序章
半壊したビル。かつては「東京」と呼ばれていたこの街で、俺は汗水垂らしながら働いていた。
どっこいしょと積み重なった瓦礫をどかしていく作業。素手で行うには少々危険な作業ではあるが、最後の軍手は昨日の作業中に破れてしまった。
「いてっ」
瓦礫についていたガラスで指を切ってしまう。じわりと血が滲み出て、ぽたりと地面に落ちた。これはちょっとめんどくさいことになった。多少の切り傷ぐらい俺はなんともないのだが、「自称保護者」はこういうのにも反応する。彼女は今どこにいるのだろうか。おそらく離れた場所で作業をしているはずなんだが……。なんとか、誤魔化せないだろうか。
腰に巻いていたシャツの端をビリっと破いて指に巻く。とりあえず止血さえできれば……と思っているとどこからかゴゴゴゴゴゴという音が聞こえてきた。近づいてきている。
「……バレちゃったか」
空を見上げると、眩い太陽に黒い点が一つ。それがだんだんと大きくなっていって……翼の生えた少女の形になった。
「ユ、ユウキ〜!?!?!?ユウキの生体反応にノイズを計測しました!!!もしかして大怪我とか!?死んじゃいやだ〜!!!!」
そう叫びながら俺の目の前に超スピードで着陸する超高速飛行物体。
自慢じゃあないが俺はあまり体幹が強くなくてね。そんな軟弱男が着陸する戦闘機の隣に立ってたらどうなると思う?
吹き飛ばされるよね、そりゃ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
ゴロンゴロンと瓦礫の上を転がりながら吹き飛ばされる俺。来世はボーリングの球がいいとこかな。まあボーリング、やったことなんですけど。
「あれっ?ユウキ〜!どこ〜?」
あなたに吹き飛ばされましたよ。瓦礫の山に引っ掛かっております。
増えちゃったよね、怪我も。
「おーい、エル。こっちこっち」
「あ!ユウキ!大丈夫!?」
「大丈夫そうに見えるんなら大丈夫なんだろうな」
背中から生えていたメカメカしい翼をガション!と折りたたみながら駆け寄ってきたエルは俺の手を取ると自分の胸へと持っていった。
「生体情報スキャン……ってあー! 全身傷だらけじゃん! あれほど危険な作業はしないでって言ったのに!」
「指の怪我以外はお前につけられたんだよ!もうちょっと優しく着陸しろっていつも言ってるだろ!」
「うっ……ごめん……」
「まあいつもの事だしな……もう慣れたけど」
「じゃあいっか!」
「殴るぞ」
反省の色が見られない。これだからポンコツは……この前拾った壊れかけのラジオの方がまだ役に立つぞ。
「ところでエル、そっちは何か見つかった?」
「ふふふふふ……よくぞ聞いてくれました!」
ゴソゴソと腰から下げたポーチの中身を漁るエル。
中からゴロゴロと大量の缶詰が出てきた。
「どうよ!なかなかのもんでしょ!」
「エ、エル……!」
「なあに?」
「でかしたああああああ!!!!」
食料!ちゃんと人が食べることのできる食料だ!!!これで地獄のカエル丸焼き生活から脱出できる。
俺は感動のあまりエルに抱きついた。
ほんのりとオイルの匂いが漂ってくる。
「ちょ、ちょっとユウキ!オイルかいてるんだからやめてよ!恥ずかしいよ!」
「お前はほんと最高だなあ!今夜はご馳走だぞ!」
「えへへ……そこまで褒められると照れちゃうな。ところでユウキは何か見つけたの?」
「ああ、見て驚くなよ?」
俺もただ瓦礫を避けていたわけじゃない。ここは昔侵略軍の基地があった場所。ということは……
「ここになら、これがあると思ったんだよな」
「あっ!!!それって……!」
俺が取り出したのは小さな缶。俺には読めないが、「戦術的侵略兵器用燃料」と書かいてあるらしい。
「んみゃ〜!!!最高級オイルじゃん!」
「これがあれば一ヶ月は活動できるんだろ? まあなかなかのお手柄だと思うんだよな」
「ユウキ〜……」
「どうした?」
「ありがと〜!!!大好き!!!」
超高速のハグ。気がついたら俺はエルの胸元に引き寄せられていた。
エルはアンドロイドだ。いってしまえばロボットみたいなもの。だけど見た目はまごうとなき美少女で……。つまりこれは、年頃の男子にとってかなり刺激の強い体験ってことになる。
「ちょ、エル……流石に密着しすぎ……!」
「えっ!あっ!ごめん……」
パッと離れるエル。その顔は真っ赤で、頭からは放熱用の蒸気がプシューッと吹き出している。
「いや、まあ、なんだ。お互いいい感じの成果だな!」
「そ、そうだね!」
どこかぎこちない雰囲気に包まれながらも、なんとか窮地は脱することができた。あのまま密着していると……なんだ、ちょっとマズかった。
「じゃあそろそろ家に帰ろうか」
「そうだね、日が暮れると野良ロボも湧いてきちゃうし……」
「最初に言っておくけどな、俺は歩いて帰るぞ」
エルはいつも俺のことを抱きかかえたまま飛んで帰ろうとする。それ自体は別にいいのだが、こいつは加減というものを知らない。人間が生身で音速を超える飛行に耐え切れると思うなよ。
「わかったよ〜」
「はあ……じゃあ行くぞ」
エルに背中を向けて帰路に着こうとする。
すると、背後からガションという音。
やったな、こいつ。そう思った時にはもう遅く、俺は遥か上空まで連れ去られていた。
「バカ!やめろって言っただろ!」
「ほらほら!喋ってると舌噛むよ!しっかり掴まっててね!」
「おまーーー」
瞬間、体が一気に重くなる。超高速飛行からくるえげつない程のGが体を襲い……俺は、家に着くまでどうか生きていられますようにと祈ることしかできなくなった。
今日はせっかくのご馳走になる予定だったが……しばらくは喉を通る気がしないな。
アンドロイド娘との生活は、常に命の危険と隣り合わせだ。