【第14話】 アメリカグマ:食肉目クマ科クマ族
「はあ……」
「どうしたの、そんな大きいため息なんかついちゃって」
「果凛ちゃんから返信来ないし、学校にも来てないから、気になっちゃって」
「ああ、そっか」
学校が終わり、なーちゃんと共に通学路をトボトボと歩く。
周りの人から見ると、なんか元気無いねあの人、と言われるくらいには、ゲンナリしていると思う。
というのも、果凛ちゃんの安否が不明だからだ。
このような言い方をしたら仰々しく聞こえてしまうかもしれないけど、簡単に言うと果凛ちゃんと連絡がつかない。
先週の土曜日を最後に、連絡が途絶えている。
スマホが壊れて連絡が取れないのかと思っていたが、学校にも来ていない。
となると、果凛ちゃんの身に何かあったと考えるのが妥当ではないだろうか。
「何かあったのかな」
「うーん、確かに連絡が一切無いのは気になるね」
ここ最近、果凛ちゃんの部活が無い日は、三人で駅まで帰ることが当たり前となっていた。
三人並んで、他愛もない話題で盛り上がりながら帰る。
そんな些細な日常に喜びを感じていたからこそ、一人欠けたこの状況はとても寂しく感じる。
「いっそのこと、家まで様子見に行ってみるとか?」
「私達、桃里さんの家知らないよ?」
「そう言えばそっか。盲点だった……」
家まで行けば何かしらの情報は手に入りそうだけど、果凛ちゃんの家どころか、最寄り駅すら知らない。
先週の土曜日、私の家に来た時に、果凛ちゃんの家も教えて貰えば良かったな。
「はあ……」
また自然とため息が出てしまった。
陰鬱な気持ちで下を向いていたから、気分転換に空を見上げる。
空は灰色だった。手の届きそうな程に低く、重い空。
予報では曇りだったが、いつ雨が降り出してもおかしくないくらい、分厚い雲で覆われている。
これじゃ、気分転換になりやしない。
「最近ずっとこんな天気だね」
「うん、なかなか晴れないね」
並木道を歩きながら、二人で空を見上げる。
「けど、私は晴れより曇りの方が好きだから、これで良いかな」
唐突になーちゃんがそう言った。
曇りの方が好きだなんて初耳だ。
普段太陽のような笑顔を振りまいているから、てっきり晴れが好きなのかと……。
いや、自分でも言っている意味が分からないな。
「私は晴れかなあ。ポカポカするし、なんか落ち着くし。なーちゃんは、何で曇りの方が好きなの?」
「うーん……自分でも言語化しにくいんだけど、雨が降りそうで降らない、ギリギリの所で留まってる感じが好き」
なーちゃんはたまによくわからないことを言うけど、これは一段とよく分からない。
私の理解能力が低い所為だろう。
「……ごめん、共感できないかも」
「大丈夫。私もあまり分かってないから」
「なんだそりゃ」
そう言って、なーちゃんは私の方に顔を向け、あっけらかんと笑う。つられて私も笑った。
なーちゃんの笑顔は、子供が見せる無邪気な笑顔のようだった。
いつものように話しながら歩いていると、あっという間に家の前に着いてしまった。
なーちゃんはこの後習い事があるから、今日はここでお別れだ。
果凛ちゃんもいないし、女子会は開催できない。
三人とも揃ったら、また女子会を開こう。
楽しかったし、積極的に開催していきたい。
などと考えていると。
「あ、そうだ。ちょっとここで待ってて」
そう言ってなーちゃんは、私を残して自身の家に、そそくさと入って行ってしまった。
何だろうか。
こういう場合は大抵、何かを渡す時だ。
なーちゃんとはしょっちゅう物の貸し借りをしているから、きっとそれだろう。
前に本を貸したし、それが読み終わって今取って来ているのかもしれない。
「ごめん、お待たせ」
「あ、うん」
と思っていたが、どうやら違うみたいだ。
なーちゃんは両手にぬいぐるみを持って、私の所に戻って来た。
そのぬいぐるみは、よく見慣れた物だった。
私の部屋に飾ってある物と酷似している。
「はい、えりちゃん。プレゼントだよっ」
「え、あ、ありがとう……?」
なーちゃんから渡されたものは、黒い熊だった。
やはりこれは、毎年私が誕生日にプレゼントされるぬいぐるみだ。
相変わらず良く出来ている。
でも今日ぬいぐるみを貰うのは、おかしい気がする。
だって、私の誕生日は数ヶ月先だから。
なーちゃんに限って、誕生日を間違えるとかはないだろうし。
「誕生日はもう少し先だけど……今年は早いね?」
「そうなんだけど、昨日暇潰しで作ってたら興が乗っちゃって、完成しちゃったんだよね」
「じゃあ今年の誕生日プレゼントの先渡しってことね! ありがとう!」
「あ、いや、誕生日プレゼントはまた別のを考えておくから、楽しみにしといて!」
「本当!? やったー!」
そういうことなら、有難く貰っておくことにしよう。
それにしても今年の誕生日はいつもと違う物になるのか。楽しみだ。
「本当にいつもありがとうね。大事に部屋に飾らせてもらうよ」
「うん、大事にしてくれると嬉しいな」
改めてぬいぐるみを見る。
目はくりっくりで愛おしく、肉球もぷにぷにで可愛い。
部屋に置いてあるぬいぐるみの中でも、特にツキノワグマに似ている。
「ちなみに、何の動物?」
「アメリカグマ」
「アメリカグマ……」
知らない熊だった。
とりあえず、熊シリーズは継続しているらしい。
「じゃあ私、習い事に行ってくるから」
「頑張ってね、また明日」
「うん、また明日」
そう言って、なーちゃんは家に帰って行った。
私も家に帰って、ゴロゴロするか。
そう思い、家に足を向けようとした時。
ふと、手元のぬいぐるみを見てみた。
ぬいぐるみは、不気味な程によく笑っていた。
第一章 花弁の表側 -終-