スーシーカー砦ー3
アサイ国のとある街道沿いに野営地が設置されていた。
数年前までは麦畑が広がっていたが、働き手がいなくなりあっという間に草原に変わってしまった場所だった。
今は野営地として兵士達がテントを張り寝床の準備をしていた。
兵士達の士気はお世辞にも高いとは言えずテントを張り終えると、配給された干し肉を黙々と食べ、すぐにテントに入って寝てしまうものが多かった。
ここにいる兵士達は王直属の兵士達がほとんどであった。
国内からも志願兵を募集したが、準備期間がほとんどなかった事と、その日を生きるので精一杯の国民に、兵士に志願する余裕は無かった。
5000人の内4500人は本来なら城や要所を守るはずの兵士達、残り500人はわずかな募集期間にも関わらず志願してくれた志願兵だった。
志願兵はシュード国の徴兵検査に落ちた、どこかしら健康体でないものや、戦地で怪我を負い帰国したものの戦場にしか居場所がなく参加したものや、明らかに食い扶持を減らす為に送り出された痩せ細ったものなど、戦力には大きなばらつきがあった。
一方、王直属の兵士達はほとんどが年を重ねたベテランの兵士達で構成されており、自分の子供や孫達がシュード国に徴兵された者たちだった。
この遠征の目的地は出発前に王子により皆聞かされており、誰もが死にに行くような行為だと気づいていたが、徴兵されていった子供や孫達の事を思うと逃げ出すものはいなかった。
そんな野営地で最初に見張りに志願したのは志願兵の中でも若い、まだ子供ぽさが残る兵士だった。
街道が見渡せる位置で野営地を背に立っていると、街道から旅装束の男と子供が馬獣に乗って野営地に近づいて来た。
見張りの兵士は彼らに近づくと野営地に侵入される前に声をかけた。
「ここは子供が来るような所じゃない。帰った方が良いよ」
旅装束の男が返事をする前に、兵士の後ろから声がかかった。
「待っていたぞ、ついて来い」
王子直属の近衛兵ジョバンニ・サーガーが後ろに立っていた。
王子直属の兵士なんて喋った事もない、見張りの兵士は一気に緊張した。
「お知り合いでしたか、どうぞ」
兵士は驚きながらも言葉を改めて言った。
旅装束の男は馬獣から降りると、少女が降りるのを手伝い、兵士に馬獣の手綱を預けた。
見張りをしてるすぐ横で、連れて来た馬獣達が群れになって草原に生えている草を食べているのだ。
「こいつも頼めるか?」
「はい、お預かりします」
見張りの兵士が黒い馬獣の手綱を持ちながら、ジョバンニ・サーガーに連れられて野営地の中へ入っていく旅装束の男と連れの子供を見送っていると、子供が振り返りこちらに向かって手を振った。
「ヒィ、ヒィーン」馬獣が身震いする様に嘶いた。
どうやら乗って来た馬獣に手を振ったようだった。
赤い髪が印象的な女の子だった。
初めて見る野営地は巨大なキャンプ場のような印象だった。
何人かはこちらを見ていたけど、すぐに興味がなくなったようだった。
この感じは初めて街へ行った時と似てる気がする。
けど、もっと殺伐とした雰囲気が漂っていた。
道案内してくれているのはアーノルド王子と一緒に屋敷に来ていた護衛の人だった。
屋敷に来た時はマントを羽織った旅人のような格好だったけど、今は兵士の制服のようなものを来て少し近寄りがたい雰囲気が出ていた。
けど、少し前まで会っていた人物に比べたら全然緊張しないし、顔見知りに会えた嬉しさも会って、あれは何?だの、これは何?と歩きながら野営地の重い空気も読まずに、色々聞いてしまった。
そんな私の質問に護衛の人は前を向いたまま丁寧に答えてくれた。
そうこうしているうちに、野営地の奥、周囲のテントより少しだけ大きなテントの前に着いた。
「こちらだ」
護衛の人はそういうと、テントの中に入ってしまった。
ルークとテントの中に入ると、アーノルド王子が待っていた。
「無事、帰って来たようだね。良かった。さっそく報告を」
前半は私とルーク2人に、後半はルークに向けてアーノルドは言ったようだった。
ルークがスーシーカー砦のジーザンを攫った話をしている間、アーノルド王子の護衛にと、ついてもらっていた1匹のライガーから私も報告を受ける事にした。
テントの中のベットの上に気持ち良さそうに丸まっている黒猫がいる。
『何かあった?』
『ない』
『・・・・・・』
無口な子だ。この子はムクにしよう。
額に魔石が付いてなければどう見ても猫だ。
『今日からあなたの名前はムクね』
コクリと頷くムクを見て、他のライガー達にも名前を付けようと決めた。
する事が無くなったので、テントの中にいる人達を観察しようとすると、全員私の目が合う前に顔を逸らした。
あれ?一度打ち合わせにお城に行った時に会ったはずなんだけど?
テントの中には私達を案内してくれた護衛のおじさん以外にもルークより少し年上の男の人と女の人がいる。
2人ともあからさまに目を合わしてくれない。
「おい、聞いてるか?」
「どう思った?」
ルークに注意され、アーノルド王子に聞かれたけど、話を聞いてなかったからさっぱりわからない。
「ジーザンと接触して見て、フレアはどう思った?」
あぁ、そういう事ね。どうも人の姿のときは子供になってしまうせいか行動まで子供ぽくなってしまってる気がする。
気を付けないと
「嘘の付けない、芯のある人だと思ったわ。話を受けてくれるかは、正直分からない。けど、話は聞いてくれた」
「そうか、あの砦の攻略の要は間違いなく彼だ。話を聞いてくれただけでも大成功だよ」
アーノルド王子は笑顔でそう言った。
少し疲れたような笑顔だった。
「今日のところは休んでくれ、テントを一つで良いかな?用意してある、ジョバンニ」
「こちらへ、案内します」
「ありがとうございます、いくぞ」
ルークと護衛の人はさっさと出ていってしまったので、私も慌ててアーノルド王子のテントを後にした。
アーノルド王子の護衛に付けたはずのムクも何故かついてきた。
ジョバンニさんはアーノルド王子のすぐ近くのテントへ案内してくれた。
「最低限のものは用意してあります。何か分からない事があれば、近くの者に聞いてください」
「俺はただの剣士だし、こいつもただのドラゴンだ。そんなにかしこまる必要はないぞ、ジョバンニさん」
「いえ、ルーク、あなたはジークと城を訪れてくれたときから我らが王子の恩人です。お連れの方は救世主様ですし」
救世主様と呼ぶ割には目も合わせてくれないけど、ジョバンニさんとルークはどうやら知り合いのようだった。
「今日はこのまま休息し、明日一気に峠を抜けます。食糧もテントの中に用意してありますが・・・」
どうもジョバンニさん言いにくそうにしている。
あ、こっち見た。
「こいつならさっきここに来る前に食べて来たから問題ない。俺たちの分は気にしなくていい」
「アーノルド王子も仰っていましたが、救世主様の正体はギリギリまで周囲にバレないようにしてください。お恥ずかしながらどこにスパイが紛れているか分かりませんので」
「あぁ、しっかり言い聞かせておく」
ルークに返事を聞いてジョバンニさんは安堵したように去っていった。
「なんか子供扱いされてない?」
テントの中に入ってルークに言ってみた。
「子供扱いじゃない、怖がられてるんだ」
「え?なんで?」
「見た目は子供でも、ある程度の強者ならお前の子供らしからぬ気配に気づくからな、ジョバンニさん達は正体を知っているから尚更だろう」
ドラゴンてやっぱり怖いんだろうか
ドラゴンの巣でお母さんドラゴンやお父さんドラゴンに囲まれてても怖い感じはしなかった。
自分がドラゴンだと怖くは感じないものなのかな?いや、生まれてすぐは爬虫類ぽい姿が怖かった気がする。
「ルークは怖くないの?」
ルークはチラッとこちらを見て用意されていた備品チェックに戻った。
「別に、お前はお前だ」
いまいち意味が分からないけど、怖くは無いのだろう。きっと私と同じで慣れたんだ。
よし、今はドラゴンてバレないようにしないといけないけど、この遠征が無事終わったらドラゴンの姿に慣れてもらえるよう頑張ろう。
そんな決意をして私はベットに横になった。
緊張が途切れてお腹も膨れて眠気が襲って来たのだった。
ドラゴンとしてはまだまだ子供だから、今は子供ぽくてもいいや。
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