1限目、体育(の前)
「どうすれば良いのじゃあ〜。」
眉尻を垂らして嘆くのはルリマツリだ。側には壱の女王とその側近2人が立っている。
「女子更衣室でいいじゃん。あたしたちルリなら気にしないから。」
「そうだよっ。変なこと言う奴いたら、わたしたちで怒ったげるよ?」
「そういう問題であらぬ。女子更衣室に女子以外が入るのは駄目じゃろ!かと言うて、男子と教室で着替えては男子の迷惑じゃ…。」
1時間目は体育だった。着替え場所問題か。何と無く、胸に砂が詰まった感覚がした。私は4人へ歩み寄る。
「ルリマツリの着替え場所?」
突然声をかけた私に、壱の女王は慄いた様子すらあった。私は母親譲りの目と声のきつさのせいで、親しまれない。
「と、トリカブトさん。」
トリカブトというのは、クラスメイトにいつの間にか付けられてたあだ名だ。私の名前・獲火犬 羅布渡(とりかけん らふと)の両端を取って、トリカブト。気に入ったので、そう呼ばれることは放っておいている。
「トリカブトか。ふぁんたすてぃっくな名じゃ。よろしくのう。」
トラブル中だろうが、ルリマツリは律儀だった。トリカブトを本名だと思ったようだが。訂正も面倒で、頷いて返す。
「よろしく。
悪いけど、さっきの話が聞こえたんだよね。それで、確か下の階に空き教室があるはずだから、伝えようと思って。人が来るかも知れないけど、まぁ着替えるにはマシなんじゃないかな。」
自分のジャージの入った袋を片手で摑み、その場を去る。
「それだけ。じゃぁ。」
「分かったのじゃ!ありがとう、トリカブト!お主は最高に賢しい!」
私の背中に投げられたルリマツリの声に、軽く片手を振っておいた。
☆
「かッッ…っこいい〜〜。」
トリカブトが教室を出た後、相澤がそう言うた。儂は大きく首肯する。
「うむ。さらりと助言する様は、正しく賢人だな。」
「ルリちゃん流石過ぎ。『精霊トリカブト』様と会話とか、わたし無理だわ。」
「他のクラスの子から、同じクラスで羨ましいとか言われるけどさ〜。」
「しょーじき、喋る勇気無い。」
唸りながら3人は頷いた。堂々とハキハキ話す相澤までもとは、驚きであった。
「何故、精霊なのじゃ?」
「え?特に分かんないけど…。」
「ちょっと不思議な雰囲気だからじゃない?」
「左様か…。」
ふと気づくと、儂は前髪越しに額に触れていた。慌てて手を離すが、3人が不審に思った様子は無かった。
気を付けなければ。犯人は、近くにいるはずなのだから…。