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【第11話】 日本語では冷やし中華、中国語では日式冷麺


 体力テストが終わり、昼休みになった。


 てっきり馬酔木(あせび)さんに嫌がらせを受けると身構えていた私にとっては、あまりに予想外の結果に終わった。


 あんなに一緒にいたのに、何もして来なかったのだ。

 あの馬酔木さんが、だ。


 直接的な攻撃が無くとも、嫌がらせの一つや二つすら来ないとは、これ如何に。


 まあ多分、今日は体調が悪かったのかもしれない。

 そう思うと、全てに納得がいく。そりゃ体調が悪かったら、人をいじめるどころじゃないもんね。



 そんなことを考えながら、なーちゃんと果凛ちゃんと共に、廊下を歩く。

 目的地は、中等部の頃からなーちゃんと一緒にお昼ご飯を食べてきた場所だ。


「いつもはどこでお昼ご飯食べてるの?」


 お弁当が包まれた手さげを片手に持った果凛ちゃんが、そう私に尋ねる。

 そう言えば、果凛ちゃんに行き先を教えていなかった。


「晴れの日は中庭、雨の日は空き教室で食べてるよ」


 今日は晴れてるから中庭だね、と付け足しながら私は答える。


 カルガモの親子の季節になると中庭は騒がしくなるが、池がある場所から遠い位置にあるベンチには、人がほとんど寄り付かない。

 空き教室も意外と、昼休みに人が来ない。


 こうして人が少ない場所に拘っている理由は、私がいじめられているからだ。

 中等部の初期はいじめられて心が荒んでいて、人目に対してかなり敏感になっていた。

 そんな時、人目が少ない場所にしようとなーちゃんが提案してくれたのが、お昼ご飯を移動して食べるようになったきっかけだ。


「いいね! 外で食べるの、なんか青春って感じがする!」

「そうかな?」

「うん! 早く着かないかな、お腹ペコペコだよぉ」


 これが青春なのかはよくわからないけど、空腹なのは同感だ。

 体力テストがあったおかげか、先程から腹の虫がうるさい。


 昨日といい今日といい、よくお腹を空かせているな、私。

 今も油断したらお腹が鳴るかもしれないから、注意しないと。

 ……注意してお腹の音を抑えられたら、どんなに良かったことか。




 そんなこんなで話しているうちに、あっという間に中庭に着いた。


 早速と言わんばかりに、各々がお弁当を広げていく。


 私はいつものお母さんの手作り弁当。

 なーちゃんも手作り弁当だけど、これは自分で作っているらしい。すごい。


 そういえば昨日、果凛ちゃんも毎日自分でお弁当を作っていると言っていた。

 今日も果凛ちゃんは作ってきたのかな、と思いながら果凛ちゃんのお弁当を盗み見る。


 するとそこには、見覚え、というか聞き覚えのあるものがあった。


 冷やし中華だ。

 タッパーの中に、色鮮やかな具材が盛り付けられた、冷やし中華がぎっしりと詰まっている。


「す、すごいね。本当に冷やし中華がお弁当なんだ」

「昨日からそう言ってるじゃーん!」

「初めて見た……」


 果凛ちゃんは付属されている小さい袋に入ったタレを、慣れた手つきで冷やし中華にかけていく。


 ごくり。

 いかんいかん。あまりにも美味しそうで生唾を飲んでしまった。


「でもね、お弁当の冷やし中華って麺が固まって、ほら。ひとつの物体と化しちゃうんだよね」


 果凛ちゃんは箸をおもむろに冷やし中華にぶっ刺すと、そのまま持ち上げる。

 冷やし中華の麺は一本一本解けずに、ひとつの塊となって容器の形のまま浮かび上がった。


「え、それ食べられるの……?」


 と引き気味になーちゃんが聞いた。


「食べられるよ!」


 果凛ちゃんはそう答えると、冷やし中華をタッパーの中でかき混ぜ始めた。


「こうやってタレでかき混ぜると、麺が解れて普通に食べられるから!」


 そう言いながら果凛ちゃんは、箸を使ってグルグルとかき混ぜ続ける。

 するとガッチリと固まっていた麺は解れて、普段見る冷やし中華に様変わりした。


 その様子を私となーちゃんはまじまじと見つめていた。


「そんなに見つめられると、恥ずかしいな!」

「ご、ごめん」


 そう言われて、二人して居住まいを正す。

 そしていただきますと三人で言い、お弁当を食べ始めた。



「桃里さんって、何かスポーツやってるの?」


 お弁当を黙々と食べていると、なーちゃんが果凛ちゃんにそんなことを聞いた。


「特に何もやってないよ!」


 その質問に対して、果凛ちゃんは当然のように答えた。


「スポーツやってないのに、あんなに記録良いなんて凄いね。てっきりスポーツチームとかに入ってるのかと思ったよ」

「え、待って。果凛ちゃんがどうしたの?」


 なーちゃんの物言いは何だか、果凛ちゃんが運動神経抜群のような言い方だ。


「あ、そっか、えりちゃんは見てないもんね」

「見てないって何が?」

「桃里さんが50m走で、6.5秒出すところ」

「ろ、ろろろろろくてんごびょう!?」

「たまたまだよー」


 な、なんだその記録は……。

 50mを6.5秒で走る女子高生なんて、聞いたことがないよ。


 私の50m走のタイムは10.4秒だった。

 去年よりは良い記録だったから喜んでいたのに、そんなタイムで喜んでいる私が哀れに思えるかのような、果凛ちゃんの記録。


「化け物だよ」

「化け物だね」

「二人とも酷くない!?」


 なーちゃんも凄く運動神経が良かったけど、さすがに6.5秒を出すほどでは無かったと思う。


「陸上部には入らないの?」

「んー考えてないかなあ。特にやりたい訳でもないし」

「大会新記録とか出せそうなのに」

「そこまで凄くないよ!」


 ふと気になったから、手元のスマホで女子高生の50m走日本記録を調べてみた。

 6.47秒だった。


 おかしい……。

 私の見間違えじゃなければ、果凛ちゃんは日本記録レベルの足を持っていることになる。

 何者なんだ、果凛ちゃん……。


「でも奈津菜ちゃんも、手足細いのに凄まじい記録出してたから、びっくりしたよ!」


 私が戦慄していると、果凛ちゃんはなーちゃんに話題をすり替えた。

 でも確かに、なーちゃんの運動能力にも目を見張るものがある。


「そうそう。なーちゃんって筋肉があるようには見えないのに、力が凄く強いんだよね。何で?」

「い、インナーマッスルってやつじゃないかな……多分」

「へぇー凄いね、インナーマッスル」


 二人とも、運動神経が良くて羨ましいなあ。

 普段から運動してない私が羨ましがるのは、お門違いだけど……。


 ……あれ。よく考えたら、果凛ちゃんもなーちゃんも、運動神経抜群で、頭が良くて、可愛い……。


 おや?

 何で二人は天から三物も与えられているのに、私には一つも無いんだ?

 少しくらい私にも分けてくれても、いいんじゃないか?


「二人とも、運動もできて頭も良くて可愛くていいなぁ。私には何も無いのに」

「そんなことないよ! 恵梨香ちゃんには凄い魅力が詰まってるよ!」

「うんうん。えりちゃんには、えりちゃんにしかない物を持ってるから」


 私がそう自虐気味に言うと、二人は私の顔からやや下の部分に目を向けてそう言った。


 一生懸命褒めてくれて、私は嬉しいよ……。

 ……嬉しいが、お気付きだろうか。

 二人とも、具体的な部分は何も口にしていない、ということに。


 きっと私の良い所なんて、思いつかなかったんだろう。悲しい。

 でも、見え見えの世辞でも言ってくれるような友達ができて、私は幸せだよ。

 危うく涙が零れそうだった。ありがとう。



 その後も他愛も無い話をしているうちに、あっという間に時間が過ぎ去ってしまった。


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、三人で教室に向かった。なーちゃんは途中で先生に呼ばれて手伝いに行ったからその場にはいなかったけど、明日からも三人でお昼ご飯を食べようと言うと、果凛ちゃんは頷いてくれた。


 そのことがとても嬉しくて、思わず笑みが溢れた。


 これからもこんな、ずっと平穏な日々を過ごせたら良いな。


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