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FAKE  作者: イマイチ
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結仁(ゆに)くんはオメガだねえ」


十一歳のときに受けた第二次性徴検査。

老齢の医師に、レントゲン写真やらウイルスに注意、みたいなポスターやらがいっぱい壁に貼られた診断室であっさり言い渡された。


ぽかーんとする俺をよそに、その医師は続けて喋る喋る。

オメガの特徴やその対処の仕方、発情期(ヒートサイクル)について、オメガの社会的地位の確立の難しさ、抑制剤の存在、などなど。

そして最後に心のカウンセリングも勧められた。


俺は自分がオメガだという事実を受け止められず、医師の話はあまり入って来なかった。

俺がカウンセリングを勧められたのも、オメガだと知った人の中にはオメガの社会的地位の低さや、人が本能に支配されるという事実に恐怖し、絶望して命を絶ってしまう人がいて、俺もその内の一人に入ってしまうのではないかと思われたからのようだ。


医師の判断は正しい。実際、俺は当時、医師の話を聞いてとても深く深く絶望した。

俺の家族は父、母、兄。俺を合わせて四人だがみんなアルファで、当然俺もアルファなんだと勝手に思い込んで居たから余計と。


両親から遺憾無く期待と愛情を注がれていた兄。どこに出しても恥ずかしくもない自慢のアルファの長男は父と母が築いた会社を立派に継いでいくんだろう。それとも優秀な兄は自分で未来を切り開いていくのかな。


自分が愛されていないとは思ったことはないし、なにか差別をされて育てられた訳でもない。

ただ兄を尊敬して、憧れて、それがいつの間にか酷い劣等感を感じるようになっただけのこと。


勉強、運動、容姿の造り、音楽や芸術、その他の習い事、友達の多さ、周りの大人たちからの評価、

何を取っても兄に勝てるものは何一つなかった。

だけどまだそれで将来が決まった訳じゃない。何か一つでも勝ちたい。俺も両親から認められて期待される人間になりたい。努力することを諦めるのにはまだ早い、と決意した矢先の第二次性徴検査だった。


(死にたいのひとつやふたつ、思ってしまってもしょうがないじゃないか)


当時両親は仕事の為、兄は学校だった為、病院へは一人で行った。…正確には父の秘書の運転で連れて行ってもらったのだが。帰りの車中、後部座席でひたすら泣いていたことをよく覚えている。


そしてその時さらに決意した。

元々、オメガでなくたって兄を超える為にどんな努力だってする決意をしたところだった。

神様はきっと、俺の強い覚悟を見てオメガ性というハンデを与えたんだ。すぐに兄に勝てたらつまらないだろうって。


ならば目標はもっと高く。

アルファよりもアルファらしい人になろう。

オメガ性に縛られずに人の上に立てるような立派な人間になろうと。





そして早くも時は流れ高校三年生になった俺、姫松結仁 十七歳。

かつて十一歳だった俺の覚悟は凄まじく、あの検査の後、死ぬ気で猛勉強して全寮制のこの学園に中学受験した。

成績もまあまあの結果でこの学園に在籍すること早六年目。


家族にすら自分がオメガだということがバレるのが嫌というだけでこの全寮制の学園に入学を決めた。そしてこの学園は超お金持ち校なだけあって、各界の優秀な御曹司やお坊っちゃん、つまりはアルファたちのそれはまあ集まること集まること。この学園に在籍する学生のうち約5パーセントはアルファが占めていた。

一見とても少ない数字に見えるが、希少種のアルファたちをよくもまあこんなに集めたな、というのが俺の素直な感想。


そして、俺はここでオメガという性を隠しながらこの学園の至高のエリート集団、四名からなる生徒会の第二位の役、副会長にまで上り詰めた。


高等部だけでもこの学園の生徒の在籍数は千を超える。そのうちアルファは50人に満たないほど。その中で生徒会長を除く他のアルファ達よりもさらにその上に俺はいる。


生半可な覚悟ではここまで来れなかった。

徹底した体調とホルモン管理、ヒートサイクルが訪れる度の薬の服用。周りの人間にカケラでも自分がオメガだと思わせない為の授業態度や普段の生活。


家族にも、先生にも、同じ生徒会の仲間にも、友人にも、

誰にも頼れない生活。常に孤独と薬の副作用と戦う毎日。多くのものを犠牲に得た副会長の座。俺が認められた証。


「…他の生徒会の奴らの尻拭いをする為に努力してきた訳じゃあないんだけどな」


…何度目かも分からないため息を吐く俺の前にはこの学校の行事案や会計書類。問題事の報告書作成用紙などなどが乱雑に置かれている。


俺を除く生徒会のメンツは当然みんなアルファで、この生徒会室には現在いない。

会長も会計も書記も最近転校してきたオメガの生徒に超夢中だ。


転校生の彼も元々オメガであることを隠していたようだが、あんなもさったいカツラ一つで何故アルファたちを騙せると思ったのか。俺には甚だ理解できないが、


考えればキリがないほど怒りは湧いてき、そしてその怒りがさらに俺の仕事の処理スピードをぐんと、上げる。


オメガは発情期(ヒートサイクル)でなくても常にアルファを誘うフェロモンを流しているらしい。それはアルファやベータたちを欲情させるような匂いらしく件の転校生はいくら見た目を偽ろうと匂いで他の性たちを寄せ付けていることに早く気づいた方がいい。

おかげでうちのアルファたちは仕事を全てほっぽり出して男の尻を追いかけるのに大忙し。おかげで唯一アルファじゃない俺に、そのツケが回ってくる。


(ばかな転校生め。オメガを隠したいのなら香水でもつければいいのに)


自分がどんな匂いでどのくらいアルファを惑わせるかはよく分かっていないが、とりあえず俺は常識の範囲を少し超えるくらいの量のローズの香りの香水を毎日、首筋手首に髪にと身体中いたる箇所にかけている。おかげでついたあだ名は「荊姫」だ。薔薇の匂いを意味する「荊」と俺の姫松という苗字の「姫」をとって、荊姫。男からすればなんとも不快なあだ名だが、それでオメガという疑いを掛けられなくなるなら、他の生徒会の奴らに「くせえ」だのなんだの罵られようが、いくらでもそう呼んでもらって構わない。


ティロリン、と机の上に置いていたスマホが可愛らしい音で鳴る。一件の通知が画面には映された。


【ヒート予測!明日の朝ごろからヒートサイクルの兆候があります。薬の服用や、ホルモンバランスを整えるよう、今日は早めの対策をしましょう♪】


オメガ向けアプリ、【ヒート予測】は過去のヒートサイクルや体調、ホルモンバランスを入力することであらかじめ予測通知がくるというオメガにとってはなんとも便利なアプリだ。陽気なトークで時期ぴったりに通知してくれるところが特に気に入っている。


(薬、は今手持ちにないな。この仕事だけ終わらせたら早く部屋に戻って薬を飲もう)


あと十分ほどで仕事もある程度キリがいいところまで進むだろう。通知のおかげでまだ理性は保てるレベルだがたまにアソコがむず痒い気持ちになったり、無性に人肌が恋しくなる自分の体の異変に気づいた。これは確かにあの恐ろしいヒートサイクルの前兆だ。


早く終わらせないと。

ペンを持つ手が少し力んだ時、ふととろりとくど過ぎない甘い匂いが漂った。そして同時に開く生徒会室の扉。


「…やあ、天王寺。仕事をしに来るのには少し遅過ぎないかな」


重厚な扉の奥から現れたのはこの学園の生徒会長様、天王寺(みかど)だった。


深く清らかな漆黒の髪と瞳、純黒のベールのオーラに身を包む野性味と逞しさ、気品を兼ね備えた、この学園のアルファたちの頂点に立つ男。


天王寺は獲物を見つけた獅子のように、俺へと視線を一点集中させてそろりそろりと副会長席まで歩を進める。


どくん、どくんと身体中の血液が跳ねるように全身を駆け巡り冷や汗が一筋額を伝う。

この場をすぐに立ち去らなくてはいけない、と脳が全身に警報を鳴らす。なんだかとても嫌な予感がする。


「俺は今から帰るところだったんだ、悪いけど部屋の施錠頼むよ。それじゃ…」

「結仁、」


早口でそう言って、捕食者の視線から避けようと俯いて横を通り過ぎようとした時だった。


天王寺が俺の名前を呼んで、その逞しい腕の中に俺を抱き込み人の心を惑わせる美しい御顔を俺のうなじに沈め、そして大きく鼻から空気を吸って、バスの利いた艶のある声で言った。


「、おまえの匂い、すっげえたまんねぇんだけど」


同時に太腿に押し当てられる熱。次第に荒れる吐息。

天王寺の行動はヒートサイクルの訪れたオメガのフェロモンに誘惑されたアルファの行動のそれだった。

ーーーオメガだという事が、バレてしまった。


ガラガラと、今まで積み上げてきた努力の結晶の塔が音を立ててあっさり崩れていってしまうような感覚に陥ると同時に、俺はオメガ性に飲み込まれてしまいそうになった。


「て、てんのおじ…っ」


この男に抱いて欲しい、優しく激しく求めて欲しい、抱きしめ返したい、天王寺に包まれたい、

タガが緩んで、そんなことまで思ってしまう。


しかし、それに飲まれると今までの努力が全て水の泡だ。誰よりもオメガ性を強く否定してきた自分を強く否定することになる。


いやだ、

ーでも唯一勝てなかった天王寺になら、


アルファはアルファだ、天王寺にだって負けたくない

ーしかし天王寺に触発されて完全に覚醒したこの熱の疼きは薬では抑えられない


でも、でも、でも、


「結仁、今までオメガだと隠して生きてきたのか?」


天王寺が俺のうなじから顔を上げて熱を孕んだ目でじっと俺を見つめてそう聞いた。

口を開けばなにか恐ろしいことを口走ってしまいそうで、俺はぎゅっと唇を噛み天王寺の問いに首を縦に一度振るだけの返事をした。


「…他に、おまえがオメガだと知っている奴はいるのか」


ふるふると今度は横に首を振る。


「…今まで一人で頑張ってきたんだな、」


そして今度は後頭部にその大きな手を回され天王寺の逞しい胸の中に抱き寄せられた。

とくとくと小刻みに心臓の音が聞こえる。


「俺ならおまえが自衛するよりも確実に安全に守ってやれる」


(ああ、だめだ。やめてくれ。それ以上言わないでくれ)


この胸の高まりは、ただの生理現象だ。

この優しい胸にずっと抱かれていたいと思うのは、自分がオメガ性に飲み込まれているだけなのだ。


(そんな優しい甘い声で囁かないでくれ)


「俺と番になれ、結仁」


天王寺のことを好きだと求めるこの感情は錯覚なんだから。

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