
それは、私がこの家で料理担当を受け持っているからだ。
そこに何の不満も無いし、面倒とも思わない。
料理は楽しいし、美味しそうに食べて貰えたら嬉しいから。
「こんなものでいいか」
今日のメニューは、塩焼きそば。
もやしが余っていたから沢山入れておいた。隠し味は少量のオイスターソース。
簡単に作れるし美味しいから、お弁当のメニューにはよく塩焼きそばを選ぶ。
ソースじゃなくて塩なのは、完全に私の好みだ。だって美味しいもん、塩焼きそば。
お弁当をテーブルに並べ、私が帰ってきた時のお昼ご飯用として、お皿にも盛って置いておく。
冷めた後に、母親が冷蔵庫に入れてくれるだろう。
フライパンや食器を洗った後、部屋に戻りパジャマを脱いでいく。
四月になったが、この時間帯はまだ肌寒い。
早く暖かくなって欲しいものだ。
ワイシャツを着て、新品の制服に袖を通す。
着慣れていないからか、まだ布が硬い。
動きにくい感じがするが、まあそのうち慣れるだろう。
スカートはまだ折っていないけど、登校初日だしこのままの長さでいこう。
最後に荷物チェックをして部屋を出る。
その時、目を擦りながら出てくる母親とすれ違った。
「あ、おはよ」
「んー、おはよう、果凛。今日から学校だっけ?」
「うん、お弁当は作って置いといたから。行ってきます」
「ありがと。行ってらっしゃい」
寝起きで瞼が開いてない母親を後にして、玄関を出る。
ここから最寄り駅の文目駅まで20分ほど歩き、電車に揺られ学校の最寄り駅の西木蔦駅まで行き、そこから徒歩で学校に向かう。
計1時間半くらいの道のりだ。
決して近くはない。
むしろ遠い。
でも、私はなるべく家から遠い学校が良かった。
進学先に蕾ヶ丘学園を選んだ理由はいくつかあるが、その中でも『中学までの同級生がいないこと』というのが、絶対条件としてあった。
だからわざわざ中高一貫校に編入したし、家から程々に遠い場所を選んだ。
とりあえず私の過去を知っている人がいなければ、どこでも良かった。
***
整備の行き届いた敷地。
生徒数と釣り合わない広い校舎。
照明の光が反射するくらい磨かれて、光り輝く廊下。
圧巻とも言える蕾ヶ丘学園のその風貌に、私はこう思った。
学費高そう、と。
編入試験の時に一度来たけど、それでも漂う圧倒的お嬢様学校感に、気圧されてしまう。
私は編入試験の結果が奮ったおかげで、特待生制度の恩恵を受けることができた。
だからあまり学費の心配をする必要は無い。
無いのだが、それでもちょっと心配になってくる。
学費以外で、謎の入場料とか請求されないよね?
「……胃が痛い」
そんなことを考えていると、少し緊張してきた。
これから重要な、クラスメイト初対面イベントがあるっていうのに。
クラスは一年A組だった。
クラス表の中には、もちろん知っている人はいなかった。
これでもし見知った人がいたら、回れ右して帰っていたかもしれない。
そうして校舎内を歩いていると、一年A組の教室の前に着いた。
扉を開けると、教室には既に大勢の生徒がいた。
数人のグループを作って談笑する者、スマホを触っている者、見慣れない私の顔を見て小声で話し始める者。
そんな人達の間をくぐり抜けて、黒板に貼ってあった座席表を確認する。
私の座席は教室の後ろにあった。
自分の席に荷物を置いてから座ろうとする。
その時ふと、隣の席に座っている子が目に入った。
その子は誰と話すでもなく、席に座って縮こまっていた。
それだけでなく、どこか緊張しているような素振りをしていた。
どうしたんだろうか。
何か孤立しているし、落ち着きが無いところを見ると、私と同じく、高等部から編入して来た子かもしれない。
中高一貫校で内部進学なのに緊張するとか、あまり考えられないし。
それなら、編入生同士で仲良くできるかも。
「初めまして!」
「ぅわぁっ!?」
「そんな驚く!?」
少し元気に挨拶してみただけなのに、過剰に驚かせてしまった。
驚かせるつもりは無かったのだけど、ちょっと元気が良過ぎたかな。
「す、すみません……急に話しかけられて、少し驚いてしまっただけです」
「ああこちらこそごめんなさい。びっくりさせちゃって」
やっぱり、この異常なまでの緊張は、高等部からの編入生と見て間違いないだろう。
隣の席の子を改めて見る。
髪は大人しめな赤系の色で、セミロングくらいの長さ。優しそうなタレ目を持ち、鼻筋も高め。
アイドルグループのセンターにいても遜色無い顔立ちをしている。
おまけに、制服の上からでも豊かな物を持っていると分かる程の大きさ。
本当に可愛い子だ。小動物みたいな可愛さがある。
このクラスの人達は何をやっているんだ。
こんな可愛い子を放っておくなんて。
私だったら、こんな子が教室に入ってきた瞬間に飛びつくのに。
まあ、編入生が相手だったら声を掛け難いか。
現に私のことを遠巻きに見ている人ばかりだし。
「私も高等部からこの学校に来た編入生なんだ! 良かったら編入生同士仲良くしよ!」
よし。
これで早速可愛い子とお近付きになれる……と思いきや。
「いや、私普通に内部生ですけど……」
――えっ?
「あれ!? うそごめん! 間違えた!」
何だと!? この私が読み違えた……!?
じゃあ何でこんなに可愛い子がぼっちなんだ?
絶対におかしいよ。普通だったら、クラスの中心にいるような顔面を持っているのに。
……これは、何か裏があるかもしれないな。
例えばそう、この子の性格がとても悪い。
性格が悪かったら、どんなに見た目が良くとも、人は自然と離れて行く。
でも私の人識別センサーは、この子を悪い人だと感知していない。底無しの善人だと判断している。
他に考えられる理由としたら、いじめとか。
可愛い過ぎていじめられている……? それか、優秀過ぎていじめられている、とかか。
いや、わからないな。この子の孤立感は、クラス全体がまとまっている様な気がする。
そんな嫉妬のようないじめで、クラスの人達皆が協力するか?
普通のケースだと、一部の人間が『私あの子きらーい』って言うだけに留まって、他の人は普通に仲良くするだろう。
でも、この子の態度、周りの空気、遠くから様子を伺う様な視線。
どれも異常だ。
この子を遠巻きに、ヒソヒソ声で話している輩もいる。
中等部で、一体何があったんだ。
まあ、今いくら考えても、答えは出ないな。
この子と関わっていくうちに、真相は自然と出て来るか。
「えっと、何で私が編入生だって思ったんですか?」
「あー何でだろうね。なんとなくかな? あはは」
まずいまずい。
あなたが孤立しているから編入生って思いました。それが違うなら、あなたの性格がめちゃくちゃ悪いか、あなたがいじめられているのかと思っています。
なんて言えるわけがない。
は、はぐらかそう。
「そ、それはそうと、私は桃里果凛って言うの! よろしく!」
「……花咲恵梨香です。よろしくお願いします」
「うん! 隣の席のよしみで仲良くしようね!」
この子……花咲恵梨香ちゃんが、何でこんなにも孤立しているのかは分からない。
けど、とりあえず仲良くなってみよう。
この子の性格が悪いだけだったら、ただ距離を置けばいいだけ。
でももしも、この子がいじめられていて、辛い思いをしているのなら。
助けてあげよう。
いじめの辛さは、嫌と言うほど身に染みているから。