1限目、体育(の後)
保健室に先生はいなかった。トイレか?いずれにせよ、そう長く留守にはしないだろう。嫌々と首を振るルリマツリを保健室内に放り込んだ。
私も保健室に入りつつ、小首を傾げる。額を氷で冷やすべきかな?いや、出血の可能性もあるかもしれないしな…。まずは傷の状態把握か。
諦め顔でベッドに座るルリマツリを振り返る。
「ルリマツリ。額見せて。」
「嫌じゃ!!わ、儂の前髪は、えーとっあれじゃ。うんと、秘密の塊だから…あ!見たら気絶してしまのだ。」
「おっけー。」
そう答えてルリマツリの前髪に手を伸ばす。
「お主全然聞いとらんな!」
ルリマツリの叫びを聞き流し、両手を膝で両膝を左手で押さえ付け、動けなくしてから前髪を持ち上げる。
そして私は見つけたのだ。
クッキーを割ったような凹凸のある白い傷跡を。
「これって…。」
「だから儂の前髪は上げるなと言うたのに。」
ルリマツリの顔は、空っぽな表情だった。細い指先でそっと傷跡に触れる。
「儂は、一角獣なのじゃ。今は、角がないがのぅ。」
私は唖然として、み空色のルリマツリの瞳を見詰める。暫くして、漸く言葉が出た。
「頭の当たりどころが悪かったかあ…。」
間髪入れず悲鳴が飛ぶ。
「違うわい!!」
「ユニコーンね、ユニコーン。いや、うーん。」
兎に角、額に傷はないらしい。もしかすると、ボールは角の傷跡と言い張るところにぶつかったのかもしれない。石頭かと思ったが、根本が残った角の硬さだった訳だ。私はルリマツリの拘束をやめた。
すると間髪入れず、両手首を摑まれる。
「え。」
「訊かせろ、トリカブトよ。お主は何故、儂を保健室に連れて来た?何故前髪を上げてまで、おでこを見た?」
「それは、」
「嘘をつくでないぞ。儂には分かる。」
鋭い瞳。そこに映る私は、なんとも気怠げでさえあった。
「それは、怪我が酷かったらいけないと思ったから。」
思ったままのこと口にしたが、ルリマツリはじっとこちらを見詰めている。やがて、するすると瞳から殺気が抜けていった。
「なあ〜んだ、そうであったか。すまないの、勘違いしてしもた。」
「いや、別にいいよ。」
ルリマツリは何を思ったか、こてんと首を傾げて
「さて、お主は今何を考えてる?」
「うーん…。帰ったら、ユニコーンに会ったって家族に言おうかなって思ってるね。」
常に堂々たる父母と、力自慢な2人の姉と、可愛い弟をびっくりさせたい。上手くいけば師匠も驚かせられるかもしれない。何せ、ユニコーンだ。
私の回答に、ルリマツリは顎を撫でた。
「お主は実に、あいでぃあまんじゃ。敵でないのなら、ぜひ儂を手伝ってほしいがのぅ。」
「手伝う?何を。」
自分でも眉根が寄るのが分かった。対照的にルリマツリは微笑を浮かべている。滑らかな弧を描く唇。淡い光をいっぱいにした、み空色の双眸。
「のう、トリカブト。」
「…何。」
歌うように、虹を描くように、一角獣の囁き声が踊った。
「家族を、もっと驚かせたくはないか?」
知らず、私の口元は緩んでいた。
「詳しく聞こうか。」