#3 名族-2
トバリ・ギガン 84歳、その男グリム1の戦闘一家ギガン家の元当主であり、現当主のバート・ギガンの父親である。
トバリはグリム国の中でも最重鎮であり過去の功績からしてもグリム王ですら気を使わなければならない人物だった。
北地区までの足取りは軽かったが、北地区に入ってからはマックローンも眉間に皺を寄せ緊迫感に身を包まれていた。そして緊張からかクッキーを食べたからなのか、口と喉が乾いていた。
北地区をかなり進み、大通りの先に北門も見える。
通り沿いの一件には「北地区兵舎第一館・ギガン駐在所」と木で出来た看板に達筆で力強く書かれていた。
おそらくここがトバリ・ギガンの居住地だろう、邸宅などではなく兵舎と共同になっているという事に彼らしさを感じていた。
扉を開けると何もないだだっ広い空間がある、おそらく兵たちが集まり号令でも受ける場所なのだろう。
「何か御用ですか?」
一人の兵士が声をかける、身体はかなり大柄だがなんとも気の抜けた兵だ、持っている槍もどことなくひしゃげて見える。
マックローンは自分の名とトバリに面会をしてもらいたい旨を伝えた。
「おそらく上に居ると思われますのでどうぞ。」
気の抜けた男についていくが、何一つ確認もせずに連れていくこの男の神経に理解が出来なかった。
階段を上っていくと両開きの扉についたガラスの奥に白い髭を生やしメガネをかけ巨体を動かしながら書類作業にあたるトバリ・ギガンの姿が見えた。鼓動は荒れ、必死に息を落ち着かせながら開かれた部屋に向かい立つ。
「失礼いたします。連絡も無く訪ねてしまい申し訳ありません。わたくし王国第十三部隊、隊長マックローン・グリムと申します。トバリ・ギガン殿にご挨拶に伺ったのですが。よろしいでしょうか。」
ゆっくりと顔を上げこちらを見る眼は、一線を退いた男の眼力ではなかった。
「おう、ええぞ。グリムのとこのチビスケじゃねえか。久方ぶりだな、座れや」
チビスケ・・・?
そう言うと先程まで書類作業をしていた前にある長机の方へ移動する。こちら側から見て右側の方に腰をかけた。
「何しとんだ、座らんのか」
「では、失礼します」
「おめぇも、こっちにこんか」
気が抜けた男は、黙ったままトバリの横に座る。
「その方は?」
「ん?覚えとらんか、ワシの孫のルカだ。前にハーナウで一回会ったろう」
「そ、そうでしたかね...」
額の汗を拭い、顔を引きつらせながらそう答えるしか無かった。
「あれは確か15年前で、ルカが3つの時だったと思うんだがな、思い出さんか?」
だいぶ前の事だな、俺も13の時だし3歳の子供の事なんか覚えてる訳ないだろ。と思いつつも「なんとなく、思い出しました。」と言って愛想笑いする自分に情け無い。
「そうかぁ、ルカは覚えてるだろ」
「覚えてない」
「・・・・・・・・・・・・」
地獄の中トバリの奥にある扉が開いてくれた。女中だろうかおぼんに3つのティーカップを乗せていた。女中が部屋へ入り長机に置かれていく紅茶の香りが絶望的空気感を上塗りしてくれる。
「サナ、お前も座れ。」
女中は驚いた様子でルカの隣にある一席に座る。
「んで、トリムの魔獣騒ぎはここでも起こるか?」
部屋に響いた低い声がマックローンを押し込む。それと共に女中の驚いた顔が一変、鋭い目つきに変わり、突き刺さる。ルカの落ち着きようも、今は不気味に映る。
なぜ、知っている?
「・・・・よく、お分かりで」
「ワシかて、軍師ぐらいの経験はある。それにその娘はサナといってな、フェドリス軍学校で計略の方である程度の成績を残してな、まだ若いのにウチの幕僚長を任せられるほどでな」
「・・・・なるほど」
「対応について話してやれ」
「今回のトリムでの魔獣騒動は人為的であると考えています。おそらくはスレア国が関わっていると読んでいます」
スレア国はハイブの西にあるネルソン海を渡ったところにある。スレアとは直近では十数年前に戦になった事があった。
「ヴィスア朝ではなくスレア国・・・魔術方面での読みでしょうか?」
「はい、これはトリムにいらっしゃるノモセ様からいただいた情報なのですが、森に出た魔獣のほとんどはその辺りではまず見ない者ばかり、そして森の所々に魔法陣が敷かれていたそうです。つまり、魔法陣を敷いて魔獣を転送させた可能性が高い。となれば、その様な魔法陣を用いた高度な魔術を使えるとなればヴィスア朝よりもスレア国の可能性が高いと言えるでしょう」
サナの分析は的を得ていた。転送魔法などの高度な魔術は西方の国の専売特許だ、ヴィスア朝が使えるとは思えない、だがどうしても引っかかっていることがあった。
「・・・もしも、もしもですが魔獣が操られていたとしたらどう読みますか。」
「それはどういうことですか?」
「まだ確定ではないのですが、トリムの魔獣討伐に当たった隊から動きのおかしい小型の魔獣が何体かいたと報告がありました。例えば逃げる時意外は飛ばないはずの魔獣が何故か空から奇襲を仕掛けてきたり、群れでは行動しない魔獣が群れでなおかつ連携までとれていた。といった話が私が把握しているだけでも数多くありました。」
「ですが、我々にそんな情報は何も…」
サナは不安そうな顔でトバリの方を向く。
「その情報の出所は多分グリムのとこからフェド派の中枢に潜り込ませたヤツからだろう。んで、その変な魔獣と出会ったのは、全部フェド派の隊だな」
トバリの憶測は、当たっていた。
「はい、そしてフェド派の隊ほとんどが、かなりの被害を受けその情報も報告されたようなのですが、自分の隊以外からのその様な情報も大きな被害も無かったことから隊の言い訳と捉えたようで」
「隊の言い訳と言うよりも、自分らフェド派の実力不足と捉えられたくなかったんだろうな」
サナも俯き思考を巡らす。
「・・・フェド家の部隊だけを狙い、他からそのような情報が出なければフェド家は見栄を張り隠す、そこまで理解しているということはスレア国よりもヴィスア朝…?ですが問題はどうやって魔獣を操っていたかです」
「......これは私の読みではなく、グリムの眼でのことになってしまいますが。魔獣を操る力は人間の術ではなく、別の何者かによるものだと見ています。」
「別の…何者…」
「.....魔族かい」
「....はっきりとは分かりませんが」
サナの表情は一変した。
「魔族?あれは伝説上の存在では?」
「いや・・・いる。数は減ったんだろうが確実にいる。それが出てくるのだとすれば、二、三人なら何とかなるかもしれんが、五人以上になれば今のグリムじゃあ持たんかもしれんぞ」
サナは何かぶつぶつと何かを呟いている。
「・・・仮説にはなりますが。魔獣を操作する術が魔族の者によるのであれば、魔族や魔獣を教典において「悪」と強く表現しているスレア国ではなく、何であろうと使えるものは全て使う考えがあるヴィスア朝の可能性が高いですね。魔族がヴィスアと絡んでいるのであれば利点からすると、魔族のみでの数不足と推測できます。攻め手として、国を落とした後の統治の役割として。
・・・・ヴィスア朝がオリオビを落とすためにハイブからオリオビへの補給路を魔獣を使って絶ち、兵站不足を狙った動きが予想できます。先手を打ってオリオビへの補給を行なった方がよろしいかと思います」
「ふむ、他所はどうなってる?」
「ガネーロ家の方はさっぱりです。フルフェズの方はまだ行ってはいないのですが、おそらくは助言を受け入れてくれると思います」
「なるほどな…サナ、お前に全てまかせる。責任はワシが取るからいらん心配はせんでいい」
「承知しました。では、ギガン家管轄の北地区に備蓄してある兵糧の7割をオリオビに一刻も早く運び入れましょう。7割程度であればもし読みが外れてスレアからの攻撃であったとしても他管轄の兵糧を回してもらえば問題はありません。明日、日が見えたらすぐにでも出しましょう。書状は早馬で届けて貰い、輸送部隊の指揮はワンローさんにお願いしおきます。フルフェズ家にはハイブの警備強化をお願いします。すぐに準備に取り掛かります。」
「うむ、まかせた。書状が出来次第すぐに走らせよう。」
マックローンは呆気に取られていた、サナの情報処理能力の高さ。そして、20そこそこの女官に全てを一任したトバリの豪胆さと、これを目の前にしても眉ひとつ動かさないルカの異常さ……肝の据わりように。
「ワシらが今できるのは、このぐらいかの。ではマックローン、フルフェズ家への指示はまかせるぞ。」
「はい、では私もこれで……トバリ殿、私の発言を聞き入れていただきありがとうございました。失礼いたします。」
立ち上がり扉へ向かう、ルカも立ち上がるが、マックローンから自分一人で行ける事を告げられるとまたイスへ座った。
「どうだルカ、あの男の器は?」
「……統べる者では無いと思う。少なくとも俺はあの男には就けん」
「そうだろうな、だがこの窮地に気付いたのは王家じゃあマックローンだけだろうな…。ギガン家で何とかせねばならぬな」
トバリは深いため息をつくと、3代前のグリム王を思い出し、眼に忠誠を貼り付けようとしていた。