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FAKE  作者: イマイチ
2/7

朝、時計の針が真上と真下を対極に差す時間。結仁は自分の部屋ではない寝室のベッドの中で覚醒した。


ぱちり、と目を覚ますとそこから行動はすばやく勝手知ったこの部屋の洗面所へと顔を洗いに向かった。


(慣れない…)


この部屋の主人は言わずもがな天王寺帝である。当の本人は結仁も先ほどまで眠っていたベッドの中で未だ夢の中だ。


結仁は洗面所の鏡の中に映る自分を寝惚け眼で観察した。


体調管理の一環で朝は必ず6時に起きて軽い運動をしてから1日をスタートさせる。そして顔を洗って、朝食は栄養管理のしっかりされた一汁三菜の献立を食べるのが朝のルーティンだ。


誰にもオメガだと悟られないように。

その一心で徹底されてきた結仁の健康管理の日課がこの一週間ほどできていない。今朝は慣れで自然といつも起きていた時間に目が覚めてしまったようだが。


答えは当然分かりきっていて、ヒートサイクル中、結仁のフェロモンに充てられた天王寺が昼夜問わない、それどころか触れていない時間の方が短いくらいその体を求めたからだ。おかげで結仁は学校の授業の方にすら顔を出せていない。


結仁は天王寺につけられた右のうなじの噛み跡を撫でる。結仁が現在着ている服は鎖骨が大きく開き、結仁の股下まで隠れる、天王寺の私服のシャツで首周りにかなり余裕があった。

その服の内側に見えるつるりとした真っ白な肌に映える歯型は、つけられて一週間も経つというのにその赤みが薄れることはない。


これは、番の証。

結仁が天王寺の物になったと認めざるを得ない痕。結仁にとってはそれが、酷く憎く恐ろしくとても愛おしいものだった。


「おはよ」

「あ、天王寺…お、おはよう」


たった今起きてきたらしい天王寺が結仁を背後から抱きしめ驚かせた。その彼が纏う雰囲気はとても甘く妖艶で、結仁にとって朝から刺激の強いものだった。


今日でヒートサイクルも終わりを迎える頃だ。結仁の中の本能に押されていた理性もやっと落ち着いてきた。

この期間中はセックスばかりでゆっくり天王寺と話もできなかったから、結仁は自分の心の中で燻る様々な感情をどうにかスッキリさせたいと、意を決して自分を抱きしめ何度目かも分からない行為に及ぼうとしている天王寺に鏡越しに視線をぶつけて言った。


「天王寺、話がしたいんだ」




二人は天王寺の部屋のリビングにあるL字のソファーの角のところに並んで座る。これから真剣な話をしようと言うのに、天王寺は結仁の髪や自分のつけた痕を愛おしく撫でて結仁をまた一つ困らせた。


「天王寺、ちゃんと話を聞いて欲しいのだけれど」

「聞いてる」


人の話を聞く態度には見えないし、と結仁は心に思ったもののそれを口にする事はなく諦めて話をすることにした。


「俺は、オメガ性のことを一種の病気だと思ってる」


声のトーンを少し落として天王寺のきりりとしたつり目がちの瞳を真っ直ぐ見据えて結仁は言った。それでも天王寺の表情や仕草に変化はない。結仁はそのまま喋りを続ける。


「だって、発情期だなんて。そんなの馬鹿げてると思わないか?人間なのに、獣みたいに言われることにだって苛つくよ。こんな体質なせいで、俺は今まで散々苦労してきたんだ。努力だって誰よりもしてきたつもりだ」


過去に、結仁はヒートを薬で抑制することが出来なかった時もあった。それを抑えるために精子を求める体を一人で気が狂うほど慰めた夜もあった。それでも治まらない時は真冬だったが冷水の浴槽に興奮が冷めるまで浸かった日もあった。


「それなのに、こんな体のせいで同級生とセックスをして」


結仁は悔しいのである。

今まで小さな小さな努力を何段も積み上げてここまで上がってきた。それをたった一人のアルファ、天王寺はいとも簡単に結仁の手を引いてこの大きなオメガという性の壁を軽く乗り越えていく。

やはりオメガはアルファには敵わないのか。今までの努力は全てアルファの前では無に等しい、もしくは無駄なものなのだったのか。結仁の心の半分はそんな気持ちで占められていた。しかし結仁が悔しいのはそれだけではない。


「天王寺だって、本当はあの転校生が好きなのに。たまたま俺のヒートサイクルの匂いに惑わされたせいで…。きみもばかだよ、番契約をしてしまうなんてさ…」


番契約はどちらかが死ぬまで続く魂と魂の深い繋がり。一時の劣情に身を任せて繋いでしまっていいものではなかったのに。

結仁は話す内に気が沈んだのか、首を脱力させて見るからに落ち込んだ様子であった。その虎目石を嵌め込んだような瞳には露を孕んだようにも見える。


「…俺は、笑われるかもしれないけどもしこんな俺に番が出来たら、その人は俺のことを尊重して愛してくれる人であったらいいなと思ってた」


初心な少女かと揶揄されるかもしれないが、と結仁は心の中で自分を貶めた。

そして、今まで口を閉ざしていた天王寺がやっと結仁に触れる手を止め話した。


「お前の言いたいことは分かったがいくつか反論させてもらいたい」

「…うん」

「俺はあの転校生のことは好きじゃない」


ウソ、と結仁はまん丸く瞳を見開いて間抜けな顔をして顔を上げた。


「あの転校生に関わっていたのは事実だけど。オメガは珍しいだろう?興味本位で近づいただけだ」


天王寺は大きな掌で結仁のぎゅっと閉じられた拳を包み込むように手を繋ぐ。


「俺は自分のことをこの学園の生徒たちの中でも一番優れたアルファだと思っていたが…情けない話、一週間前、生徒会室でヒートに襲われてるのを見るまで、おまえがオメガだと中等部の頃も合わせて六年一緒に過ごしていて全く気づかなかったよ」


固く握り締められた結仁の手の緊張を解くように一本一本指の力を緩ませ開かせる。そこに自分の指を絡めぎゅっと握る、所謂恋人繋ぎをした。


「前から、結仁のことは人並外れた努力家で同い年ながらにすげえ奴だなって思って見てた。成績も常に1、2位をキープしていて、アルファもオメガもベータも関係なく誰にでも分け隔てなく優しく接して…、運動部にだってよく助っ人で呼ばれてだろ?周りからの信頼や評判も高くて…そのせいで、俺もいれた他の生徒会の奴らに苦労させられたけど」


寡黙であまり自分の感情を表に出さない人間が、結仁のことについて饒舌に喋っている。


「生徒会室で結仁の匂いを嗅いだ時に、初めて俺は結仁のことが好きだったんだと自覚した」


話を聞いていた結仁は天王寺の声を聞く耳も、握られている手も、顔も真っ赤にして天王寺の言葉の続きを待った。


「確かにタイミングと始まりは悪かったかもしれないが、俺は本気だ。番契約だって馬鹿な真似をしたとはすずめの涙ほども思わない。…好きだ結仁。俺が絶対に幸せにする、不安にさせる真似もしない。信じてくれ」


真っ直ぐで凛とした低い声とブラックホールの様な瞳とその言葉に、とっくに結仁は引き込まれていた。


「お…遅いよ。言うのが…!一週間もずっと一緒にいたのに…!好きだなんて今初めて聞いた」

「これからはいくらでも、お前が言わないでくれと言ったって言い続ける」

「俺は多分かなり嫉妬深いし、すぐ不安になるし…だから、ずっとそばにいて安心させてくれないと嫌だ」


天王寺は結仁を抱き寄せぽんぽんと幼子をあやす様に頭を撫でた。

それこそ言葉は無かったが今直に感じる天王寺の温もりと優しさが安心しろと伝えているようで結仁にとってとても心地が良いものであった。


「…俺も好きだよ、みかど」


たった先ほどまでは認めたく無かった胸の中で燻っていたこの感情。たった二文字を吐き出すだけで結仁の心は今までに無いほど浮かれ、高揚する。


沸騰した水のようにぶくぶくと興奮が沸き立つ二人が、この後リビングのスプリングの効いたソファの上で互いを激しく求め合うのは当然の事ではないだろうか。


(惑わされた、だけは否定できねえな)


天王寺は自分の下で淫らに乱れる結仁に愛おしく口付けしながらそんなことを頭の片隅で深く思った。

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