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邂逅編 8

 サラが後宮にてフローディオを匿い通すだけの自信があったのには、それ相応の理由がありました。

 この後宮が異常に広大である残念な理由については先日の説明通りなのですが、かといって後宮に閉じ込められた全ての女性が平等に順当に夜伽を命じられていたわけではありません。

「気に入った」という一言のみで後宮に放り込まれて以後、処遇が宙ぶらりんのままここに閉じ込められ続けていた女性なんてのも、時代によっては多数いました。

 ではその宙ぶらりんの娘たち(多くは見目が整った田舎娘などの平民)はどうやって過ごしていたかといえば、等級の高い姫君たちに召し抱えられることで生活を成り立たせておりました。

 そして等級の高い姫君たちには、放り込まれたもののお手つきがないままで、かつ純潔を貫いたままいつか後宮を出たいと望む者もおりました。

 彼女たちは皆、したたかでした。

 女性が増えすぎて後宮に増改築の手が入るたび、手持ちの宝石や実家への紹介状と引き換えに後宮をいじくりまわしたのです。

 そうした理由から、目をかけられた侍女しか知らない裏道や隠し部屋が行き当たりばったりで作られてしまい、今でも後宮内部は複雑怪奇の有り様を残しているのです。

 とんでもない昔話ではありましたが、色狂いの愚王はちょっと目をつけただけの娘なんていちいち覚えていられなかったのでしょう。長らく見ていない姫君なんて忘れてしまうということも、前例が多々あったようです。

「サラ様! サラ様ァ!!」

「どちらでございますかぁ!?」

 陛下の言いつけで後を尾けてきたらしい城の女官たちの悲鳴にも似た呼びかけが聞こえておりますが、サラはその時にはなんと壁の裏側におりました!

 あまり綺麗とは言えない道ですがとっくの昔に慣れっこであります。

(ごめんなさいね。こうでもしないと陛下が押しかけてくるんですもの。)

 ドレスの裾を畳み華奢な腕で前と後ろに引っ張り上げ、するすると隠し通路を進みます。

 その上用心のために毎日部屋を変えています。勝手に妻殿と呼び始めるほど御執心の『姫君』に陛下が辿り着ける日は、遠い先のこととなるでしょう。

(かといって、私もこのままでいいとは思っていないのですけれどもね。)

 悩みのタネは、減る気配が一向にありません。

 陛下も陛下ですが、『姫君』も『姫君』でございましたから。

「サラ!!」

 部屋を訪れれば、満面の笑顔でこの歓待です。

 わざわざ駆け寄って出迎えに来てくれるくらい懐かれてしまったのですが、サラだって叶うことならフローディオに陛下のことも見てやって欲しいのです。

 娘に泣かれるのはもうこりごりだと長らく恋愛を諦めていた赤獅子王。今回も駄目となれば今度こそもう二度と立ち直れないかもしれません。

 ――それはマズい。

「お待たせいたしました。お腹が空きましたでしょう?」

「うん。焼きたてのパンの匂いがする。」

 運ばれてきたのは裏の厨房で作らせた料理たち。ワゴンを押すサラは努めて笑顔で優しく接していますが、すっかり落ち着いたフローディオにはそろそろ何かしら話を切り出したいところでありました。

 しかしワゴンのパン籠の匂いを嗅いでいる無邪気で愛らしい少年を前にして、厳しい現実を突きつけきれずにいます。

(あ、またですか……。)

 サラがふと部屋を見渡せば、広い部屋の一角では、梁に使われていた木材の塗装が剥がれてにょきりと枝が伸びてきておりました。

 実はこれもあって毎日客間を移動させているのであります。

 花の加護を受けた王子とは聞いていましたが、どうやら彼の身の回りでは植物が勝手に元気になってしまうようなのです。

 サラはツキモノつきについては詳しくありませんでしたが、かろうじて幸いなことに希少な前例を直接見て育ちました。

 陛下のことです。

「国のパンよりここのパンの方がふわふわなのは、どうしてなんだろう。不思議。」

 他愛ないことを呟きながら行儀よくパンを千切る間にも、フローディオが満足げににこにこ微笑むたび、メキメキと音を立ててパン籠から新芽が出る始末。

 ツキモノつきはその力を制御できるものなのだ、と幼き日の赤獅子陛下はサラに話してくれたことがありました。在りし日の王子が齢九つの頃でしたでしょうか。

 彼の継いだ力は炎と剛力。赤子の頃には泣き出す都度ボヤ騒ぎが起きていたため王宮はてんやわんやでありましたが、危険な力であるがゆえに扱いは厳重。その術も王室の血脈と共にしっかり受け継がれています。

 対してフローディオは現在十五歳。

 様子を見るに、制御なんて小難しいことは考えたためしがないのかもしれません。

 こればっかりは同類であらせられる陛下に面倒を見てもらうしかないだろうなと、パン籠に見慣れぬ花がぴっかり咲くのを眺めながら、サラは後手に回っているのを苦々しく自覚しています。

「……フローディオ様? 客間を回ってばかりで、退屈してはいらっしゃいませんか?」

 平穏な生活とは尊いものですが、飽きのきやすいものでもあります。若い王子ともなればなおのことでしょう。

 少しでも外に興味関心が出てきたのならば、そろそろ庭の散歩からでも始めたいところです。

(とりあえず、遠目から眺めるあたりからなら、フローディオ様も陛下に慣れてくださるかもしれないですし。会話より先にあの声量に慣れていただかないといけませんからね。とくに高笑い。遠くから眺めるのが、まずは第一ステップです。)

 サラの計画は、完全に猛獣に対する扱いと同じでした。

 ところがどっこい。

「ううん。ここは庭が綺麗だから、いつまで見てても飽きないよ。」

「あ、左様で……。」

 計画はたちまち頓挫してしまいました。

「近くでご覧になりたければ、ぜひ仰ってくださいね。庭師もフローディオ様に花を愛でていただければきっと喜びますわ。」

 陛下の観察が無理ならば、せめて自分以外の誰かと会話できるようになってもらえないものかな、としたたかに画策しますものの。

「うーん……、いや……、えーっと……。」

 目を泳がせて、見るからに言葉に詰まっております。

 フローディオもサラが何かしら企んでいることには勘付いているのかもしれません。

(参りましたわ……。)

 無理強いするにはまだ早い。きっと早いのです。

「それよりサラとお話してたいな……。」

「そうですか……。明日はできるだけ時間を空けておきますね。」

「うん。」

 今のところうまくいったのは、気楽に話してほしいという要望一つくらいです。

(陛下よりよほど手強い……。)

 胸の内では苦悩していた彼女でしたが、結論をいえば、意外にもその悩みは長くは続きませんでした。

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