#1灯-1
俺は何をしているんだ。
彼は灼熱の中、熱さで煮えたぎった頭に浮かんだその言葉の真意を知る者は誰もいない。鬱蒼と茂った森の中、一ヶ所だけ木々がなく、むき出しとなった地面を大きな太陽が焼き焦がしていた。
「グォォォォ」
咆哮が鳴り響く背骨は真っ赤に燃えた鉄のように熱く、目は高速回転するコインのように滾っている。
「炎鋼龍」
グリム王国第十三部隊の討伐対象の魔獣である。大きな腕を持ち身体は鋼鉄に囲まれ、機敏性には欠けるが、攻撃力・防御力共に精強を誇る。
「うぉぉおぉ"」
青年は大きな雄叫びとともに金棒を振りかざす。金棒には血で染まった糸で緑色の魔宝石が結ばれていた。
金属と金属がぶつかり合う衝撃音が走る。
その音と、ともに彼は吹っ飛んだ。
迫り来る地表に砂埃を巻き上げながらなんとか着地する。
距離はできたが息を整える余裕もない。
激しく1頭と1人が争いあう。王国隊第十三部隊で戦っているのは彼一人しかいない。
十三部隊は彼を合わせて6名、残りの4名は戦地には立たず近くの拠点で待機、隊長のマックローン・グリムは街の方で挨拶回りをしているだけだった。
彼は炎鋼龍の背中に乗り鎧のようにまとった、硬い金属からなる外殻を金棒で確かめるように背中から首にかけて叩く。炎鋼龍は嫌がり長い腕で振り払う。
それを回避するように炎鋼龍から飛び降り焼けた地面に着地した。
「くそっ」
一言呟き炎鋼龍から距離を取るように後退する。
硬すぎてまるでダメージが入っていないが、おそらく頸椎のあたりは少しばかり反応している。
攻めるとしたらそこだろう。
大きく深呼吸をする、右後ろに構え焼けた地表に着いた金棒の先が熱を纏う。滑り止めに巻いた包帯越しでも熱さが伝わってくる。
龍はゆっくりと彼を見下し、口を開く。
見る見るうちに炎が溢れ、喉から這い出るかのように大きな火の球が吐き出された。
意表を喰らった彼は右へ跳び、火球が着弾した場所は爆音ともに地表が削れる。
威力に怯えながらも龍へと向かう。
少しばかりは隙ができた、その少しが焦りとなり死に変わる。それは人も龍も同じ。
彼の目つきは少しの躊躇もなく左足を金棒で殴る。龍は体を捻り大きな右手で叩きつけるが、知っていたかのように下がって躱す、そこから右腕を駆け上り頸椎に向け振りかざす。
嫌な金属音と龍の雄叫びが森に走り、彼を吹き飛ばす。離れた動物や魔獣たちも逃げ出し、草木までもが根を足に変えて逃げ出したいほどだった。
正真正銘の化物だな、多少はひびが入ったようだがこちら側も腕への反動が半端じゃない、それにそう何発も食らうようなバカではない…どうする?
後退りをしながら考えを巡らすが出るのは「死」か「逃げる」その二つのみ。勝てる見込みがまるでない。ただでさえ熱い中、冷や汗や脂汗まで出てくる。
逃げる…だがあの火球だ逃げれるかどうかも分からない、追ってきて森が燃えれば、確実にここに住む魔物が町に降りてきてしまう。
面倒だ・・・死ぬか
そう考えてしまえば話は速い、そもそも勝ち目があるとすれば龍自身の力を使えば可能性はある、まぁ俺も消し飛ぶ可能性も高いがな。震える体に笑みが溢れる。
何度も捨出ようと思った命、恐れることはない。
腹を決めた彼の汗は引き、ただ不敵に龍を見つめるだけだった。
…動かんな。
彼がそんな事を考えている間、龍も思考していた。
何故この人間はこれだけの力の差を理解している筈なのにここに居れる。
憶測混じりの空想が勢いをとどめてしまう。
龍は元来そこらにいるような魔物と違い高い知能を持ち合わせている。本来ならこれ程厄介な事はないが彼にとっては好都合、圧倒的な力負けを疑心により五分とは言えないが少なからず家畜ではなく敵とは認識させている。
そして龍も少しばかり疑念があった。
火球をかわし少しの躊躇いもなく突っ込み足への打撃、こちらの攻撃を見もせずに後ろへ少し跳び避けたと思えば右腕を駆け上り外皮が最も薄い首の後ろ側への強打、ここまで見せられて恐怖を抱かないほど龍も愚鈍ではない。
となれば行動は一つ、遠距離攻撃をほぼもたない彼に対し龍には強力な遠距離攻撃がある。
膠着状態から動いたのは炎鋼龍、再び口の中に炎が溢れる。彼はまだ動かない。そして重厚な翼を扇ぎ彼との距離を取ろうと後方へ重心が移った瞬間、彼は前へと踏ん切る。
龍の体は少しばかり宙に浮き、慌てて空へ逃げようとするが重厚な翼を後退するために使ったため、上に飛ぶためには翼の角度を変え上に持ち上げるために多少の時間が必要だった。
龍の爪先が地表に着く頃にはもう、真下へと入り込まれてしまっていた。
彼は跳び上がり思い切り顎を金棒でかち上げた。
龍の口は大きな衝撃音と共に閉じられる。
口の中で押し潰された火球はみるみると膨張し制御できない、そして暴発。
口内で起きた爆発の衝撃は凄まじく頚椎に入っていたひびを突き破り外へと放出された。
そして大きな音と共にゆっくりと龍の体は彼の上に突っ伏していった。