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調理部

「取り敢えず、部活に行くよ。」

 人外3人、不明21人。渋りつつも、那島は彼等の名前を話した。人外と目される3人以外の名前は。ルリマツリ自身もその種を隠して生きている身だからか、はたまた単に3人だけだからか、ルリマツリも強いて訊かなかった。報告をした後、那島は立ち上がって調理室の方を見やった。

「…サービス残業好きなんですか?」

「サービス残業は好きじゃないけど、夕飯食べに行きたい。去年の文化祭の模擬店で作ったクレープを、1年生に見せる用に作ってるって連絡来てたから。」

「夕飯って…。クレープですよ?」

 途端、彼は自慢げな顔をした。

「お昼時もお客さん入るように、おかず系クレープも開発してたから。何より、彼等の作るものは楽しんで作られている。」

 生徒が作ったクレープを夕飯として食べる変人教師、と私は片眉を上げたが、ルリマツリは彼の足りない説明で理解したらしく、同情的な声音だった。

「お主もしや、食べ物についた作り手の<念>もみえるのか?」

「そう。惣菜とか冷凍食品とか食べたいけど、作った人が、あー早く帰りたいとか作るの飽きたとか思ってたのみると気力なくなるっていうか。普通に誰かが作ったのでも、まぁ疲れたとか1日の反省とかある訳で、それですらげんなりしちゃうから、まともに食べれないんだよ。」

 慣れた顔で肩を竦める那島。つまり楽しんで作る部員の料理は、彼にとって美味しそうな見た目に映るのだろう。多少焦げてても、崩れていても。舌馬鹿と言われている理由の一端が、見えた気がした。

「散歩部は今日休みだし、私達も調理部にお邪魔しよう、ルリマツリ。」

 角探しの仲間に誘いたい2人が、調理部員なのだ。ルリマツリも察したのだろう、にこにこしつつも油断ならない目力で首肯した。

「楽しみじゃ!」

「えー…来るの…。」

 那島があからさまに肩を落とした。

          ☆

「なーちゃん遅〜い!」

 私達が調理室に入るや否や、不機嫌そうな台詞ながら歓喜の声色の叫びが響いた。だが那島は頓着せず、…なーちゃん呼びにも頓着せず、室内を見回す。

「杉先生は?」

 副顧問の名だ。確かに、調理室に姿がない。

「あん人頑張ってねえ、てだけ言って帰ったんすよ。ハラタツわー。なーちゃん、何食べます?」

「うちらにはやっぱなーちゃんだ!」

「去年作ったやつとね、1年ルーキーズが新しく開発した具があるよ〜。」

 総勢18人が、ほぼ一斉に那島へ声を投げる。内、女子生徒は15人、男子生徒は3人だけ。幽霊部員が数人いるらしいから、書類上は散歩部の2倍以上だろう。

「みんなでちょっとずつ食べたけどね、結構いいよ!アイディア抜群って感じで。」

「へえ、凄い。」

 柔らかに微笑した那島が、たんぽぽの綿毛を吹くような調子の声を出したので、私はあと一歩で衝動的後ろ回し蹴りをするところだった。どうした、あんたはそんな性格だったか?

「トリカブト、お主からの情報にかような姿はなかったぞ。」

 ルリマツリが、私同様に度肝抜かれた顔で耳打ちしてきた。私も早口で囁き返す。

「知ってたら言ってるよ。誰これ。双子?」

「な訳あるまい。儂達はここに来るまでずっと一緒だったのだぞ。入れ替わる隙はあらん。軽口を言うてる場合ではない。こやつ、妖怪か何かに乗っ取られたのじゃ。」

「いいや、ドッペルゲンガーだよ。ルリマツリは知らないだろうけど、この世界には同じ見た目の人が3人いるんだよ。」

「むっ!?真か!?ならば、こやつはどっぺるげんがーなのか…!」

「どしたの〜?」

 最早、軽口合戦となった私達のところへ、ぺたぺたと踵の潰した靴を鳴らしながら来る少女がいた。

 アッシュの髪は、下で2個の小さなお団子にし、レースのシュシュで留めている。フリルのたっぷり着いたエプロンからでも、彼女のブレザーのリボンが学校指定の物ではないと分かった。大きく真ん丸な黒い瞳で、こちらを上目遣いに見る。

「やほやほ〜。遊び来てくれたの?」

「そう。ていうか何、あの人。教室のときと凄い違うんだけど。」

「え〜、そっ?オレのクラスの理科、なーちゃん担当してないから知らんなー。」

「側頭部蹴りたくなるくらい違うよ。」 

「トリ怖あい!」

 きゃははっと笑う彼女こそ、私の友人で角探しに誘いたい相手であった。軽く目配せして、ルリマツリがさり気なくも頷くのを確認する。

「彼女は2組の音八(ねや)。音八、この子が1組に転入したルリマツリ。」

「よろねぇ〜。」

「よろしく頼もう。」

「ちなさー、トリってオレの苗字覚えてくれてる?」

 素直に首を振った。音八は笑顔を浮かべながら、溜め息を吐いた。

「だよねー、オレもう諦めちゃったよぉ〜。」

「もしや、お主は儂の上の名も覚えとらんのか。」

「忘れたね。那島の下の名前も、散歩部の部長の苗字も、両親の下の名前も忘れたよ。」

「両親は覚えとるじゃろ〜。」

 呆れ顔のルリマツリには少し悪いが、全く記憶していない。お母さんお父さん呼びの相手なのに、何故名前が覚えられるのか。

 わざとらしいフグの頬になってみせる2人を見るに、良い関係が築けそうだ。うん、良かった。

 踵を返して、いい匂いのする方へ声を投げる。

緖根(おね)先輩、甘いクレープもありますか。」

 すかさず音八の叫び。

「緖根先輩、そいつ先輩の下の名前は覚えてませんよ!」

「あはは、でも可愛いからあげちゃーう。」

「やったー。」

 一方、那島はぎょっとしていた。

「え?なんで常連顔してるの?まさか君…。」

「先生がいないとき、音八から連絡貰って、3回くらい来てたんですよ。ね、緖根先輩。」

「そ〜。ホント美味しそうに食べるから嬉しくって。」

「なるほどのぅ、それは嬉しかろう。」

 ルリマツリが孫を見る目で頷き、那島は肩を竦めながらも、明らかに楽しげであった。気味悪がってると、伝わったらしく音八が私へ囁いた。

「好きじゃないの?なーちゃんは割と"数の乱れ"なくて、分かりやすい人だけどなぁ〜。」

「そう。」

 素っ気なく返すと、彼女はうふふと笑ってから、更に声を小さくし、

「ルリマツリちゃんは、違うみたいだけど。」

 そう、言い足した。


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