表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/39

【第13話】 レッサーパンダはイタチの仲間


 体育倉庫での一件から、数日が経った。


 あれから馬酔木さんは何もして来なくなっていて、もちろん果凛ちゃんにもなーちゃんにも手を出していない。

 なーちゃんがガンを飛ばしたのが効いたのか、何か他の理由があるのかは分からないが、とにかく何も無い。

 今まで通り、三人一緒に過ごせている。


 本当に、一体あれは何だったのだろうか。

 最近そう考えることが多い。

 ただ単純に、私を孤立させようとして果凛ちゃんと縁を切らせようとしたのか、はたまた他の意図があってのことだったのか。


 何か見えない思惑みたいなものが、裏で動いているような気がする。

 かと言ってその違和感の正体は掴めそうにない。


 そんなことが頭の中でぐるぐると回り、最後には思考を放棄する。

 とりあえず今は、目の前のイベントを楽しむことにしよう。


 そう、イベント。

 土曜日の今日は、私の家に果凛ちゃんとなーちゃんが遊びに来ている。


 昨日急に果凛ちゃんが、

『恵梨香ちゃん家に行ってみたーい!』

 と言い出したのがきっかけだ。


 なーちゃん以外の友人を家に呼ぶのは、人生で初めてだ。

 だから昨日学校から帰ってきてからは、死ぬ気で部屋を掃除した。

 私の汚い部屋なんか、人様に見せられるわけが無い。


 ぐちゃぐちゃの机を整理して、床に散らばったプリントとか教科書を全て片付け、普段使いもしないのに部屋に置いてあるクリーナーで部屋中の埃を拭き取った。

 年末の大掃除でも、ここまで掃除したことは無い。

 おかげで私の部屋は今、ピカピカだ。自分自身に掃除の才能を感じた。



「部屋汚くてごめんね……い、いつもはもっと綺麗なんだけどなぁ」


 そう言いながら、果凛ちゃんとなーちゃんを部屋に通す。

 なーちゃんはデフォルトの部屋の状態を知っているからか、苦笑いを浮かべていた。


「おおー! ひろーい!」


 部屋に入った瞬間、果凛ちゃんは両手を胸に持っていき、感激したようなポーズを見せた。

 大袈裟過ぎではないだろうか。


「すごい、ぬいぐるみが沢山ある!」


 早速果凛ちゃんは、ベッドの枕元に置いてある動物のぬいぐるみに興味津々なようだ。

 可愛い〜とか言いながら、顔を近付けてすごい見ている。


「これ、タグとか付いてないけど非売品? 作り込まれてるし高級品かな?」

「あ、それなーちゃんの手作りなんだ」

「手作り!?」

「ふふっ、照れるね」

「これ全部!?」

「そうだよ」

「手作り!?」


 果凛ちゃんは口を開き、目を白黒させながら驚いている。


 まあ、驚くのも無理はない。

 枕元から窓際まで置かれているぬいぐるみの数は、全部で十個近くある。

 それを全て手作りで、それでいてクオリティも高いとなると相当な技術が必要だ。


「なーちゃんが誕生日プレゼントでくれるの! すごいでしょ!」

「えへへ」

「う、うん、すごいね」

「最初に貰ったのが小一の時で、茶色の熊さんを貰ったの。ほらこれ」


 そう言いながら、一番端っこに置いてあったぬいぐるみを手に取る。


「すごくない? 小一の時からこのクオリティを作れるなんて」

「うん、本当にすごい。お店に並んでも遜色無い完成度だよ」

「えへへ」


 何度も褒められているからか、なーちゃんが照れている。


「で、次の年にはこのパンダ! 可愛いでしょ!」

「え、私パンダ好きなの! いいなー欲しい!」

「残念だけどあげられませーん! 私のですー!」


 ちぇっ、と拗ねながらも、果凛ちゃんはなーちゃんが作ったぬいぐるみに興味津々だ。

 なーちゃんはぬいぐるみを作るのが好きみたいだし、頼んだら作ってくれそうだけど。


「貰った順番に並べてあるんだね」

「うん! パンダの次に貰ったのがツキノワグマで、その次がホッキョクグマ!」

「なんか熊ばっかりだね」

「い、言われてみれば確かに……」

「今気付いたの!?」


 知らなかった。

 今まで貰ったぬいぐるみって、熊で統一されていたんだ。


 何か思い入れがあって、熊にしていたのかな?


「なーちゃん、なんで熊ばっかりなの?」

「え、本当だ。初めて知った」

「無意識で全部熊に揃えてたのならそれはそれで怖いよ」


 特に思い入れなんてなかった。

 偶然、熊系統のぬいぐるみに偏ったらしい。

 まあ、ぬいぐるみと言ったら熊って印象がある人は多いかもしれない。テ○ィベアとかあるしね。


「一番最近のは何貰ったの?」

「これ! 昨年の誕生日に貰ったレッサーパンダ!」

「それは熊なのか?」


 果凛ちゃんに聞かれたから、一番手前側に置いてあったぬいぐるみを手に取る。

 このレッサーパンダのぬいぐるみは去年の誕生日に貰って、一番新しい物だ。


 今年はあと数ヶ月でまた新しいぬいぐるみが貰えると思うけど、何の動物だろうか。

 毎年、私はそれを楽しみにしている。


「レッサーパンダって熊なの?」

「パンダって熊だし、レッサーパンダも熊じゃない?」

「根拠が薄過ぎる」


 果凛ちゃんにツッコまれちゃったけど、真偽は後でググれば分かるか。

 とりあえず今は、この女子会を全力で楽しもう。


***


 少し日が傾き、女子会の盛り上がりも落ち着いてきた頃。


「あ、もうこんな時間」


 唐突になーちゃんがポツリと呟いた。


「あれ、今日何か予定あるの?」

「うん、土曜日は習い事があるから」

「あ、そっか。今日土曜日か」


 なーちゃんは立ち上がり、帰る準備を進めていく。


 机の上にはトランプが散らばり、その横で果凛ちゃんが突っ伏している。

 ババ抜きで五連敗し、不貞腐れているのだ。


 果凛ちゃん、すごい顔に出ていたから分かりやすかったな。負ける気がしなかった。


「じゃあ、私送るよ」

「大丈夫だよ。家すぐそこだし」

「いいのいいの。遠慮しないで」


 なーちゃんの家は、私の家の目と鼻の先にある。

 送ると言っても、距離はほぼ無きに等しい。


 しかし、外はいつの間にか雨が降り始めていた。

 なーちゃんは傘持って来て無さそうだったし、濡れさせないように家まで送ってあげよう。


「それじゃ、果凛ちゃん。ちょっと出てくるから待ってて。すぐ戻るから」

「あーい、行ってらっしゃい……」


 果凛ちゃんはまだ落ち込んでいるのか、突っ伏したまま手だけをヒラヒラとさせている。

 それを見届け、なーちゃんと共に部屋を出た。



 外はパラパラと雨が降っていた。


 なーちゃんの家までの距離くらいだったら何とも無さそうだけど、果凛ちゃんみたく駅まで歩くとなると、かなり濡れそうだ。

 果凛ちゃんが傘を持って来てなかったら、貸してあげよう。


 家の門を出て少し歩くと、すぐになーちゃんの家に着いた。


「それじゃ、習い事頑張ってね。また明日」

「明日は日曜日だから、また来週だね」

「あっ、そっか。じゃ、また来週」

「うん。また来週」



 なーちゃんと別れ、雨の中、短い家路を戻る。


 自分の部屋に入ると、果凛ちゃんが生き返っていた。


「あれ、もう復活したの?」

「うん! 諸悪の根源が帰ったからね!」

「諸悪の根源て……自分がなーちゃんにボロ負けしたからって、そんな言い方はよしなさい」


 果凛ちゃんはババ抜きだけでなく、他のトランプゲームでも負け続けていた。

 私には何回か勝つことができたけど、なーちゃんには全敗だった。

 やはり、なーちゃん強し。


 運動では果凛ちゃんが勝っていたそうだが、それ以外では負けるとこ無しだ。


「このまま恵梨香ちゃんと女子会続けたかったんだけど、私も家に帰って晩ご飯作らなきゃいけないんだよね」

「え、じゃあもう帰っちゃうの?」

「うん。そろそろいい時間だし」

「そっか……」


 果凛ちゃんは家で料理担当らしい。

 詳しい家の話はあまりしたがらないのであまり知らないけど、他にもやらなければいけない家事は多いのだとか。


 なら、私は引き止められない。

 仕方ない。

 私とは違って、果凛ちゃんは忙しいんだ。


「そう言えば果凛ちゃん、今日傘持って来た?」

「あっ……」


 私がそう聞くと、果凛ちゃんはしまった、というような顔を浮かべた。

 表情から察するに、傘を忘れたみたいだ。


「じゃあ、外は雨降ってるし駅まで送るよ。最寄りから家までも傘必要だろうし、私の傘も貸すね」

「いやいや大丈夫だよ! このくらいの雨なら走った方が早いし!」


 私が送ると言うと、果凛ちゃんは申し訳なさそうにした。

 別に駅まで送るくらい、なんてことないのに。


「でも、駅まで走ってもかなり濡れちゃうと思うよ」

「心配しないで。私、学年一足速いんだよ?」


 果凛ちゃんはそう言って走るジェスチャーをした。


 もちろん、そんなことは知っている。

 でも雨に濡れるのは、誰だって嫌だろう。


「うーん、じゃあせめて傘だけでも持ってって!」

「本当に大丈夫! 今日は走りたい気分なの!」


 雨の中でも走りたいのか……。

 まあ、果凛ちゃんがここまで言うなら、無理矢理渡すのもアレか。


 そう思いながら玄関まで見送る。


「帰り道気を付けてね」

「うん、今日はありがとう。家にまでお邪魔しちゃったし」

「こちらこそ来てくれてよかったよ! また女子会やろうね!」

「じゃ、バイバイ!」


 お互いに手を振り、果凛ちゃんは雨の中駅の方向へ小走りで向かって行った。


 その速度は段々と上がっていたから、家事当番にギリギリだったのだろうか。

 悪いことをしたかな。週明けにでも、謝っておこう。


 などと考えながら部屋に戻る。



 ――すると、どこか違和感を覚えた。


 何かが足りないような、無くなってしまったような。

 大事な何かが、無いような。


 そんな気がした。



 もしかして、なーちゃんや果凛ちゃんが帰ってしまったから、寂しくなったのだろうか。


 それもそうか。

 さっきまでこの部屋に、三人もいたんだ。

 それが突然一人になったのだから、少しおセンチな気分になっても仕方がない。


 だからその寂しさのあまり、帰ったばかりの二人にメッセージを送ってしまうのも、仕方がないことなんだ。

『今日は来てくれてありがとう! 楽しかったよ! また来てね!』と。



 なーちゃんからは、十数分後に返信が来た。


 でも、果凛ちゃんからは一向に返信が来なかった。

 そのことを心配に思いつつも、何も行動を起こさないままでいた。


 週明けの月曜日になっても、まだ返信は返って来ていない。



 そしてその日。


 果凛ちゃんが学校に来ることはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ