いつか錆が解けるまで
紀元前のそのまた昔の大昔。『魔法』と呼ばれる奇跡が栄えた時代があった。
町には魔法を使い作成され、不思議な力を扱う道具、『魔道具』が当たり前のように使われ、人々の生活を豊かにしていた。
ある魔道具は空気がない所でも火を灯し
ある魔道具は何も無い所から水を生みだし
ある魔道具は凄まじい質量の物体を難なく浮かし
ある魔道具は怪我をした人間を治癒させた。
ある人は毎日不自由なく幸せに暮らし、ある人は更に性能の良い魔道具を開発するために研究を繰り返し、ある人は自身の魔法を扱う腕を鍛えるため、日々修行を繰り返してていた。
しかし、そんな世界でも人間とは汚いもので、他の人間の物を奪おうとする連中が現れる。
奪われようとしている側もそれを見過ごすわけにもいかず、「奪われてはなるまい」と自分の物を守ろうとする。
その結果、奪う側と奪われる側で争いが発生する。
そして、『戦争』が勃発した。
それが勃発してから、人々の生活は一変した。
魔法を使う男は戦争に駆り出され、『兵士』に。人々の生活を助けていた魔道具は改造され、『兵器』に。それぞれがただの『殺人の道具』へと成り下がった。
戦場では様々な光景が飛び交った。
血走った目で魔法を敵兵に放つ者
味方の亡骸を抱え、泣き崩れる者
敵兵の魔法を食らい、臓物をまき散らす者
何食わぬ顔で戦場を見渡し、兵士をこき使う者
百人に聞けば、百人が『こんなのは間違っている』と言うであろう光景が戦場では当たり前のように広がっていた。
後に、この人類史上最初の戦争は『初代魔装大戦』と呼ばれた。
人類史上最初の戦争は、誰も勝者が居ないまま終了した。互いの兵士は初期の一割以下まで減り、兵器という名の魔道具も数えるほどしか無くなり、生活する人々の中に明るい顔をする者はただの一人もいなくなった。
人々は酷く後悔した。原因は分かっている。というかそれしか無い。それを行わなければ自分達は今も幸せに生活していたという事を思い知る。
人々は激怒した。自分達をまとめる人間があんなことをしなければ。自分たちの仲間を私欲に利用し、魔道具を兵器として開発しなければ、こんなことにはならなかった。
そして、『反乱』が起こった。
戦争の原因になった者たちは、全員凄まじい拷問の末に殺された。
そして、この戦争で傷ついた者たちで、戦争以前よりも大きな団体が組織される。
その結果、『国』が生まれた。
以前の支配者のように多くの人間を傷つけることが無いよう、政治は複数人で行われるようになった。間違った意見が出ればそれを反対し、災害が起きれば誰をどう助けるか会議し、いざこざが起これば全員でどう解決するかを慎重に会議した。
多くの失敗はあったものの、戦争を経験した人々はお互いに手を取り合い、その失敗を乗り越えていった。
しかし、そんな治世も次の代、その次の代、そのまた次の代と続いていく事でだんだん崩れていった。
そして漸く人々が戦争以前と同じように幸せに暮らせるようになった頃、何を狂ったか、ある国がある国に戦争を仕掛けた。
以前の戦争でも使われた兵器を再び生産し、国民の中から兵士を再び徴兵した。
それに加え、此度の戦争では新たに強力な兵器が使われるようになった。
『天剣』の登場である。
新たに発見された金属。当時は世界に沢山散らばっていた、現在ではレアメタルと呼ばれる金属をふんだんに使い、それに魔法を付与することで、魔法を使う事の出来ない一部の人間も、それを使えば戦争で戦えるようになった。
その効果は凄まじかった。
ある天剣は大地を割り
ある天剣は数万の人間を一振りで殺し
ある天剣は敵の攻撃を全て防御し
ある天剣は戦場に英雄を作り出した。
そんな時代が何百年も続いたある日、一人の人間が産声を上げる。
その名を『ランディア・ランドガルド』と言った。
ランディアが人生で初めて発した声はこれだった。
「最強の天剣を作りたい!」
ランディアの両親は絶句した。他の言葉はまだ殆ど言えておらず、「まぁま」や「ぱぁぱ」等如何にも赤子らしい活舌で話しているにもかかわらず、その言葉だけ
「最強の天剣を作りたい!」
と、はっきり発声するのだ。
ランディアがある程度成長した頃、ランディアに「最強の天剣を作りたい!」と言われ続けた親は、ランディアに鍛冶場を使わせてみる事にした。
幸い、両親が営むのは鍛冶屋だった為、ランディアに鍛冶場を使わせることに抵抗はなかった。
すると、まだ鍛冶のやり方を教えていないのに、ランディアが素材となる金属を選び、その金属を炉に溶かし、天剣を作り始めた。
熱しては叩き、熱しては叩き、熱しては叩き、熱しては叩き。
そんな様子を両親が唖然として見ていると、物の数時間で天剣の『型』が出来上がった。
「ぱぱ!まま!天剣のかたができたよ!みてみて!」
ランディアが両親に天剣の型を見せようと、必死そうに自分のところに来るよう催促する。
そのランディアの様子にハッと我に返った両親は、言われたとおりにランディアが作った『それ』を見る。
両親は驚愕して目を見開く。天剣は、その型だけでもまともに作れるようになるのに、最低でも十年の修行が必要となる。それに加え、付与するための魔法の特訓も必要になるので、実践でやっと使えるというレベルの天剣を作るには、三十年もの歳月がかかる。故に、まともな天剣をを作れる人間は限られていて、ランディアの両親も含め、世界で合計18人しか存在しない。
ランディアの作った型は、そんな両親も腰を抜かす程丈夫で、魔法の通りがよく、更には扱いやすくできていた。
両親は直ぐに、型に魔法を通そうとランディアに提案するが、天剣は型を作った本人しか魔法を通すことが認められないため、両親は『流石にランディアでもそれは無理か』ととても落胆する。
すると、いつの間にか両親へに興味を失い天剣の型を見つめていたランディアが、がっかりしたように声を上げる。
「このかただめ!すてる!」
と型を放り捨てた。
両親はランディアに『なんでだ!?何がいけないんだ!?』と聞く。すると、ランディアは少し悩んでからこう答えた。
「きんぞくのみつどもひくいし、まほうもひとつしかふよできないし、なによりかっこよくない!」
と答えた。両親の頭の中は、『そんな言葉何時覚えた?』という考えよりも、『なるほど、この子は天才だ!将来は世界一の天剣を作るに違いない!』という考えが支配していた。
それからランディアの両親は、天剣を作り生計を立てつつ、ランディアの天剣作りを全面サポートすることにした。
ランディアのためだけに上質な金属を集め
ランディアのためだけに鍛冶場をグレードアップし
ランディアのためだけに様々な魔法を教えた。
ランディアはそんな両親のサポートを受けつつ、何千万もの天剣の型を作っていった。
その全てはランディアのお目に敵わず破棄され、世界中の幾つものレアメタルが無駄になった。
そして、ランディア誕生から八十七年が経過した。
今まで作った天剣の型は『89045229』本
そして、今、『89045230』本目が完成しようとしている。
いつの間にか出来ていたランディアの弟子たちと、不思議パワーで百年以上生き続け、今も元気の塊なランディアの両親と、いつの間にか出来ていた、ランディアの子供達と、孫と最愛の妻が固唾を呑んで見守っている。
皆はランディアの邪魔にならないように十メートル以上離れた場所で静かに見守っているが、全員が緊張しているのが分かる。
というのも、皆が緊張している原因は、今作っている天剣を作り始める前に遡る。
「親父、お袋、話がある。」
両親は驚く。ランディアに呼ばれた回数など数えるほどしかないし、しかも今回はかなり真剣に話している。
両親は『何だい?』と聞き返すと、驚きの答えが返ってきた。
「天剣を、完成させる。」
その言葉を聞いた途端、両親は心臓が一瞬止まった気がした。走馬灯のようなものを見たのだ。
何本も上質な型を廃棄して、何億トンものレアメタルを無駄にして、魔法と鍛冶の修行以外はご飯を食べる、寝る、便をする、などの行動しかとってこず、一向に天剣を完成させる気配を見せなかったあのランディアが、『天剣を、完成させる』と言っている。
これは夢かと両親は思った。鍛冶師として、ランディアが完成させる天剣を見るまで死ねないと思い、幾つもの病を乗り越えてきた。
ある時は流行りの感染症にかかった。致死率が異常に高く、とてもじゃないがかかったら生きては返れないという病気に両親が同時にかかった。
『ああ、死ぬんだな・・・』と諦めかけていた二秒後、『ランディアが天剣を完成させるまで死んでたまるかッ!!!!』と、根性を発揮し、わずか一週間で完治し、退院した。
ある時は寄生虫に両親同時に寄生された。その寄生虫は現在は『殺人アメーバ』と呼ばれており、その致死率は驚きの百パーセント『だった』。
『だった』というのは、両親がまたもや根性でそれを乗り越え、致死率が百パーセントではなくなったったからである。
両親を診ていた医師は後にこう語る。
『ランディア様の両親ですか?勿論知ってますよ。皆さんはランディア様を『化け物』だとか『天才』だとか言いますけどね、私からしてみたらあのお二人の方が『化け物』にふさわしいと思いますよ。』
そんな走馬灯を見た後、ランディアに声をかけられて正気を取り戻した両親は、こうしてはいられないと、鍛冶の準備をするとともに親族を全員呼び出した。
しかし仕事をしている親族も多く、中には国の政治家をやっている親族もいたが、『ランディアが天剣を完成させる』と伝えると、ありとあらゆる仕事を放棄してランディアのいる家に帰ってきた。
会議を途中で抜け出してきた者、戦争の指揮を投げ出してきた者、作りかけの天剣を炉に放置したまま来た者と、様々な者が急いで駆け付けた。
そして、親族一同が到着したのと同時に鍛冶が開始され、今に至る。
三日が経過した。
ランディアはなおも金属を叩き続けている。鍛冶を始めてから不眠不休でたたき続けている。親族たちも、休憩や睡眠はとっているが基本的にランディアの鍛冶の様子を見ている。
ランディアは余程集中しているのか、汗を滝のように流しながらもそれを意に介さず、またその汗が金属にかからないように努めている。
両親たちも流石にランディアの事が心配になってきた。食事も睡眠も、ましてや排泄も一切していないのだ。ランディアも流石に人間なため、これ以上は死んでしまうんじゃないかと心配になる。
親族たちがそんな心配をし始めていた頃、遂にその時が訪れる。
鉄を叩く音が止んだ。
親族が全員それに反応し、ランディアの方に目を向ける。
見るとランディアは金属を叩くのを止め、魔法を付与しようとしていた。
色々喋りながら天剣に手をかざしている。
そして、やけに明瞭に最後の言葉が聞こえる。
「魔法付与『破壊不可』」
それを最後にランディアの魔法を付与する手が止まる。そして、ランディアは親族に向き直って息も絶え絶えの言葉を発した。
「完成したよ。最強の天剣、名前は・・・『ラグナロク』でいいか。」
両親は一拍子間を置いて、歓喜した。
『やったああああああああああ!!!!』
その夜は宴会となった。親族とランディアの弟子たちと共に、ランディアの天剣の完成を祝うためだ。その宴会の中で、誰もが気になっている、ランディアの天剣の特殊効果が発表された。ランディアは思い出しつつ語る。
「いっぱいあるからな・・・全部は覚えてないかもしれんが、それでもいいなら教えてやろう。」
宴会の会場にいる人たちは『早く教えろ!』といった様子でランディアが話すのを待っている。
効果の説明はしないからなと、前置きを置いてからランディアが語りだす。
「えっと・・・破壊不可、次元切断、魔力喰らい、全攻撃無効化、常時回復、欠損再生、無限斬撃、常時クリティカル、使用者強化×1000、使用者冷徹化、軽量化×100、時間操作、自然操作、形状変化、永久機関、瞬間移動、忠誠心、神通力、神化・・・かな。あ、後もう一つあった。付喪神。」
宴会場にいた人たちは驚きで止まっていた。ランディアの語った能力は、どれもが一級の超絶強力な効果だった。それを何種類も付与するというのはすさまじい難易度だ。例えるならば、全力疾走しながらラーメンを零さずに食べ、その上で一日で世界を一周し、その道中で世界中の戦争を全て死者無しで終わらせ、地球上の犯罪者全員を更生させる位の難しさである。
その後ランディアの天剣の完成を祝った宴会は一週間続き、その一か月後、ランディアの天剣、『ラグナロク』が遂に戦場で姿を現した。
戦場でのラグナロクは凄まじいプレッシャーを放っていた。
味方は勝利を確信し、敵は闘争心をゴッソリ削られるほどのプレッシャーだ。
そして、ラグナロクの使い手がそれを構え———軽く振った。
———その瞬間、災害が起こった。
敵兵は瞬く間に消滅し、跡形も残らず消え去った。
敵陣地の地面も消滅し、一キロメートルにもわたる深さの空洞が半径五キロメートルに渡って広がっている。
ラグナロクが戦場に現れてほんの数十秒で、長く続いた戦争は終結した。
それからは何百年も治世が続いた。戦争は一切起こらず、どの国も平和に暮らしていた。それはやはり、ランディアの作ったラグナロクのお陰であると言える。戦場であの力がまた振るわれることを恐れた国々は、戦争の火種を避け続けたのだ。
しかし、その戦争から五千年が経過しようとした頃、魔力を持たない人達の、魔力を持つ人たちへの反乱がおこる。
魔力を持つというだけで贔屓される社会を正すため、魔力を持つ人たちは大虐殺された。
魔道具とそれに関わるものをすべて破壊され、天剣もとある大穴に放り捨てられた。
魔力を持つ者はある人たちを残して全員殺され、それからは魔力を持たない人達による政治が続いた。
"我が名はラグナロク。最強の天剣也。"
いつしかラグナロクには意識が芽生えていた。声は出せないが、目は見えるし、音も聞こえる。
そんなラグナロクが居たのは、深い深い大穴だった。
"どこだここは。何があった。"
ラグナロクは必死に過去を思い出そうとする。
"そうか、人間共が反乱を起こし、我をあろうことかこの大穴に放り捨てたのか。忌々しい。"
ラグナロクは怒りに震えていた。あの者たちの生活を豊かにしていたのが誰だったのかも理解せず、贔屓されているという理由だけで魔力を持っている人たちを虐殺した。
今すぐにでも殺しに行きたい。自分を作った偉大なるお方は、自分一人でも動けるよう、神通力を付与してくれた。それを使い、大穴から出る。
"さて、誰から殺そう・・・ん?"
ラグナロクは幾つも違和感を感じた。
まず自分の体だ。大穴は暗くて気付かなかったが、自分の刀身がこれでもかという程錆びついている。これでは、自分に付与されている特殊効果が幾つか使えない。幸い、破壊不可の付与は生きているようで、錆の中にはきれいな刀身が眠っている。しかし、この錆にも破壊不可の付与がほんの少し入っているので、錆をとるとなると、長い年月に渡って磨かなければならない。
そして、二つ目の違和感だが、ある物体が浮いている。
その中には人間が座っており、どうやら乗り物だという事が分かる。しかし、魔力を使っている気配がないため、どういう仕組みで動いているのかは理解出来ない。
取り合えずあの物体についていこうと決めたラグナロクは、神通力を使って浮遊し、あの物体についていった。
"なんだこれは!?!?"
浮遊する物体についていった先で、ラグナロクは驚愕に打ち震えていた。
そこら中に立ち並ぶ長細い建物、所々に浮く島のようなもの。ここまで見れば、ラグナロクでも嫌でも理解した。
"どうやら、あの反乱から何年も経過しているようだ。知識を得ることが必要か。"
すると、こちらに向かっている足音がある。ラグナロクは本能的に、ただの錆びた剣の真似をしようとする。ラグナロクが地面に落ちて、周りから見れば捨てられた剣のような様子になる。
暫くすると剣の近くにある一人の人間が歩いてきた。
その男は、自分の様子を見るなりこう言った。
「おん?なんだァ?この錆びた旧時代の武器はよォ?」
"錆びているのは事実だが、旧時代の武器とはどういうことだ?"
当然、ラグナロクの声は聞こえていない。ラグナロクは「旧時代の武器」という言葉に疑問を感じる。
そんなことを考えてる間に、男は自分を手に取り色々な所に叩きつけて強度を試している。
"ふっ、無駄だ。我が体は破壊不可故、叩きつけようが溶岩に放り込もうが、壊れることは無い。"
「強度だけは凄いなァ。持って帰って色々試してみるか。」
"ふむ、ここで逃げ出す事も可能だが・・・まあ情報も集めねばならん。こ奴に着いて行った方が情報も集めやすいだろう"
そう考えたラグナロクは、大人しく男に着いていくのだった。
西暦5084年。
魔法という存在は歴史から抹消され、魔力を持たない人間が世界を支配していた。
当然、魔道具や天剣といった存在も無かった事になっていた。
そんな中、次元を突き破って人間の支配を奪わんと、地球の至る所で暴れる人外の生物がいた。
その名を『界異獣』と呼んだ。
その生物は一匹一匹個体差は有るものの、一番弱い界異獣でも、戦闘の天才でなければ五体満足に倒せないほどだった。人間たちは、その恐怖に怯えながら日々を暮らしていた。
しかし、魔法の代わりに科学が発達していく中で、様々な強力な武器が作られるようになった。光の粒子を剣の形に固めた武器や、銃の形をした物から、高密度に光子を圧縮して作った弾丸を発射する武器などだ。それらの武器を使う事で、人類は界異獣の脅威から身を守っていた。
しかしそれでも、強めの界異獣を相手にしたら、並の人間は生きて帰れない。そんなことが無くなるよう、界異獣を倒すことを目的とする学校が設立された。
その学校に通う生徒で、特に優秀な能力を持つ生徒がいた。そして、今その生徒はある装備品専門店に居た。
「うーん。丈夫な武器ないかなぁ。修業に使いたいんだけどなあ。」
その少女は飛び切り丈夫な武器を探していた。修業をしていると、どんな武器でも一週間以内に壊れてしまうため、お金が馬鹿にならないのだ。その為、性能は悪くても良いので簡単には壊れない武器が必要だった。
「お、ランドガルドの嬢ちゃん。また武器探しかァ?ほんとによく壊すなァ。」
すると、この専門店を営む男がやってきた。彼はいつも少女の事を考えて武器を選んでくれるため、少女もとても信頼している。
「ハードさん!なんか丈夫な武器有りません?いい加減壊さないようにしたいな。うちはお金持ちじゃないし。」
少女はハードに丈夫な武器が無いか聞いたが、半ば諦めていた。今まで壊した武器も殆どがハードに勧められた武器のため、勧められても直ぐに壊れるだろうなと思っていた。
しかし予想に反して、すぐに良い答えが返ってきた。
「ああ。それならいいものが有るぞォ。旧時代の武器だが、凄まじく丈夫だァ。これなら嬢ちゃんの修行にも使えるさ。」
「本当に!?見せて!」
そうしてハードが見せてきたのは錆びた長剣だった。長さは一メートル以上あるが、とてつもない軽さをもっている。錆の中が空洞なんじゃないかと疑う程だ。
「何?これ?」
「界異獣が出てくる大穴があるだろォ?あそこは今休眠中だからなァ。そこを見学して行った帰りに拾ったんだ。」
「また危ないことを・・・って、なんでこの武器なの?こんな武器じゃ一日も持たなそうだけど。」
「ああ、検査もした上で強度も測った。その結果、その分厚い錆の中にきれいな刀身が眠っていることが分かったんだ。しかもその刀身、すっげえ種類のレアメタルがすっげえ高密度に圧縮されてるんだぜェ?しかも、光兵器を使っても全然傷つかなかったんだ。中の刀身にも、錆にもな。」
「はぇー、じゃあ十分使えそうですね。ありがと、で、いくら?」
「ああ、金は要らねェ。その代わり、条件がある。」
ただで売ってくれるという事なので、その条件を聞くことにした。しかし、条件は予想外の物だった。
「こいつの錆びをとってくれ。ああ、錆をとるにはこの特殊な加工をした砥石が要る。しかも何年も継続して磨かなければならないから相当大変だァ。で、錆がとれたらその件を俺に見せに来てくれェ。それが条件だァ。」
「そんな条件でいいの?分かった!頑張って磨くね!」
少女は砥石と剣を受け取ると、早速剣を磨きながら店から出ていった。
"まさか、生きていたとはな・・・"
少女によって買われその少女に運ばれる中、ラグナロクは内心凄く驚いていた。
この少女の名は『ミア・ランドガルド』という名前だった。『ランドガルド』という姓は、自分を作り上げた人間の姓だったからだ。
魔力のない人間の反乱によって、ランドガルドの一族も抹消されたかと思ったが、何とか生き延びていたようだった。
しかし、ラグナロクが尊敬するのは『ランディア』だけのため、ミアが自分を使おうとしても自分の能力の数々は決して使わせない気だった。
"それにしても、不思議な光景だ。軽く調べたところ、魔法は一切使ってないという事なのだからな。科学というのはすさまじいものだな。"
ラグナロクは科学に興味を抱いていた。魔法を失った人間は直ぐに絶滅するだろうと考えていたが、予想に反して大幅な発展を成し遂げていたのだ。
しかも発展の具合だけで見たら、魔法を使ってた時代よりもはるかに上だった。ラグナロクは、魔法が消滅したのは正解なんじゃないかと思い始めていた。
"魔法が有ったらここまでの発展を遂げていたのだろうか・・・いや、恐らくあのままだっただろうな。生活水準を上げるために魔道具を作る者は居ても、それだけではこんな発展はしなかっただろうからな。そういう意味では、魔法が消滅したのは正解だったか。"
あの時代の人達の作る魔道具は、戦争の道具となるか、ぶっ飛びすぎたものを作って廃棄されるかの二択だった。そのため生活水準は全然上がらず、時代が止まったように発展しなかった。
そんな事を考えていると、ミアの足が止まる。ふと見ると、いつの間にか裏路地に迷い込んで複数人の人間に囲まれていた。何事かとラグナロクが混乱していると、ミアを囲んでいる人間の一人が声を発する。
「んー、お前ってミア・ランドガルドだよな?」
「そうだけど、なに?」
「よし当たりィ!じゃあ取り合えず、お前の家に代々伝わる禁制書を寄越せ。今持ってるんだろ?」
その言葉にラグナロクは疑問を覚える。禁制書とはなんなのか、そしてそれを何故この娘が持っているのか。
すると、男の一人が次にこう続ける。
「じゃねェとここで殺してでも奪う。あ、勘違いすんなよ?お前を殺した所で、法を犯した事にはならないんだからな?」
それを聞いたミアは周りを警戒しつつ、全速力で逃げ出した。この人数相手じゃこの狭い路地では分が悪いと判断したようだ。
"ふむ・・・いくら不利とは言え、あの方の血族が逃げるとは、何とも情けない"
「あっ!手前!待ちやがれコラ!」
「追え!家に着かれると面倒だぞ!」
ミアの後を追う複数人の人間は屋根を走ったりしつつミアを追い続けるが、不思議と逃げるのが上手いミアには追い付けず、いつの間にか見失っていた。
「クソッ!一旦戻るぞ!あいつは学生だ!ちゃんと計画を立てれば捕まえられる!」
そう言って戻っていく様子を物陰から見ていたミアは、人間たちが立ち去ると何事もなかったかのように家に戻っていった。
「あーーー・・・危なかったぁ・・・。」
ミアは家に着いた途端、腰が抜けてしまっていた。彼女は普段、この様な姿を周りに見せる事は無い。しかし、そんな彼女にも気を抜ける場は必要なようで、家の中だと、彼女はこの様に情けない姿を晒してしまう人間だった。
ミアは、鞄の中から鎖で縛られている黒い本を取り出して、家にある金庫に仕舞う。
そしてその金庫を見ながらミアは言葉をもらす。
「いい加減、この本捨てちゃ駄目かなぁ。持ってるだけで殺されるとか、勘弁して欲しいんだけど・・・。」
今は色々は場所を渡り歩いている自分の両親が、この本を『肌身離さず護れ』と、自分に渡してきたのはもう2年も前になる。それから毎日毎日命を狙われるようになり、それから逃げ続けて居るうちに、逃走の技術だけが磨かれて行った。今となっては、並の大人では自分を捕まえられなくなっていた。
「というか、この本って何が書いてあるか確認しちゃ駄目なのかな。私が守ってるんだから、中身を見る権利はあると思うんだけど。」
鎖で縛られている事から、中身を見てはいけない物だと思っていたが、思い返してみれば、親から『中身を見るな』とは言い聞かされていなかったので、興味を持ったミアは金庫を開けて本の鎖を取ろうとする。
本を縛っている幾つもの鎖。その一つを取ろうとすると、赤い閃光が走り、ミアの体を5m離れた壁まで吹き飛ばした。
「ぐっ!」
暫く悶絶していたミアだったが、体には傷一つ付いていなかった。しかし、体の痛みは残っている。
「痛たたた・・・成程、取ろうとしてもこうなるから『取るな』って言わなかったんだ・・・。」
本の中を見るのは無理だと悟ったミアは、本をもう一度金庫の中に戻し、食事と風呂を済ませ、眠りについた。
"ほう・・・これは面白い。『拒絶』の付与が施された鎖か。確かに中身を見る事は叶わないだろうな。"
ミアが眠りに着いた後、ラグナロクは神通力を使い、先程の本を持ち出し、鎖について調べていた。
金庫の開け方については、ミアがやっていたのをそのまま覚えて実践しただけである。
鎖を調べていると、昔、天剣にも施された事のある、『拒絶』の付与が成されていた。効果は、触れた者を吹き飛ばす、ただそれだけである。天剣では主に、敵の武器を吹き飛ばしたりする為に使われていた。
そのため、鎖を解くことは叶わないが、ラグナロクは神通力を使い、触れずに鎖を解いていた。
"触れなければ関係ない、という弱点は昔と変わらないな。"
そして、鎖を解いて本の内容を見ると、自分の事について書かれていた。
「これは・・・!我の能力、使い方が書かれた本!それに、魔法の使い方まで書かれている!こんな物がまだ存在していたのか!」
魔法の文明が抹消され、それに関する事も抹消されたかと思っていたが、本に残されていた事を知ったラグナロクは少し歓喜した。
そして、驚きの余り音として自分の声を出してしまった事に気付き、ミアに聞かれていないか心配になったが、そのミアは寝ているため、聞かれていない事に安堵した。
"我とした事が・・・危ない所だった。して、この鎖はどうするか・・・"
もう一度本を縛って内容を知られないようにするのも良いと思ったが、ミアにこの内容を知らせるのも良いと考えたラグナロクは、少し考えた末、ある結論を出す。
"我の錆が取れたら伝えるとしよう。今はまだ早い。"
自分の体は、未だ錆びたままである。その状態で使い方を知られても仕方ないので、錆が取れたら鎖を取ることにした。
"さて、我も少し休むとするか。"
そう考えたラグナロクは、一時の休息に着いた
ラグナロクが目を覚ますと、ミアは既に自分を持って外に出かけていた。しかし、少し様子がおかしい。
"ふむ、左腕が取れているな。右目も無い。何があったというのだ。"
ミアは見るも無惨な姿になっていた。血を多く流し、痛みで顔を歪めながらも、昨日の本と自分を持ち、森の中を逃げるように走っている。
「あいつら・・・!遂に私の家まで特定しやがった!昨日巻いたと思ったのに、つけられていたんだっ・・・!」
どうやら、家を襲撃されたようだ。ラグナロクとしては、2年も追い回されて家がバレなかった方が不思議であったが。
まだ子供とはいえ、複数人の大人に襲撃された程度でボロボロになっているのを見て、ラグナロクは少し恥ずかしくなる。
"実に情けない。あの方の子孫として少し期待していたが、期待外れだったようだ。娘が死んだら次の使い手を探すか。"
ラグナロクはミアに対して落胆していた。ランディアの子孫、この世界でも少ない魔力持ちとして期待していたが、とんだハズレだったようだ。
ラグナロクがそんな事を考えていると、ミアが森の開けた場所に出る。そこには、黒い外套を被った男がいた。
「誘導されたっ・・・!しかも、あいつは・・・!」
ミアの目の前にいる男は、界異獣狩りとして世界的に有名な男である。当然、対人戦にも優れていて、競技として行われている闘技大会では、殿堂入りを果たしている。
そんな男が自分の目の前に居るということは、誰かから依頼でもされたのだろうかと考える。
「さあ、禁制書を渡せ。そうすれば逃がしてやる。まあ、その傷じゃあ死ぬだろうがな。渡してくれないと俺が怒られる。」
「だ、誰に依頼されてこんな事・・・!」
「言う訳無いだろ。それに、知った所でお前は死ぬ。意味がないぞ。」
少し希望を抱いていたが、目の前の男も自分を殺す気だ。後ろも複数人の大人が追ってきている。逃げるなら、あの男を倒すしかないと悟ったミアは、本を鞄にしまい、錆ている剣を構える。
「そんな旧時代の武器で俺にどう勝つ?俺の武器はこれだぞ?」
そう言うと、男の手を光が包み、刃の形を取る。木から舞い落ちる葉がその光に触れると、粉々になって地面に落ちる。ミアもあの武器は見た事があった。
「私一人にそんな武器を使うなんて・・・そんなに警戒しているの?」
「いや、この武器実は作ったばかりなんだ。だから試し斬りだな。良いサンドバッグになってくれよっ!」
そう言いながら、男が凄まじい速度で斬りかかってくる。右腕だけで持っている剣で防御するが、受け切れずに後ろの木まで吹き飛ばされる。
「すげぇなその剣全然壊れねぇな。なんか特別なもんでも付けてんのか?」
男のそんな言葉にも耳を貸さず、ミアはフラフラになりながらも、右腕の剣で男に斬り掛かる。
しかし、光の刃で弾かれてしまい、脇腹に攻撃を食らう。
「あああああああああああああああああああっ!!」
「うるせェな。ちょっと体を斬られただけだろ。我慢しろよっ!」
男がそんな隙を見逃すはずも無く、さらに斬りかかろうとするが、ミアも痛みを我慢し、横に転がって避けた。
直ぐに立ち上がるが、もう体が限界なのか、目が霞んで腕も上がりにくくなっていた。
「そろそろ禁制書を渡す気になったか?え?」
「渡す訳、無い、でしょっ・・・!」
「なんでそこまでして護る?命よりも大事な物か?それが?」
ラグナロクもそれは気になっていた。助かりたいなら本を差し出しても良いはずだ。なのに、ずっと抵抗して渡そうとはしない。情けない姿を沢山見てもただそれだけが疑問だった。
ミアが少し考える素振りを見せた後、その問いに答えた。
「そんなの・・・。」
"・・・"
「ああ?」
「そんなの、無責任でしょ?今まで先祖様達が護ってきた物を、私の命欲しさに捨てるなんて、そんな無責任な事出来ないよ!」
"・・・ふっ。"
「見上げた責任感だな。」
"確かにその通りだ。だが・・・"
「まあ、渡す気が無いってなら───殺すだけだ。」
"気が変わった。この娘を生かしてやろう。"
「そう易々と、殺される気は無いっ!」
ミアが男の脳天を目掛けて斬り掛かる。それに対して男はカウンターをする気で攻撃を防ごうとしている。
ミアが満身創痍だろうと、男は油断していない。しかし、警戒もしていない。よって攻撃は避けられる事はないだろう。ラグナロクは今しか無いと判断し、自身の使える能力を、一つ、解放した。
『"次元切断"』
ミアが剣を振り下ろすと同時に発生した「それ」は、男の防御を無視し、男が立っている空間ごと───
───真っ二つに切り裂いた。
「結局、あの力は何だったのかな・・・。」
ミアは先の出来事を不思議に思っていた。自分は力は強いが、人の体を光の刃ごと断つ程強くはない。それなのに、あの男の体をいとも容易く断ち、今こうして生きている。
左腕があった場所と、右目の部分に包帯を巻きながら、ミアは錆びている剣を見る。
とても強い武器には見えない。不思議な力もありそうに無い。強いていえば凄まじく頑丈なくらいだ。
「この剣のお陰なのかな?」
"ふっ、その通りだ。"
「ま、錆びてるしそんな訳無いよね。」
"む?我が助けてやったというのに、気付かないのか・・・。"
「でも、この錆を取り除いたらどんな剣が出てくるか少し楽しみになってきたかも。」
"しかし、この娘が少なからずあのお方に敬意を抱いているのは分かった。"
ラグナロクとミアはお互いを見つめながら考える。
「これからもこの剣を使うために、ちゃんと磨いて綺麗にしていこうかな。」
"ゆっくりと、長年かけて、この娘を選別してやるとしよう"
「"いつか錆が解けるまで"」