#3 名族
うっすらとこちらに笑みを浮かべている男の名は、ガネーロ・フェド。
フェド家はグリム王国の名族の中でも別格の扱いを受けていて、グリム王国のほとんどの名族はフェド派かリース派に分かれている。
ガネーロはフェド家の中では落ちこぼれであり、ハイブを三分割された内の一つ南地区を四年前、二十四歳の時に与えられたまま一族から放置されていた。
そんなガネーロとマックローンは同い年で境遇も似ていたが二人の性格は合わなかった。
ガネーロは高いプライドからなにも領地を与えられていないマックローンを下に見ていたが、マックローンは幼い頃から幾度となくプライドをへし折られて来たため自身の能力の低さは痛いほど理解していた。
二人はゆっくり腰をかけ少しだけ何気ない話をする。使用人に出された紅茶を一口すすり二人だけになると本題へと入った。
「....ハイブ近辺に変わったことは、なかったか?」
「変わったことですか?特にはありませんが、何故そのようなことを?」
「ならいいのだが、私が今日ここに来たのは炎鋼龍をグリム十三番隊で討伐する事とハイブの周辺調査をしに来たんだ。」
「周辺調査ですか、それなら必要ありません。トリムでの大型魔獣の出現から警備は強化しておりますので。」
「だが漏れもあり得んわけでもない。それに、この一件はヴィスアも絡んでいると思っている。」
「...ヴィスア朝がオリオビへの補給路を断ち、攻め込むと....ふっ、まさかそんな事はないでしょう。仮に魔獣を操れたとしても、ヴィスア朝にはフェド家が和平交渉を数年前から執り行っていますので・・・・・」
嘲るような目を向ける。
「だと、いいんだがな。」
「そこまで怪しまれるのは貴方様のお考えでしょうか、それとも"グリムの眼"によるものでしょうか?」
「…私の考えだ。」
「ならば、考え過ぎかと。」
マックローンに向けられた疑いの目は一層強くなっていた。
「・・・何か問題があればまた訪ねる」
椅子から立ち上がると閉まっている扉の方へ向かおうとする。
「…誰だ。」
扉が開くと一人の男が立っていた。その男背は高く短髪でいかにも礼節がしっかりとした身なりをしている。
「ハンク・カツと申します。ハイブ南地区の副官を務めています。盗み聞きをするつもりはなかったのですが、入るタイミングを失ってしまい・・・」
手には茶菓子が入った器がトレイに乗せられていた。
マックローンはクッキーをひとつ手に取ると、ハンクに軽い会釈をして、「見送りはいらんぞ」そう一言残し去っていった。
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マックローンが去った後、ガネーロは深く座り足を組み紅茶を一口啜るとハンクからの視線を感じながらも窓の外を眺めた。
「…なんだ」
「やはりヴィスア朝絡みなのでは…」
「何度も言わせるなよハンク…ヴィスアとは我々が交渉にあたっている、そんな事あるはずが無い。それに関わっていたとして魔獣をどう操っているという。貴様もいいかげん、現実味のない話をするな、もっと賢明になるんだな」
「おっしゃる通りです、私が現実的ではない事を言っているのは確かです。ですが、ありとあらゆる可能性を想定して行動することがより賢明な判断だと思います」
ガネーロはどんどんとイラだってゆくのが見て分かる。組んだ足は激しく揺れ眉間のシワも深くなってゆく。
「…関所のオリオビを強化の提言、そして食糧や武器の備蓄を増やすためハイブの備蓄品を急ぎオリオビへ補給をしに」
「黙れ!!」
ハンクの元に怒号とティーカップが投げつけられる。
「そんな事をしてみろ!ヴィスアを疑い、もし違っていたら今までのフェド家の積み上げて来た交渉の成果も信用も無に帰すと言うことになるのだぞ!」
投げられ、割れたティーカップがこの一室の現状を表すかのように無情にも散らばっていた。
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去った後の事などつゆ知らず、マックローンはクッキーを食べながら北地区のギガン家へと向かっていた。