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放課後

 那島の連行先は、儂が着替えに使った空き教室だ。待機していたトリカブトは、背筋良く椅子に座しているが、儂達の入室を足を組んで出迎えた点はお行儀良くなかった。とは言え、凛々しく光を宿す瞳と麗しい純黒の髪が肩に擦れる様は、相澤達以外にも彼女のふぁんがいることを確信させた。

「どうぞお入り、那島先生。」

 にこりと、子供をあやす調子で微笑むトリカブト。相当、散歩部を馬鹿にされたのを根に持っているらしい。

 対する那島は、確かに彼女の目を見ない。

「悪いけど、調理室に行かないと。調理部の顧問でね。」

「知ってます。ですから副顧問の方に、代打を頼んでおきました。」

 はっきりと那島の溜め息が聞こえた。

「調理部の友人に連絡を入れたので、部員の皆さんも理解しています。どうぞ、心配せずに。」

「そう言う訳じゃ。ほれほれ。」

 しかめっ面ながら、那島はトリカブトの斜め前に座った。儂も椅子を引っ張って座り、儂達は三角形となる。

「で?君たちは何なの。」

「お主のが先じゃ。儂達に何を見ておる。」

「人を連行してその態度は良くない。さあ、教えて。」

 水面下で睨み合いの始まった儂達の間に、ずいと、急にトリカブトが身を乗り出した。

「言わないと先生に体触られたって言い触らします。」

 途端、那島は顔を盛大に歪めたが、怯んだと言うより、嫌悪を感じているように見えた。那島は、トリカブトの目を睨みながら、ゆっくりと言った。

「嘘を言ってはいけない。特にその嘘は、本当に被害に遭った人々を傷つける。」

「被害の無い世界なら、こんな嘘も使えないでしょうにね。」

 はやく変わらないのかな、と、彼女は呟いて美麗な髪を大胆にかき上げた。那島は何を言うでもなく、ただ頷いた。

「…どのような意味じゃ?」

 置いてきぼりの儂が堪らず尋ねれば、トリカブトは柔和な微笑みを浮かべた。

「知らなくて済む世界が正解な話。さあ、那島先生。教えてもらいましょう。私達が、何に見えてるんですか?」

 儂は腑に落ちなかったが、トリカブトが話したくないのなら訊かぬべきと思える。那島に視線を転じれば、彼は大きく溜め息を吐き出していた。

「他の誰にも言わないで欲しい。…父さんにすら言えてない話なんだ。」

「承知した。」

「私も。ですから、どうぞ。」

 ほっそりとした指を組んで、それを見詰めながら彼は囁いた。

「…<念>、私がそう呼んでるものがみえるんだ。目を合わせるとね。」

 大方予想通りと言えた。儂はトリカブトと頷き合う。

「儂はどうみえている?」

「…螺鈿と墨の、ほとんど見たこともない文字があって、後、羽が少し舞ってる。」

「角は。」

 那島は目を瞬いた。

「角?みえないけれど。…でも人では無いのはなんとなく分かる。君は、何なの?」

「その前にトリカブトじゃ。お主も知りたがっとったじゃろ?」

 彼女は微笑んで頷いてから、那島の目に合わせにいった。無理矢理。

「…何。」

「今、何がみえてるの。」

 涼しげ且つ飄々たる「精霊トリカブト」らしからぬ、重々しい声色だった。那島も察したのか、抵抗せずに答える。

「…死霊と生霊が、大量に引っ付いてる。」

「死霊と生霊。」

 ちょっと驚いた様子のトリカブトに、那島は泣き言よろしく続けた。

「何やってたらそんなにつくんだ。恨みからのもいるけど、ほとんどが好き好んで側に引っ付いてる。もう獲火犬が見えないくらいだ。」

「夏休みに、昔いつも墓地掃除してたからかも。じゃあ、目を合わせたら私は見えないの?」

「そう言ってるだろ。憑かれてる人はちょこちょこいるけど、ここまで狂気じみて大量なのは君以外いない。初めて見たときは正直、失神するかと思うくらい僕は怖かったぞ…。」

 げんなりした様子で愚痴る那島に、一人称が変わっていることを教えてやりたくもあったが、それは無慈悲と思い直す。偉いぞ、儂。

「なるほど。道理で目を合わせない。」

「目を合わせないのと目が合う度失神するの、どっちがいいんだよ。」

「前者。」

 呆れた顔のトリカブト。2人が喧嘩を始める前に、訊きたいことを聞いた方良いと判断した。

「お主は人とそれ以外の見分けはつくのじゃな?」

「種族じゃなくて、人かそうじゃないかだけなら、分かるよ。<念>は相手の本質がベースとしてみえて、その時々の感情も大まかながらみえる。人と人以外の生き物じゃ、ベース部分の雰囲気がかなり違うよ。あぁでも、獲火犬みたく体がみえないくらいだと分からないけれど。」

「体が見えない手合いは、よくおるのか。」

 那島は顎に手をやり、

「偶に。勿論、霊に囲まれてるんじゃなくて、多いのは感情が強いタイプで、感情を表す何かしらで隠れてベースが見えない人かな。」

 知らず、儂の出した声はいつもより低くかった。

「この学校の生徒の内、人外の数とどちらか不明な者の数を教えろ。」

 那島の目が鋭く細められた。

「何故?それに、まだ私の質問に答えてないよね。」

 理由次第では言わないつもりだろう。トリカブトと視線で相談した後、儂は観念した。

「……説明しよう。じゃが、こちらも他言無用で頼む。」

「それは倫理を犯す話?」

「倫理を犯した者を探す話じゃ。」

 教師は頷いた。

「なら、誰にも言わないと誓おう。」

「儂は、角を奪われたユニコーンなのじゃ。」

 流石、怪奇なるものがみえる目の持ち主は、ユニコーンという言葉に、疑いも戸惑いも見せなかった。那島は儂の目を見て、呟いた。

「なら君は、それを奪った犯人を探してるんだね。」

「左様。」

 心臓がどぐどぐ鳴り響いている。よもや2人には聞こえまいと知りつつも、無性に心配だった。

「分かった、教えよう。」

「協力、感謝する。」

 己が堂々とユニコーンを名乗ったのが、可笑しくて悲しかった。

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