角
もう、8年前になるのじゃなぁ。
「……?」
目を開けたとき、儂は何も分からなかった。比喩ではあらぬ。己の名も、出自も、何故そこにいるのかも、そも、そこが何処かすら分からなんだ。
そのとき、突然声が聞こえた。
[聞こえるかい。]
「だ、誰…?」
[お前は転界したのだよ。]
「転界?意味が分からない。」
[輝きの界から、地上へ、住まう世を移したのだ。]
優しく諭すような声で、無性に儂の気に障った。
「輝きの界?地上?何処だそこは!意味が…意味が分からない。」
[輝きの界は我らの住処。かつては、お前もここの住人たる種だったが、変わったため、地上へ行きなさい。]
「はあ…?」
無意識に前髪を摑んでいた。癖っ毛。儂はそのとき変な感覚がした。全く知らないものを、知っていることにされたような。
きっと儂はあのとき、角を触る気だったのじゃ。でも、それは無くなっていたから、前髪を握る他なかったのだ。
[お前は、今は人間の姿をしている。]
「今は?元はなんだったのだ。」
[額を触ってごらん。]
お主がさっき見た傷跡を、そのとき見つけたのだ。そうして儂は己がユニコーンであったと知った。
「…何故、記憶がないの?」
[記憶があれば、角を奪った者に復讐する可能性があるからだ。しかし、もしも角の持ち主から角を取り返したならば、お前の角は回復する。そうすれば、ここに戻れるのだ。]
「角を、取り返す…。」
声は鋭く制した。
[個人的怨恨を晴らすための行為は認められない。あくまでも、穏やかな方法で取り返せよ。]
「復讐だの、怨恨だの、なんなの?角は酷い理由で奪われたの?」
躊躇いの間があった。しかし儂がしつこく訊くと、渋々答えが返ってきた。
[一角獣の角は、不死をもたらす。]
儂は角を取り返すことに決めた。不死を求める強欲者のせいで、己が故郷から追放されたことが、腸を煮えくり返させた。理由なぞ、それだけじゃ。
トリカブト、それでも協力してくれるか?強欲者から、故郷を取り戻すための、角取り合戦に。