【第13話】 レッサーパンダはイタチの仲間
体育倉庫での一件から、数日が経った。
あれから馬酔木さんは何もして来なくなっていて、もちろん果凛ちゃんにもなーちゃんにも手を出していない。
なーちゃんがガンを飛ばしたのが効いたのか、何か他の理由があるのかは分からないが、とにかく何も無い。
今まで通り、三人一緒に過ごせている。
本当に、一体あれは何だったのだろうか。
最近そう考えることが多い。
ただ単純に、私を孤立させようとして果凛ちゃんと縁を切らせようとしたのか、はたまた他の意図があってのことだったのか。
何か見えない思惑みたいなものが、裏で動いているような気がする。
かと言ってその違和感の正体は掴めそうにない。
そんなことが頭の中でぐるぐると回り、最後には思考を放棄する。
とりあえず今は、目の前のイベントを楽しむことにしよう。
そう、イベント。
土曜日の今日は、私の家に果凛ちゃんとなーちゃんが遊びに来ている。
昨日急に果凛ちゃんが、
『恵梨香ちゃん家に行ってみたーい!』
と言い出したのがきっかけだ。
なーちゃん以外の友人を家に呼ぶのは、人生で初めてだ。
だから昨日学校から帰ってきてからは、死ぬ気で部屋を掃除した。
私の汚い部屋なんか、人様に見せられるわけが無い。
ぐちゃぐちゃの机を整理して、床に散らばったプリントとか教科書を全て片付け、普段使いもしないのに部屋に置いてあるクリーナーで部屋中の埃を拭き取った。
年末の大掃除でも、ここまで掃除したことは無い。
おかげで私の部屋は今、ピカピカだ。自分自身に掃除の才能を感じた。
「部屋汚くてごめんね……い、いつもはもっと綺麗なんだけどなぁ」
そう言いながら、果凛ちゃんとなーちゃんを部屋に通す。
なーちゃんはデフォルトの部屋の状態を知っているからか、苦笑いを浮かべていた。
「おおー! ひろーい!」
部屋に入った瞬間、果凛ちゃんは両手を胸に持っていき、感激したようなポーズを見せた。
大袈裟過ぎではないだろうか。
「すごい、ぬいぐるみが沢山ある!」
早速果凛ちゃんは、ベッドの枕元に置いてある動物のぬいぐるみに興味津々なようだ。
可愛い〜とか言いながら、顔を近付けてすごい見ている。
「これ、タグとか付いてないけど非売品? 作り込まれてるし高級品かな?」
「あ、それなーちゃんの手作りなんだ」
「手作り!?」
「ふふっ、照れるね」
「これ全部!?」
「そうだよ」
「手作り!?」
果凛ちゃんは口を開き、目を白黒させながら驚いている。
まあ、驚くのも無理はない。
枕元から窓際まで置かれているぬいぐるみの数は、全部で十個近くある。
それを全て手作りで、それでいてクオリティも高いとなると相当な技術が必要だ。
「なーちゃんが誕生日プレゼントでくれるの! すごいでしょ!」
「えへへ」
「う、うん、すごいね」
「最初に貰ったのが小一の時で、茶色の熊さんを貰ったの。ほらこれ」
そう言いながら、一番端っこに置いてあったぬいぐるみを手に取る。
「すごくない? 小一の時からこのクオリティを作れるなんて」
「うん、本当にすごい。お店に並んでも遜色無い完成度だよ」
「えへへ」
何度も褒められているからか、なーちゃんが照れている。
「で、次の年にはこのパンダ! 可愛いでしょ!」
「え、私パンダ好きなの! いいなー欲しい!」
「残念だけどあげられませーん! 私のですー!」
ちぇっ、と拗ねながらも、果凛ちゃんはなーちゃんが作ったぬいぐるみに興味津々だ。
なーちゃんはぬいぐるみを作るのが好きみたいだし、頼んだら作ってくれそうだけど。
「貰った順番に並べてあるんだね」
「うん! パンダの次に貰ったのがツキノワグマで、その次がホッキョクグマ!」
「なんか熊ばっかりだね」
「い、言われてみれば確かに……」
「今気付いたの!?」
知らなかった。
今まで貰ったぬいぐるみって、熊で統一されていたんだ。
何か思い入れがあって、熊にしていたのかな?
「なーちゃん、なんで熊ばっかりなの?」
「え、本当だ。初めて知った」
「無意識で全部熊に揃えてたのならそれはそれで怖いよ」
特に思い入れなんてなかった。
偶然、熊系統のぬいぐるみに偏ったらしい。
まあ、ぬいぐるみと言ったら熊って印象がある人は多いかもしれない。テ○ィベアとかあるしね。
「一番最近のは何貰ったの?」
「これ! 昨年の誕生日に貰ったレッサーパンダ!」
「それは熊なのか?」
果凛ちゃんに聞かれたから、一番手前側に置いてあったぬいぐるみを手に取る。
このレッサーパンダのぬいぐるみは去年の誕生日に貰って、一番新しい物だ。
今年はあと数ヶ月でまた新しいぬいぐるみが貰えると思うけど、何の動物だろうか。
毎年、私はそれを楽しみにしている。
「レッサーパンダって熊なの?」
「パンダって熊だし、レッサーパンダも熊じゃない?」
「根拠が薄過ぎる」
果凛ちゃんにツッコまれちゃったけど、真偽は後でググれば分かるか。
とりあえず今は、この女子会を全力で楽しもう。
***
少し日が傾き、女子会の盛り上がりも落ち着いてきた頃。
「あ、もうこんな時間」
唐突になーちゃんがポツリと呟いた。
「あれ、今日何か予定あるの?」
「うん、土曜日は習い事があるから」
「あ、そっか。今日土曜日か」
なーちゃんは立ち上がり、帰る準備を進めていく。
机の上にはトランプが散らばり、その横で果凛ちゃんが突っ伏している。
ババ抜きで五連敗し、不貞腐れているのだ。
果凛ちゃん、すごい顔に出ていたから分かりやすかったな。負ける気がしなかった。
「じゃあ、私送るよ」
「大丈夫だよ。家すぐそこだし」
「いいのいいの。遠慮しないで」
なーちゃんの家は、私の家の目と鼻の先にある。
送ると言っても、距離はほぼ無きに等しい。
しかし、外はいつの間にか雨が降り始めていた。
なーちゃんは傘持って来て無さそうだったし、濡れさせないように家まで送ってあげよう。
「それじゃ、果凛ちゃん。ちょっと出てくるから待ってて。すぐ戻るから」
「あーい、行ってらっしゃい……」
果凛ちゃんはまだ落ち込んでいるのか、突っ伏したまま手だけをヒラヒラとさせている。
それを見届け、なーちゃんと共に部屋を出た。
外はパラパラと雨が降っていた。
なーちゃんの家までの距離くらいだったら何とも無さそうだけど、果凛ちゃんみたく駅まで歩くとなると、かなり濡れそうだ。
果凛ちゃんが傘を持って来てなかったら、貸してあげよう。
家の門を出て少し歩くと、すぐになーちゃんの家に着いた。
「それじゃ、習い事頑張ってね。また明日」
「明日は日曜日だから、また来週だね」
「あっ、そっか。じゃ、また来週」
「うん。また来週」
なーちゃんと別れ、雨の中、短い家路を戻る。
自分の部屋に入ると、果凛ちゃんが生き返っていた。
「あれ、もう復活したの?」
「うん! 諸悪の根源が帰ったからね!」
「諸悪の根源て……自分がなーちゃんにボロ負けしたからって、そんな言い方はよしなさい」
果凛ちゃんはババ抜きだけでなく、他のトランプゲームでも負け続けていた。
私には何回か勝つことができたけど、なーちゃんには全敗だった。
やはり、なーちゃん強し。
運動では果凛ちゃんが勝っていたそうだが、それ以外では負けるとこ無しだ。
「このまま恵梨香ちゃんと女子会続けたかったんだけど、私も家に帰って晩ご飯作らなきゃいけないんだよね」
「え、じゃあもう帰っちゃうの?」
「うん。そろそろいい時間だし」
「そっか……」
果凛ちゃんは家で料理担当らしい。
詳しい家の話はあまりしたがらないのであまり知らないけど、他にもやらなければいけない家事は多いのだとか。
なら、私は引き止められない。
仕方ない。
私とは違って、果凛ちゃんは忙しいんだ。
「そう言えば果凛ちゃん、今日傘持って来た?」
「あっ……」
私がそう聞くと、果凛ちゃんはしまった、というような顔を浮かべた。
表情から察するに、傘を忘れたみたいだ。
「じゃあ、外は雨降ってるし駅まで送るよ。最寄りから家までも傘必要だろうし、私の傘も貸すね」
「いやいや大丈夫だよ! このくらいの雨なら走った方が早いし!」
私が送ると言うと、果凛ちゃんは申し訳なさそうにした。
別に駅まで送るくらい、なんてことないのに。
「でも、駅まで走ってもかなり濡れちゃうと思うよ」
「心配しないで。私、学年一足速いんだよ?」
果凛ちゃんはそう言って走るジェスチャーをした。
もちろん、そんなことは知っている。
でも雨に濡れるのは、誰だって嫌だろう。
「うーん、じゃあせめて傘だけでも持ってって!」
「本当に大丈夫! 今日は走りたい気分なの!」
雨の中でも走りたいのか……。
まあ、果凛ちゃんがここまで言うなら、無理矢理渡すのもアレか。
そう思いながら玄関まで見送る。
「帰り道気を付けてね」
「うん、今日はありがとう。家にまでお邪魔しちゃったし」
「こちらこそ来てくれてよかったよ! また女子会やろうね!」
「じゃ、バイバイ!」
お互いに手を振り、果凛ちゃんは雨の中駅の方向へ小走りで向かって行った。
その速度は段々と上がっていたから、家事当番にギリギリだったのだろうか。
悪いことをしたかな。週明けにでも、謝っておこう。
などと考えながら部屋に戻る。
――すると、どこか違和感を覚えた。
何かが足りないような、無くなってしまったような。
大事な何かが、無いような。
そんな気がした。
もしかして、なーちゃんや果凛ちゃんが帰ってしまったから、寂しくなったのだろうか。
それもそうか。
さっきまでこの部屋に、三人もいたんだ。
それが突然一人になったのだから、少しおセンチな気分になっても仕方がない。
だからその寂しさのあまり、帰ったばかりの二人にメッセージを送ってしまうのも、仕方がないことなんだ。
『今日は来てくれてありがとう! 楽しかったよ! また来てね!』と。
なーちゃんからは、十数分後に返信が来た。
でも、果凛ちゃんからは一向に返信が来なかった。
そのことを心配に思いつつも、何も行動を起こさないままでいた。
週明けの月曜日になっても、まだ返信は返って来ていない。
そしてその日。
果凛ちゃんが学校に来ることはなかった。